『追放』
【雷帝の魔術師】レイが、Sランクギルドから追放されたらしい。
その噂は朝が街を照らすよりも早く、雨が上がるよりも早く、この街に住む全冒険者に伝わった。僕がそれに気づいたのは、贔屓してくれているバーの店主が僕に教えてくれたからだ。
――あれから、数日が経過した。
僕はその噂を聞いて、更に店に閉じこもっていた。
今更、宿を借りる訳にはいかない。だから勝手だと思うが、僕はその人の店にずっと泊まり続けた。一日に三十銅貨。通常の部屋代よりも五銅貨も多い。それに加えて酒代もキチンと払っている為、目の前にいる禿頭の大男——ハウル・オーウェンは苦い顔を浮かべながら、僕の肩に手を置いた。
「――同情、するなよ」
「分かってる。だが飲み過ぎだ。少し落ち着け……」
「うるせー! 金は払ってんだろ。お客様は神様なんだろ」
「オレは無神論者だし、ンだったら他の神様の迷惑なんだよ! ……ったく、ホントどうしてお前はこう……」
ハウルは僕の身体を担ぎながら、二階に上がって、固いベットに置く。
酒のせいか、アルコールが弱っている脳みそをずぶずぶに溶かして、意識が混濁する。
「……まずは、魔術を扱えるようになるまでだな」
『お前はお節介は止めろと言うかもだが』と、ハウルは扉の前に数冊の魔術関連の本を置くと、気絶するように眠る僕の顔を見て、そうため息を吐いた。
==
それから、数日が経過した。
昼は酒場に入り浸り、夜にかけて情報を収集する。
僕は『魔術不能』を治す為に様々な事をした。様々な本を読んだりした。
ポーションを多く飲んだり、マッサージをしたり、怪しげな民間療法に手を出した事もあった。
――それでも、一向に魔術を扱える兆しが見えなかった。
「おい――あれ」
その言葉に、その眼差しに、僕は顔を下げて逃げる様に小走りで酒場に走った。
まるでこの街にいる人全員が、僕の敵になったみたいだ。全員が、僕を蔑んでいるかのような錯覚に陥ってしまう。
その日も、僕はいつもの様に図書館から酒場へと歩いていた。
ハウルが経営する酒場は、街の中心から離れた寂しい小道に構えている。
そのせいか、僕が見る時はいつも閑古鳥が鳴いている店だ。
だけど、やはりそれでも人が全くいない――という訳ではない。
僕が店の中に入ると、三組の冒険者が酒を煽っていた。
三組のギルド——計八名。装備や身なりからして、CかBだろう。
俺は逃げる様にカウンター席の隅に移動すると、慌ただしく動き回るハウルを捕まえて、事情を聴く。
ハウルは低温調理した肉をスライスしながら、僕の問いに答えてくれた。
「どうやら、Aランク依頼の赤竜を討伐したらしい。その時のパーティなんだと」
「あぁ……」
赤竜。それはAランクに相当する魔物だ。
口から火を吹き、その硬い鱗に覆われた体表は、真面な攻撃は入らない。
だから僕たちは、僕が雷魔術を使って動きを止めてから、一点集中の打撃をグラムが叩き込んで討伐したのを覚えている。
「……くそっ、」
過る記憶に、僕は悪態を吐きながら、目の前に出された酒を煽った。
琥珀色の液体が、胃の中に入っていくのを感じる。
「おい、この酒弱いぞ。水でも入れたのか?」
僕は椅子に座って汗を拭くハウルに向かって、文句を言った。
いつも吞んでいたはずの酒が、今日は何故か無味無臭だ。
水を飲んでいる感じだ。水だ、水。色付き水だ。
ハウルは僕を一瞥すると、ため息を吐いて言ってきた。
「味覚もぶっ壊れてんじゃねぇか……悪いが、今日はお前の相手は出来なさそうだから、部屋に戻ってろ。夕飯も持ってきてやるから」
「……分かった」
確かに、騒ぎからして後から入って来る客もいるかもしれない。
今だって、数人の人が入ってきた。僕は顔を下に向けて、逃げる様に二階へと上がろうとして――。
「あっれー? そこにいるのはもしかして、あの【雷帝の魔術師】様じゃあ無いんですか~?」
吐き気を催すような、そんな声が響いた。
俺の近くには、酔っているのか二、三人の男たちが囲ってきた。
金髪と赤髪の男だった、身なりからして、Bランクか……。
パーティメンバーである人達は止めなよ……と止めようとするが、酔っている彼らを止められない。
「へへ、聞いたぜ……まさか! あの大魔術師様が、あのSランクパーティを追放されたなんてなぁ!」
僕の首に馴れ馴れしく腕を回しながら、汚い唾を飛ばして叫ぶ。
その毒は、僕の脳内に侵入してきて、容赦なく心を掻き立てる。
その時だった――一人の男が、僕に向かってとんでもない事を言いやがった。
「――オレ達のパーティに、入ってやってもいいぞ?」
「は?」
何を言っているのかが、分からなかった。
今——コイツは、何を言った?
「……お前、ランクは?」
「あぁ? Bだよ、B! ほら、せっかくのお誘いだ、泣いて縋れよ【雷帝の魔術師】様よォ~!」
「B……Bねぇ」
僕はハッと笑った。笑ってしまった。失笑である。
それに目の前の男たちが目を細めながら『ア?』と言った。
その手を払いのけると、逆にその手を掴んで僕はそいつらに向かって言った。
「何で、お前らみたいなカス冒険者達に僕が頭下げなきゃいけないんだよ!」
「い、いたたたたッ!! わ、悪かった、オレが悪かったから!」
僕の腕力は、そんじょそこらの格闘系職業よりかは上だ。
僕は手を離して、店を走って出た。行く当てはないけれど、それでも僕は走って街を駆けた。
==
一つ言おう、僕はこう見えて子供ではない。僕はもう十七歳だ。
だから癇癪して出て行ったりとか、そう言うのでは無いんだ。
さっきだって、僕はあえて店から出て行った。出て行くことで、『客』だと言う認識を持たせたのだ。酒に酔っているアイツらは、多分すぐに忘れて楽しんでいるのだろう。
――いいなぁ。
「…………っ」
過る思い出。僕も昔は、高難易度の依頼を達成した時、グラムたちと一緒にあの店で飲んだ事があるのだ。思えば、それがハウルとの出会いでもあったりする。
だからか、たまに思い出してしまう……彼らと過ごした、
僕は懐に入っていた【スキルボード】に目をやると、意を決して詳細を見ることにした。
名前:レイ 年齢:17
職業:魔術師 適合魔術:火・水・風・土・雷
ステータス:攻撃力〈A〉防御力〈C〉瞬発力〈C〉魔力量〈SS+〉
状態異常:■■■■■《効果時間???秒》
保有経験値:1900807
保有スキル:高速詠唱 詠唱破棄 無詠唱 魔力量増大〈MAX〉 魔力自然回復速度〈MAX〉 火属性攻撃上昇〈A〉 水属性攻撃上昇〈A〉 風属性攻撃上昇〈B〉 土属性攻撃上昇〈B〉 自然治癒〈S〉 鑑定〈A〉 ……etc
称号:【雷帝の魔術師】 【大魔術師】
スキルボードとは、冒険者ギルドに登録すると貰える一枚のカードであり、そこにはその人の様々な事が数値化されて表示されている。ステータスの右に書かれている数値は、普通の人で〈C〉努力で鍛え上げられる最上が〈A〉だ。〈S〉からは才能次第で、〈S〉を超えた最上値は〈SS〉と表示される。
〈SS〉になるには、それに似合った職業を選択しなければならない。
剣士など、攻撃力を求める職業ならば攻撃力の上昇値が上がり〈SS〉に近づける。魔力量に至っては完全に才能であり、僕が駆け出しの頃は〈S〉だったが、そこから自力で上げて〈SS〉。スキルにある『魔力量増大』の数値も〈MAX〉にした結果、表記に〈+〉が付いた。
スキル欄に入っているスキルは、魔獣を討伐する時に貰える『経験値』が必要であり、強いスキルなどは、開放するだけで相当の経験値を消費しなければならない。
また、スキルを強化する事も出来るので、だから経験値の使い方は慎重に行わなければならない。
『etc』の表記をタッチすると、その下……例えば『攻撃耐性』や『物理攻撃耐性』『魔術攻撃耐性』等が出てくるので、確かそれらは全て〈MAX〉近くまで強化しているので、あと画面が圧迫して見えづらいので今はスルーしておく。
重要なのは――。
「やっぱり、おかしいよな……何だ、この■■■■■って……」
状態異常の欄。そこには毒や火傷といった物を受けると出てくる欄であり、右にはその状態の効果時間が表示されている。だが、表記がおかしいのだ。
効果時間もでたらめであり、一瞬スキルボードが壊れたのかと思ったが、他の状態異常の場合はちゃんと効果時間も書かれているので、どうやら壊れていないようだ。
状態異常という事は、僕は誰かしら攻撃を受けた可能性がある。
……だが、もしかするとこれはグラムの魔剣によるものなのかもしれないと、僕は思っている。このスキルボードを見たのは一昨日。つまるところ、僕が『略奪』を受けた後の事なのだ。
「……はぁ」
通算百回目のため息を吐くと、僕は意を決して立ち上がった。
==
向かったのは冒険者ギルドだった。
何故かと言うと――実を言うと、金が尽きそうだったからだ。
金貨三十枚——それが、グラムから渡された金だった。
金貨一枚で銀貨十枚であり、銀貨一枚で銅貨百枚必要だ。
その分なら、恐らく数年間は働かなくても食ってはいける。
だけど、僕はこの十日間酒を浴びる様に飲み、貴重な本をありったけ買い込んでいたので、そろそろ貯蓄が尽きそうだった。日に日に軽くなっていく麻袋は、一向に僕の心を急き立てて、だから僕は今日重い腰を上げたのだ。
夜だから、知り合いの冒険者がいない事を願って、僕がその扉を開けると――。
視線、視線——。
視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線———。
「う、ぶおえぇ……!!」
吐き気がした。そこには沢山の冒険者や、受付の人がいた。
それだけだ。彼らは僕に気づくと何気なく声を掛けてくれた。だが――。
――視線。
「っう……!」
怖かった。彼らの視線がまるでナイフの如く僕の心を容赦なく突きたてていく様な気がした。グラムたちから見放された、可愛そうなレイ……そんな事を思っていると、思ってしまった。
僕は逃げる様に外に出て、一目散に走った。
ダメだ、もう僕はダメだ!
ここには人が多すぎる。いや、知っている人が多すぎる。
眦からぽろぽろと涙が零れ落ちた。その時、僕の頭に過ったのは、グラムの言葉だった――。
『田舎で稲作でも作ってろ――』
確かに、その方が良いかもしれない。
知らない所で、僕を知らない人に囲まれて、そしてゆっくりと老いて死んでいく――。その方が、良いのかもしれない。
「……クソ、クソクソ!」
悔しさと情けなさで涙が出てくる。
僕はキッと前を向いて、大きな声で言った。
さっきのは妄言だ。そんな事をしたら、僕はきっと僕を許さない。
「絶対に、絶対に治してやる……ッ!」
あの日に言われた、グラムたちの言葉を思い返しながら、僕はその足をハウルのいる店に向ける。
僕は――その日、僕はこの街を離れた。
ハウルには、一応世話になった礼もあったから、金貨三枚と書置きだけ置いておいた。
ガラガラと夜行馬車が街を離れてゆく。
ぽつぽつと灯りが遠ざかっていく。その光を目で追いながら、僕はこの先に対する不安で一杯一杯だった。だが後悔はしていない。あのまま、あの場所に居れば僕はきっと自己嫌悪で一杯になってしまいそうだったから。静かな、だけど揺るがない決意を秘めて、僕は――エルディアの都市を離れて行った。
――そうして、僕は彼女たちに出会った。
身も心もボロボロになった花に、温かな光が入ってくるように。
その出会いを僕は――やがて『運命』と呼ぶことにした。
《一言メモ》
貨幣: 1金貨で銀貨10枚。銀貨1枚で銅貨100枚必要。
現代世界に換算すると以下の様になる。
金貨1枚——10万円。
銀貨1枚——1万円。
銅貨1枚——100円。
一般的に、金貨十枚であれば一年ぐらいは働かなくても暮らしていける。
だがレイは貴重な書物をありったけ買っている&毎日浴びる様に酒を飲んで、湯水の如く金を使っていた。
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