第7話 覚醒夢

「みんな! 元勇者のサミア様と、元白竜ラーズの、アンブロシウス王子様だ!」


 イスクが大声で私たちを紹介すると、皆一斉にわあっと歓声をあげ、拍手してくれる。すぐに一番奥の席に案内され、料理が取り分けられた。


「さあどうぞ、召し上がって下さい」

「ありがとう」


 私は人々に注目されるのは得意ではないが慣れていた。私は皆に見つめられながらトマトの肉詰めを一口大に切り、口へと運ぶ。


「……これを作った方は才能がある。とてもおいしい」


 一口目で味わうのは諦めているので、私は素早く飲み下して感想を言った。本当は全然噛んでいないから味がわからないが、誉めるものと決まっている。


「わ、私です! ありがとうございます!!」


 頭を布で覆ったふっくらした女性が顔を赤らめて名乗り出た。今の私からすると歳上だが、かわいらしいものだ。


「うん、僕もおいしいと思います。用意して下さってありがとうございます」


 シウも私に合わせて感想を言い、微笑んだ。美貌の王子に誉められた女性は茹で上がりそうに耳まで赤くする。


 その後も勧められるがまま全部の料理を一口ずつ食べて感想を言う。こういうのは、歓迎されたときの儀礼上欠かせないものだ。そのうちに食堂の中にいた人々は好き勝手に話し出し、自由に和んだ空気になる。私はやっと落ち着いて食事を楽しんだ。


 私が少女の姿になっていることを、からかう者などひとりもいない。シウの言う通り、隠してコソコソする必要はなかったのかもしれない。


 私とシウの席には、葡萄ジュースが置かれていた。とても香りが芳醇で、私はゴクゴクと飲み干した。なお、大人たちはワインを飲んでいるようだ。


「サミア様、今は女の子ですから、私のようなものが近付いても気にされませんか?」


 葡萄ジュースを継ぎ足してくれた若い女性が心配そうに訊ねてくる。


「何も問題ないが、どういう意味だ?」

「勇者セシオンは孤高のお方でしたけど、特に女が大嫌いで、女避け魔法を常に展開してるから火傷したくなければ近付くなって歌があるじゃないですか。テンポがいいから、私の母が家事をしながら良く歌ってました」


 私は葡萄ジュースなのに、酒に酔ったように全身が熱くなった。羞恥によるものだ。


「……そんな歌じゃなくて、今後はもっといい歌を吟遊詩人に頼んで作ってもらわないとな」

「はい! 今夜のことを歌にするのもいいかもしれませんね!サミア様は葡萄ジュースがお好き、みたいな」


 悪気なく女性は微笑む。私の横に座るシウが食べながらにまにましていた。


 シウは知っているからだ。私はセシオンであったとき、特別に女性嫌いではなかった。人と関わるのが嫌いだっただけだ。なのに旅の途中で身に覚えのない、私の子どもとされる存在が各地に勃発し、大変迷惑だった。私や周囲から金を巻き上げようとする詐欺師みたいなもので、大人に利用される子どもが可哀想だった。


 それで吟遊詩人に金を積んで、下らない歌を広めてもらったのだ。


「シウ、笑ってないでお前も男なら気をつけた方がいいぞ。男には身の潔白を証明する手段がない」

「そうだね。でもだからこそ、サミアとずうっと一緒にいなくちゃね」

「なるほど……?」


 確信を以て言い放つシウに一瞬納得しかけたが、何か釈然としなかった。


 そのとき、静かに食堂の扉が開いてトラキアという、馬車の修理に向かった男が顔を覗かせた。外が暗くなっているせいか、顔色は悪く見えた。


「あっトラキア! 帰ったんだな」

「ああ。これ、何のお祝い?」

「聞いて驚け。実はな――」


 仲が良いと見られる男が話しかけ、トラキアに私たちが元勇者だと説明する。始めは驚いた顔をしていたが、やがて頷いてご馳走に手を伸ばした。


「なるほど。道で兄貴たちとすれ違っただけなのに、わざわざここまで馬を走らせてトラブルを伝えてくれたような親切な人たちだ。元勇者に違いないな。そっちの青年もやけにキラキラしてるとは思った」

「そうなんだよ」

「これ以上の親切を望むなんて、贅沢だよな。というかまだ子どもだもんな」

「うん?」


 私は、トラキアと確かに目が合ってしまう。その目の底に、出掛けるときにはなかった恐怖が宿っていた。トラキアは巨大黄金騎士の姿を見たんだろう――私が何か言う前に、トラキアは首を激しく左右に振った。


「元勇者殿! あれは領主様にも報告したし、討伐隊が組まれるんでご心配なく!」


 トラキアは自分と私に言い聞かせるように、声を張った。しかし、討伐隊が数十人程度ではあいつには敵わない。100人単位ならいけるかもしれないが、犠牲者は出てしまう。


「サミア、あんまり気にしないで。何でも君のせいなんてないから」


 シウが気遣うように私に耳打ちする。


「でも、シウが私に会いにくるときには、あの騎士はいなかったんだろ。おかしくないか? 私たちに呼応するように動き出したとしか」

「ね、このレバーペーストとってもおいしいよ。サミアは育ち盛りなんだからたくさん食べないと」


 シウは私の話を遮って、薄切りパンにレバーペーストをこんもり塗ったものを私の皿へと置いていく。シウの悔しさはわかるので、私はそれ以上話すのはやめた。


「うん、ありがとう」




 ◆



 すっかり満腹になって、私とシウは部屋に戻った。室内に浴槽もあったので魔法で湯を沸かして、シウが譲るので私から先に入浴をした。


「上がったぞ」

「うん、僕も入ってくる。先に寝てていいからね。サミアは子どもなんだから」

「うん」


 ベッドはどういう訳だか奥の部屋に二つ並んでいたので、私は手前側のベッドを占拠した。ベッドは柔らかく清潔で、野宿も覚悟していた1日目なのに、いいのかなと思ってしまう。


「今日は予定より進めなかったけど、楽しかったな」


 目を閉じると、人々の顔や声が瞼の裏に浮かんでは消える。私は何も考えないよう、幻想に浸った。




 そのうちに私は、寝ながらこれは夢なんだなと気付く覚醒夢に入っていた。


 大したことない夢で、私は森の中で眠っている。時々目を覚ましては、名前を知らない木々が成長していくのを夢うつつに観察していた。数年はここにいるようだ。


 緑の葉には雨粒が光り、枝は太く長く、自分とは離れて青い空へと伸びていく。一方で、私は地面に根を張るように下層へと意識を広げていた。呼吸すら儘ならない程苦しくても、使命感が私を突き動かしていた。


「……行かなきゃ」


 やっと目を開いた私は、汗だくであった。布団を払いのけ、身を起こす。


「サミア?」


 隣のベッドから、掠れたシウの声がかかる。


「どうしたの? まだ朝じゃないよ。子どもは寝ないと大きくなれないよ」

「そんなに子ども扱いしなくていい。思い出したんだ、私とシウは同い歳だ。だって同時に死んで同時に転生したんだから」

「……どういうこと?」


 シウは静かに起き上がり、暗い中でも見やすい白銀の髪をかき上げた。私はこみ上げる笑いで体を震わせる。


「つまり、私はあの西の森で7年間眠っていたんだ。体の成長と引き換えに、この地のエネルギーを活性化させていた。覚醒したらすぐ使えるように」

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