雨中、失意の中で
「は……? 何を、言って……るんだ」
理解出来ない。今しがた、目の前にいる親友は今、何て言った?
「聞こえなかったのなら何度でもいってやる。聞こえねぇならジェスチャーでも」
グラムはスッと、自身の手を首にコンコンと当てて、一門一句正確に、淀むことなく、その完結な単語を簡潔に言い放った。
「お前は本当の【仲間】じゃない。お前はクビだ。ここから出ていけ……田舎で米でも作ってろ」
そう言うと共にグラムはハハハと笑う。
どうして、そんな事を言うのか……僕はまだ信じられなかった。
理解できない。どうしてそこで笑うのか。どうしてそんな事を言うのか。
「ユ、ユイ、シーラも。は、ははっ。酷い冗談だよな。僕を脱退させるって、そんな馬鹿な――」
「悪いけど、本当にそうだから。――近づかないで」
「……ぇ」
ユイとシーラは近づこうとした僕を敵意の眼差しで睨んだ。
その声は今までで聞いた事が無い程低いもので、シーラに至っては腰に携えたナイフを抜き出そうともしていた。
そんな――と、僕は絶望の表情でグラムたちを見つめる。
目にうっすらと、熱いものがこみ上げてくる。
本当に、本当に――彼らは、僕を追放しようとしているのだ。
「かっ、考え直せグラムっ!」
気づけば、僕はバンッと机を叩きながら身を乗り出した。
今の僕の顔は、とても酷いものになっていると思う。
黒い感情があふれだしてくる。唾を飛ばしながら、僕はグラムに叫んでいた。
「ここまでやれたのはっ、Sランクになれたのは、誰のお陰だと思っている!? そうだ、僕だ! 僕が、いたからだ!」
「……レイ」
「補助をしてやったのも! 魔物にデバフを掛けたのも! 全部! 僕がやったんだ!」
「レイ」
「大体、僕を追放した所でどうなる!? この街で僕と同格の魔術師がいるかっ!? 仮にいたとしても、ソイツと連携が出来るか!?」
あり得ない。自分で言っている内に、そう思った。
だって、僕はこんなにも優れてて、才があって、立派だ。そんな僕を追放する……?
【大魔術師】である僕を、世界でただ一人【雷魔術】を扱えるこの【雷帝の魔術師】であるこの僕を?
あり得る訳が無い。
だから僕は叫び続けた。そんな選択間違っていると。だけど――。
「――だってお前、魔術使えないじゃん」
「――っ、だけど、それは!」
僕の答えに、グラムは耳を塞ぎながら『あーあー、もういい』と静かに言う。
グラムは僕をじっと見つめていた。彼の眼に映る僕の顔は、やっぱり思っていた通り最悪な顔つきだった。目は腫れていて、呼吸を乱している。碌に眠れていない証拠であるクマ、青白い顔。どう見ても――病人のソレだ。
「魔術が使えない魔術師は、ウチにはいらねぇんだよ……それに、お前の他の魔術師にアテがあってな。実は今、来ているんだ」
グラムはそこで、僕の後ろにある扉に向かって『入っても良いぞ』と一声かけた。
ギィと音を立てて開かれる扉。その先にいる人物に、僕は息をするのも忘れて、丸い目でその人物をじっと見ていた。
黒を基調とした制服に、ベルトを巻いた格好。
腰には魔術師が扱うための杖。スカートにスパッツと、動きやすい恰好をした、少女だった。
その、柔らかな亜麻色の髪と瞳を見て――僕は、ただ『え?』と、困惑の声を上げるばかりだった。
「要するに、俺たちと面識のある奴で、ある程度の魔術の腕前を持つ奴だろ――なら、彼女しかいないじゃないか。――なぁ、シノ」
僕の後ろからやってきたのは、つい先日あったばかりの少女――シノだった。
彼女はグラムの隣までやってきて、ユイとシーアと仲良さげに談笑していた。
「ちょ、ちょっと待てよ――どうして、ここにシノがいるんだ?」
取り残された気がして、僕はグラムにそう問い詰める。
シノも、冗談を言うような子では無い。しかしグラムは平然と、何を言っているんだとばかりにこういい返した。
「だからお前ぐらいの実力の持ち主で、尚且つ俺たちと面識があるってシノしかいねえじゃねぇか。一昨日辺りに頼んでみたら、二つ返事で帰って来たよ」
『だからもう、ここにお前の席はねぇんだよ』――そう、グラムは最後に僕に言い放った。
――ピシリと、その時僕の心から音がした。
目の前の現実が直視できない。だって、そんな、こんなのってあり得る訳ない。
でも――現実はそうだ。過ごしてきた日々が、日常が、みんなとの思い出が――ヒビ入る。
「…………」
すっかりと黙ってしまった僕に、楽し気な会話が耳に入る。
普段なら、その位置に僕もいるはずなのに。空虚で冷たい喪失感が、胸を撫でる。
これは夢だと、心が訴えている。だけどそれが違う事なんて、そんな事自分自身が一番理解している――。
「で、でもっ……!」
それでも、僕はみっともなく足掻き続けた。
嫌だと、僕はまだ皆と一緒にいたいんだと。
自分の有用性を、アピールした。
「僕には雷魔術がある! 必ず、皆の役に立ってみせるから、必ずっ、魔術を扱えるようにするから、だから、どうか、頼む、お願いだ……僕はまだみんなと一緒に、いたいんだ……」
膝を曲げて、頭を床に付けた。
必死に、必死に頼み込んだ。魔術師が頭を下げるだなんて、絶対にしない。
恥辱に……だけど、それ以上に僕はのし上がる焦燥感で一杯だった。
その時、僕に向けられる視線が一層険しい物へと変わっていくのを感じた。
「――レイ」
いつもの様に、目の前にいるグラムは僕の名前を呼んだ。
僕は顔を上げて――そして、目の前にあるどうしようもない事実に、絶望した。
――バチバチと空気を震わして顕現するその輝きは、神の使い手の様に思えた。
だが、そしてそれを使えるのは自分だけだ。
それなのに――どうして、グラムが使えているん……だ。
「か、雷魔術……どうし、て」
「これを見て、同じことが言えるか?」
グラムは腰に掲げた双剣の内の一本を、僕に見せる。
『強奪の魔剣』。それは、この世界に一本しかない、魔剣。
魔剣含める、何か特別な能力を持つ剣は、自然界で生成される剣の事であり、因みにダンジョン等で生成されるのは『魔剣』で、自然界……主に『聖なる地』で生成されるのが『聖剣』だ。
この一本の剣との出会いは、少し異質である為詳細は省くが――この魔剣には、それぞれ能力がある。
それは――『略奪』と『解放』
一本の剣で、対象の魔術や攻撃を吸い取り『解放』……つまり、放出する。ダンジョンに行く際は、僕が予め火魔術や治癒魔術をストックさせておいて、緊急時には発動してもらう……と言うのが今までの戦い方であり、魔術の才が無いグラムでも扱える事から重宝している。
そして、この『略奪』には条件があり、だからそれに見合った強さもある。
『略奪』された対象は、その略奪された行為を行えなくなる。
だからグラムは敵の攻撃を『略奪』する事で、戦闘の幅を広げさせていく。
「まさか、そんな……」
魔術を吸い取る分には、僕には関係ない。
魔術とはいわゆる現象だ。例えば火を魔術で起こしても、その起こした火を『略奪』したとして、世界中の『魔術で作った火』を封印出来るかと言われたらそうでもない。
だが――もし魔術では無く、『術式』なのだとすれば。
魔術を行使する際『術式』が必要となる。
魔力を術式に流し、魔術を行使する。もしその術式を『略奪』されたとしたら――。
息が荒くなる、荒れ狂う思考が、感情が、涙腺を刺激して。
グラムは僕の目の前に麻袋を置いた。
ごとりと重そうな音がして、中から微かにじゃらりと言う音が鳴った。
紐が緩んでいて、中から見えたのは――溢れんばかりの金貨だった。
もう僕のいる場所は無いんだぞって言うことが、それで証明されてしまった。
「お前の【雷魔術】はオレが奪った……今までご苦労だったな、もう帰って良いぞ」
グラムの言葉を聞いた僕は、衝動に駆られて飛び出してしまった。
外は、僕の心情を表しているかのように、土砂降りの雨が降っていた。
夕飯時なのに、店を出している所は少なかった。灯りの灯らない道を、ただ走る。
雨にぬかるんだ道は、容赦なく運動不足気味の僕の足を捉えて、泥の道で転んだ。
それが決定打となった。
「~~~~~~~~~~ッッッ!!!」
言葉にならない絶叫を上げて、拳を地面に叩きつける。
何度も、何度も叩きつける。その度に思い出が壊れていく様な気がして、それでも僕は叩き続けた。
『お前の【雷魔術】は――オレが奪った』
頼る人もいない、手にある金貨が入った袋だけが、今の所持金。
魔術も使えない魔術師、精神をやられてしまったSランク冒険者。
そして――Sランクギルドを追放された【雷帝の魔術師】。
僕は遂に、何者にもなれなくなってしまった。
==
「……本当に、すまない。レイ……だけど、これもお前の為なんだ」
レイが出て行った玄関の先を見ながら、グラムはそう重々しげな声で言った。
その隣には、泣き崩れるユイとシーラ。ただ俯いてばかりのシノの姿があった。
恐らく、今までずっと耐えていたのだろう。彼女らはずっと泣いていた。
グラムは泣かなかった。自分が泣いてしまったら、この場を収める者がいない事を知っているから。リーダーである自分が泣いてしまっては、示しがつかない事を知っているから。
「待ってろ、オレ達が必ず――お前を救って見せる」
一人の少年は、失意を胸に。
一人の少年は、決意を胸に秘めて。
こうしてレイは『夜明けの空』から――追放された。
《一言メモ》
冒険者ギルド:世界中に支部がある。主なサービスは仕事の仲介や報酬の受け渡し、素材の買収と貨幣の両替等のサービス等を行なっている。
登録された情報はスキルボードにて、冒険者自身が管理する。
紛失すれば再発行は可能。だがその場合、再発行に十五銀貨支払わなくてはならない。基本的にはどこのギルド支部でもスキルボードを見せれば冒険者の資格が与えられる。
ギルドに申し出れば脱退する事も可能。
その場合スキルボードはギルドに返却しなければならない。
また再登録も可能だが、その場合はスキルボードに情報を転写しなければならない為、料金が発生する。
ランク:冒険者はその実力に応じて、F~Sまでの7段階でランク分けされている。基本的に自分のランクの上下1つ以内の依頼までしか請けることはできない。
ランクに応じ、規定回数、依頼を達成する事でランクの昇級が可能。
だが、規定回数以上依頼を失敗することで、1つ下のランクへと降級する。
ランクの昇級に関して、一応そのままのランクでいる事も可能。
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