第8話 記憶の欠片
私とシウは着替え、月や星明かりのない闇夜をいいことにひっそりと集落内にある、アトニウムを採掘している坑道に侵入した。
私が先に立って進むが、ある程度進んでからシウは私の肩を軽く叩いた。
「ねえサミア、僕わかんないんだけど。君は転生したばかりの赤ちゃんのときは、前世の記憶がはっきりあったってこと? 僕と会ったときは記憶を失くして普通の少女になってたけど」
シウの声は硬い岩肌に反響していつもとは違って聞こえた。脅えているような響きがある。
山の奥へと掘られた坑道は、一般男性がやっと通れるほどの狭さだ。平均よりも背が高いシウは体を屈めている。しかし一般の10歳より小柄な私には十分広い。
「そう、しっかり者の私は覚えてたんだ。そしてまだ体も存分に動かせないうちから活動を始めていた。この先に、その努力の結晶がある」
私は意気揚々と歩を進める。なお、光の精霊を呼んで周囲を照らしてもらっているので足元は明るい。私の気分も同じく明るかった。大事なことを思い出したからだ。
私は何もシウから逃れるために子どもの姿になってる訳じゃなかったんだ。そうとも、私はそんなに臆病者じゃない。どうして勘違いしてたんだろう?
「それで君は眠りながら、この地のエネルギーを高めてたけど、誰か……多分魔王に関係するものに邪魔されて記憶なくしたの?」
「その辺りはまだ思い出してない」
「本当に、僕がいないときには危ないことしないで。どうして先に合流しようって思ってくれなかったの」
シウの声は不安そうに揺れていた。
「赤ちゃんだから移動が難しかったんだ。悪いな」
「そうだよね、ごめん。でもこれからはずっと一緒だから」
「……まあ、魔王なんてとっとと倒せば静かな生活が訪れるさ」
私は分岐している道の前で足を止め、耳を澄ませた。空気を読んだシウは呼吸すら止めて静かにしてくれる。
「うん、こっちだな」
私は左側を指し示した。私がこの地のエネルギーを高めた結果、副産物としてアトニウムが生まれ、採掘場にされているのが丁度良かった。
土魔法で一気に掘るのはいいが、調子に乗って適当に掘ると落盤事故になる可能性がある。その点、丁寧に掘られた坑道は安全だ。私が掘るのはほんの少しでいい。
私とシウは順調に歩き続けるが、ある地点で私は立ち止まった。
「この下だな」
「何があるの?」
「私が前世並みの力を取り戻すのに必要な、エネルギーの塊」
私は土の精霊を呼び出し、真下にあるものを取ってくるようにお願いする。
「頼んだぞ」
土の精霊は岩盤に溶けるように潜り、微かな震動を足に伝える。それは私の鼓動を早め、興奮させた。
「待ちきれないな……」
「ちゃんと待ってるじゃん」
そわそわと体の姿勢を変えたり、冷たい岩の壁面に触れたりして私は待った。やがて、ドガンと勢いよく、土の精霊が下から飛び出てくる。
「やった! ありがとう!!」
待望のものを土の精霊から受け取って、私は小躍りをした。青白く光る、重みの全くない球体はとてつもなく貴重なものだ。私が7年かけて集めて濃縮した、この星の生命エネルギー。普段は気まぐれにその辺に散ったりしているが、埃だって7年集めれば大きくなる。そんな感じだ。いやむしろ、私が生んだ子どもといっても過言ではないかもしれない。
「よし」
光る球体を、躊躇なく私は飲みこんだ。シウは痛ましいものを見るように悲痛な顔をする。
「なんか、自分で産んだ卵を食べちゃう雌竜みたい」
「自分でも思ったけど、わざわざ言わなくていい」
私の体に目に見えた変化はなかったが、自分ではわかる。魔王を倒したときくらいの力が漲っていた。
「帰ろう」
来た道を辿って出口へと向かう。しかし、そこにはランプを持ったトラキアが震えながら立っていた。ガタガタ奮えているせいでランプの火まで揺れているが、よく出来たランプは耐えていた。
「勝手に坑道に入ったから怒ってるのか? 悪かった、アトニウムは盗んでない。何なら身体検査をしてもいい」
流石に良心が咎めて、私はトラキアが口を開いて話始める前に先をつく。シウは後ろから「ちょっとサミアは女の子なんだから……」なんて言っている。
「そんなんじゃない! 宿泊してるはずの部屋にいないから、もしかしてと探しに来ました!! ここに巨大黄金騎士が迫ってるから避難しましょう!」
まさか、と私とシウは厚い雲がかかった夜空に目を凝らす。闇色をぶちまけたようで何も見えなかった。それに集落は、ランプや松明の明かりが忙しく動いている。
「見張りが発見したのか? よく見えたな」
「音です! 逃げますよ!」
確かに言われてみれば、低い音がするようなしないような、といった感じだ。避難する集落の人々で騒がしくわからなかった。
「いや、もう大丈夫だ。私とシウで倒すから」
「え?」
黄金騎士が迫ってるのは、私があの球体を掘り出したせいだろう。お詫びに倒していくのが礼儀だと思う。私は手を伸ばし、さあ行けとばかりにトラキアの背中を叩いた。
「迷惑をかけて、すまなかった。遠慮せず逃げてくれ」
「……信じます! 信じてますから、あなたなら大丈夫だって!」
「当たり前だ」
私なのだから。トラキアはまたランプの光を激しく揺らし、自身の長い影を連れてどこかへと避難していく。
「シウ、お前が使う武器を出してくれ。強化してやる。シウが近接で引き付けてくれたら、私が魔法で倒す」
「わかった」
ここからは、慣れた戦いだ。体は前世とは違うが、私とシウなら全く問題はない。シウは落ち着いた様子でアイテムポーチから、シウの身長より長い槍を出す。思った以上の長物に私の方がびっくりした。
「シウは槍が好きなのか?」
「好きっていうか、リーチが長い方が便利だから」
確かに、振り回せる腕力があるなら剣なんかより槍の方が強い。細かな彫刻の施された槍に、私は聖属性魔法の付与をする。それからシウの体にも防御魔法をかけた。
「ありがとう。僕はどのくらい黄金騎士を引き付けたらいい?」
「3分だな。それで呪文の詠唱が終わる」
「わかった」
ドンドンと腹の底に響く震動と共に、黄金騎士が近くまで迫っていた。狙いは私なので、とりあえず集落を走って森の中へと飛び出ていく。
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