第6話 暴露

 丸太塀で囲われた砦の内部には、簡素な木造の住居が建ち並んでいた。


 少ない建材で多くの居住空間を作り出そうとしているのか、家と家はくっついている。私は建築には詳しくないが、そうすると壁が柱代わりになるんだろう。


 見張りの男が言った通りに、子どもたちのはしゃぐ甲高い声がどこか遠くから聞こえていた。メリッサを馬房に預け、私は男に質問する機会を探った。


「ここでは何を採掘してるか聞いても?」


 恥ずかしながら、私が10年間自分の住んでいた地域の領主が何をやっているか全然知らなかった。確かに、収穫祭では領主が住民に無料でパンを配っていたし、さっきのトラキアもお使い程度に金貨の大判振舞いをしてくれた。景気の良さはここでの採掘によるものらしかった。


「はい。アトニウムという魔石を採掘しています。大変希少な魔石ですが、去年ここで鉱脈が発見されたのです。アトニウムはほんの少量で人や魔導機関に莫大なエネルギーをもたらします。つまり、高値で売れるということです」

「なるほど」


 男は特に馬鹿にするでもなく、淡々と説明してくれた。シウもふんふんと軽く頷く。


「地方領主のあまり広くない領地からアトニウムが採掘できるなんてラッキーだよね。この辺りは、魔素が豊富なのかもしれない」


 そうなのかな、と私も頷いた。貴重なはずの二股ラカラだってあんなに採取できたのだ。


「ところでですね……」


 男は住居が密接している人気のない路地に私たちを誘導し、足を止めた。


「あの、最初は気付かずに失礼いたしました。あなたはクロドメール国の竜騎士、アンブロシウス王子ですよね?」


 男は顔を紅潮させて憧れに近い目付きをしている。敵意があるようには見えなかった。どんな反応をするのかと見上げると、シウは照れもせず微笑していた。


「はい。そうです」

「やっぱり! 向こうの村周辺で噂になっております! 竜騎士アンブロシウス王子が来訪されていると!! 王子は伝説の白竜の生まれ変わりで、白銀の髪に紺碧の瞳をした麗しの君だと……お噂以上ですね! 男の私でも惚れ惚れする美しさです!」


 私は嫌な予感がした。最初にシウが祭りの会場で騒いだり、私を引き取るための手続きをして数日経っている。ここまで噂が届いていておかしくなかった。


「そうすると、あなたがセシオンの生まれ変わりなのですか?」


 男は目線を上下させて、私を頭から爪先まで見つめた。私は仕上がったばかりのクリーム色の、ひらひらしたスカートを着ている。黒ずくめでかっこよかったセシオンとは正反対の系統だ。今のサミアの体には似合ってると思うが――急に恥ずかしくなった。


「いや、私は……」

「そうです。この方こそ世界を滅亡から救った勇者セシオンです」


 私が答に詰まっているのに、シウが勝手に暴露する。


「お、お会いできて光栄です!! その節は、本当にありがとうございました! 今こうして私や妻子が生きていられるのも、あなたが救ってくれたからです!!」

「いやそういうのはいいから。私はもう別人だし、早く泊まるとこだけ案内してくれ」


 男はしゃがんでまで私に礼を言ってくるが、照れくさいから苦手だった。


「くう、このクールな反応!! 伝説通りですね! やっぱりセシオンだ!!」


 男が大声で騒ぐから、周りに人が集まって来ていた。女の子じゃん、とか小さい、とか聞こえる。


「早く案内してくれ。じゃないとここを出る」

「はい、失礼しました! こちらです」


 砦の最奥、立派な一軒家に私たちは案内された。背後には子どもたちがぞろぞろついてきているが無視するしかない。


「ここは領主様が視察に来るときにお休みになる家ですが、セシオン様と王子様がお泊まりとあらばむしろお喜びになるでしょう。食事はただいま用意させます。どうぞごゆっくり」


 室内には調度品なども置かれていて、広くて豪華な部屋だった。


 男が出ていって扉が閉まると、私は腰に手を当ててシウを睨んだ。


「おい! あんまり私がセシオンだとか人に言うんじゃない!」

「え、ダメなの? 何で? すごいことをやり遂げたんだし、少しはお礼くらい言われても罰は当たらないよ」


 シウは私の剣幕に驚いて眉を下げる。麗しの君とか誉められていたのが台無しだった。


「だって私は今、こんなだぞ!」

「いいじゃん、かわいいよ。それに僕だってもう竜じゃない。でも記憶があって、僕たちは続いてるんだ」


 シウはしゃがんで私の手を取る。もうシウの眉はきりっと上がっていて、作り物めいた美しい顔が私に向けられていた。


「恥ずかしいことなんてないよ。僕は今のサミアが好きだし、大切だよ」


 ――手のひらから伝わる温もりは心地よく、安心を誘うものだった。世界中の誰に何と言われようと、お前がそう言うならいい。だが、到底口にできるものではなかった。


「と、というか、あいつら何で簡単に、私たちがセシオンやラーズだと信じるんだ?そんな詐欺師いくらでもいそうなものだが。やっぱりシウが王子で竜騎士で有名だからか?」


 結局、私にはそんなことしか言えない。シウがどこか自慢気に笑った。


「うん。それに、僕は誰が見てもただ者じゃないくらいに人間離れした美しさでしょ」

「まあ、な……」


 調子に乗るなと言いたいが、否定できない。神から与えられた最高峰の美しさをシウは持っている。シウはフフンと笑った。


「何となくね、主ならセシオンからかけ離れた外見望むかなって思ってた。だからその分、僕は神々しいくらいに美しくしてもらったんだ。これならどこに行っても、腕を奮わなくても、ただ者じゃない感じがするでしょ?」

「あっそ」

「あと、君は美形好きでしょ」

「ふん」


 そうだ、こいつはこういうとこあるんだったと私は思い出す。普段は子犬のようだけど、たまに老獪だ。千年生きた竜だっただけある。



 ◆


 見張りの男――イスクに呼ばれる頃には、おいしそうな料理の匂いで私とシウはすっかり空腹を刺激されていた。巨大騎士に追い付かれたくなくて急ぎ、昼は食べ損ねていたからだ。


「みんな、おふたりのお顔を拝見しようとワクワクしていますよ」


 私たちは、食堂の看板がある建物に案内される。イスクは砦中に話を広めたようだ。


「まあ、私の今の顔など見ても面白いものじゃないと思うが」

「失礼しました、お顔を見て、お礼を言いたいのですよ。勇者セシオンは、各国から強者の支援申し出を断り、たったひとりで白竜ラーズのみをお供に魔王を倒した偉大で高潔な方です。白竜の命を軽視する訳ではございませんが、慧眼であったと思われます。結果、多くの命を救いましたから」


「それは……」


 私がコミュ障で人間嫌いだったからだ、なんて最近覚えた言葉で過去を呪った。いかにもまっすぐ育った剣士や清純派聖女、無闇に胸を見せて誘惑してくる魔導師など苦手すぎて、有り得なかった。


 でも流石にひとりぼっちは戦闘がきつく、千年生きている伝説の竜なら強いし落ち着いてそうだから何とかなりそう、と竜の巣を訪れたらこうなったのだ。


 私はちらっとシウの顔を窺った。なぜか輝くような笑顔を浮かべている。


「やっぱり僕たちはきっと運命だったんだよ、ね」


 ね、のところでシウは私に首を傾けた。


「そうかもな」


 私は適当に同調しておく。空腹が限界だった。


「わ! 本当にそう思ってくれてるの? 嬉しい」


 小さく跳ねて喜んでいるシウと共に食堂へと入る。待ち構えているのは炭鉱夫とおぼしき屈強な男が大半だが、女性や子どもも少なからずいた。


 しかし私は葡萄の葉巻、トマトの肉詰め、湯気の立つシチューなどに目を奪われた。

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