お前はクビだ

 世界地図の極東に位置する『ヴァルディア王国』。

 農業や、海に面しているという事もあって、結構栄えている国であり、僕たちはその中の『エルヴィア』という首都を活動の拠点としていた。石畳で整理された歩道を歩き、街の中央にある大きな噴水の所へ行く。


「うぅ寒い……」


 比較的温暖な気候なこの国も、だが流石に十の月……所謂『寒季』に入ると、身の凍えるような寒さが襲ってくる。空を見上げると、少しだけ分厚い雲が青空を覆っていた。雨が降り出しそうな気配に、僕が少しだけ口を曲げていると。


「師匠! 遅くなり申し訳ございません!」


 その時、僕の元へと走ってやって来た少女がいた。

 肩に掛かる程度に伸ばした、柔らかな亜麻色の髪。その髪と同じ瞳を持つ、美少女。


 黒を基調とした制服に、腰の所にはベルトが巻いてある。その上に乗っかるはあまりにも大きな乳房。だが、僕はそれが彼女のコンプレックスだという事を知っている。


「いや、大丈夫だよ――シノ。僕もさっき来たところだし」


 シノは、少し荒い息を落ち着かせながら、すみませんと謝る。

 僕は彼女の黒を基調としたワークキャップを撫でながら、道なりを進む。


「今日も学校に?」


 エルヴィアには様々な魔術学校があるが、その中でも特に有名なのは、国立魔術学校だろう。彼女はそこの三年生であり、またこう見えて僕と同じく全属性適合者なのだ。


「はいっ! 少し医術に関して、少し気になった事があったので……」


「医術に? 誰か治したい人がいるのか?」


「……はい。とても、大切な人なんです」


 へぇ……。とても気になる話だが、彼女はそれ以上話す気配を見せないので、僕も空気を読んで、別の話題に切り替えた。


「そう言えば、僕がシノに教えてもうすぐ三年になるね」


 懐かしい……三年前、ここに活動の拠点を移した僕たち。

 魔術学校に入学して見ないかと、その時薦められた僕は、たった一日だけ仮入学した。その時出会ったのがシノで、彼女は当時から希少な全属性適合者だった。

 だが彼女は魔術を扱うのが下手……と言うよりも、少しだけ怖いと思っているのか、それで学園長が僕の方に頼み込んだのが、彼女との師弟関係の始まりだ。


「一年で中級まで行けたのは本当に凄いよ。僕なんか三年掛かったから……」


 魔術師と言うのにもランクがあり、下から初級・中級・上級と並ぶ。

 上級まで極めると【大魔術師】と呼ばれたりしており、現在【大魔術師】は世界で三十人ぐらいしかいない。その下が中級であり、魔術師の八割は中級なのだろう。


 通常、そこに辿り着くには五年ぐらい魔術の稽古をしなければいけないのだが、シアは何と一年で四属性全てを中級まで上達させた。


「それは……師匠の教え方がお上手だったからですよ」


 シアはそう言うが、やはり彼女の感性と素質と。そしてたゆまぬ努力の賜物だろう。


 ……少しだけ焦燥感を覚えながら、僕はぎゅっと己の右手を握りしめた。


 ==


 ――ここの所、魔術が下手になった。


 いや、下手になったというよりも、

 魔術の源になるのは知識と詠唱と、それに似合った魔力量だ。

 知識は頭に入ってる。詠唱だって中級以下は『理よ我に従え』からの第二節以降の詠唱破棄をマスターした。魔力量だって、こう見えても僕は常人の数倍もの魔力量を持っている。


 ――だが、何故か魔術が使えない。


 このことをパーティメンバーに伝えると、リーダーであるグラムは、少し考えると言って部屋に入って行った。


 正直、とても怖い。魔術師には『魔術不全』というものがある。

 体調や精神の揺れなどで起こるもので、魔術が一切扱えないのだ。

 それを解決するのは時間や悩みの解決であり、一種の精神的な病いとして扱われる。


「僕……病気なのかな」


 この事をまだ、シアには伝えてない。

 先週だって、言うチャンスはあったのに僕は遂に言えなかった。

 ましてや、知り合いの冒険者や仲の良い友人らにも、僕は言っていない。


 そして、今日。僕はグラムに呼び出された。

 場所は拠点として使っている家のダイニングだ。

 そこで、何と言われるのだろうか……まさか、病院に行けと言うのではないか。

 それだけは勘弁だ。そんな事、僕の『プライド』が許せない。

 一人でも治してやる! ……だが、仲間に迷惑を掛けられないのも事実。


「ごめん……遅くなった」


 今日も僕は魔術関連専門の本屋に行ってから、小ぶりの雨が降る道を駆けて、拠点に戻って来た。あれだけ忘れようとしていたのに、僕の心には怖いという気持ちがいつまでも燻ぶっていた。


 ダイニングの中心には小さくて丸いテーブルがある。

 グラムはそこを『円卓』と呼んでいて、だから僕もこれを円卓と呼んでいる。

 円卓には全員が座っていた。


 職業ジョブ『剣士』。桃色の頭髪をした、愛嬌のある可愛らしい少女——ユイ。


 職業『盗賊シーフ』。銀髪のショートで、やや少し切れ目のある瞳を持つ少女――シーラ。


 そして、彼女らの真ん中にいる金髪碧眼をした、僕たちのリーダー——グラムバーン・アストレア。職業は『剣士』であり、腰に二つ携えるのは伝説の魔剣。

 僕の古くからの親友で、僕が一番信用している、頼りになる男だ。


 陽気な性格で、いつも笑っている様な、そんな良いやつな彼は今日に限っては真剣な目をしている。その目を見るだけで、如何に彼が切り出す内容が重いものなのかが理解出来てしまう。


 ユイもシーラも、普段は明るい表情で出迎えてくれるのに、今になっては哀れみの目でこちらを見ている。……やはり、グラムは彼女たちに言ってしまったか。


 ぽたぽたと雫を垂らしながら、僕はグラムが言おうとする前に、堪えきれなくなって言ってしまった。


「僕は病院なんて行かないからな! あと一カ月……いや一週間待ってくれ! 必ず、必ず治して見せるから――」


 僕は必死にそう頼み込むが、グラムは静かに『もういい』と言った。

 静かな声だった。だけどその声は僕の叫び声なんかよりハッキリと聞こえた。


「グ、グラム……?」


 何だか様子がおかしい――そこで、僕は気づいた。気づいてしまった。

 円卓には椅子が三つあった。そう、三つ。残ってる席なんて無かった。

 僕の席が――なかった。


「レイ——お前は、今日限りで『夜明けの星』を脱退してもらう」


「…………ぇ」


 今、何て言ったのか。混乱する僕の前で、グラムは分かりやすいように言葉を変えて言った。


「お前を――追放する」




《一言メモ》


 魔術師は基本的にプライドが高い。レイはまだマシな方。

 魔術には四大属性の他に、【固有魔術】と言ったものがある。

 また、同じ血族の者にしか扱えない魔術もあり【家系魔術】と呼ばれる。





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