第5話 平和なはずの街道

「でも、今はモンスターはほとんど居ないよ。僕らで魔王を倒したからね」


 シウは手綱を操り、白馬のメリッサに街道の中央を進ませながらそう言った。穏やかな風にメリッサのたてがみが靡いていた。


 街道の左右には雑多な原生林が広がるが、小鳥の囀りが聴こえているだけの長閑な雰囲気だ。


「それは何となく知ってる。危ないのは人くらいか」


 大した情報のないサミアとしての生でも、誰かがモンスターに襲われたなんて噂は聞かなかった。その代わりに野盗だか山賊だかが蔓延っているらしい。


「うん。でもサミアに危ないことは絶対にないよ。僕が何とかする」

「ふーん」


 私は無愛想に返事をした。シウは覚醒前でも兵士千人くらいの力があったそうだから、山賊くらい敵ではないんだろう。


「まあ基本的には戦わないよ。殺さないよう峰打ちって難しくてさ。メリッサが本気で駆けたらすぐ振りきれるからそうしてる」

「そうだな、基本的に人と関わるのは面倒だ」


 私とシウの意見は一致していた。経路は微妙に違うが、結論は同じだ。


「ん?」


 私は土埃で霞む前方に、黄金の甲冑を纏う騎士の姿を認めた。


「シウ、私の目がおかしくなったかもしれない」


 その騎士は、やけに大きく見える。このまま近付いたら大木くらいの背丈になりそうだ。それに腕が異常に長く地面に着きそうなくらいで、かつて対峙した魔王の手下に酷似していた。


「僕の目もおかしくなったかも。あんなの、来るときはいなかったよ」

「……面倒だから、避けよう」

「賛成」


 シウは手綱を引いてメリッサに方向を変えさせ、街道を外れた。茂みに隠れるようにしてコソコソ進む。巨大黄金騎士の横を通るときは流石に緊張したが、気付かれずに済んだ。


 かなり離れてから、ようやく私たちは街道に戻る。あれは幻ということにした。今の私たちでは戦えない相手だ。


「ひ、昼はどこで食べるかな?」

「あはは、サミアまだ早いよ」


 シウは明るい声を出そうと努めている。でも背中に伝わる気配は緊張しているようだった。しばらく進むと、今度は普通の人間らしき大きさの人たちと、荷馬車が見えてきた。街道沿いに止まっているようだ。私たちに気付いた彼らは、しきりに両手を振って合図をする。武器はなし、だけど話があるようだ。


「こんにちは、どうしたんですか?」


 騎乗したまま距離を開け、メリッサの脚だけ止めてシウは尋ねた。案外警戒している。20代と40代くらいの男性2人組だった。商人だろうか、荷馬車は大きなものだった。


「ああ! 君たち、旅人さんか? 悪いがこの街道を出て右に集落があるから、私の弟、トラキアってやつに大型馬車の車軸を持ってくるよう伝えてくれないか? 段差で壊れてしまったんだ。報酬は払うから!」


 年長の、眉の太い男が困り顔で手を合わせた。


「あなた達は2人いますよね。どちらかが集落に知らせに行けば良いのでは? 僕たち、その集落とは違う方向に急いでいるんです」


 意外と冷たくシウが答えると、男は茶色い目を落ち着きなく私たちの背後に巡らせた。


「やっぱり君たちも見たのか?あの巨大騎士を……」

「はい」

「あんなのがいて、ひとりで行動なんか出来るか! それで困っているんだ!! 残るのもひとりで動くのも怖くて無理なんだ!!」


 男たちはどういう訳だか、ひしと肩を抱き合った。まあ2人いても太刀打ちできないだろうが、恐怖で判断力が鈍っているんだろう。かといって荷馬車を放置して移動もしたくないといったところか。


「仕方ない、やってやろう?」


 私はシウの袖を引っ張り、ちょっと首を後ろに向けた。それでもメリッサに2人乗りの状態なので私からはシウがよく見えないが、背が高いシウには見えるはずだ。


「……サミアがそう言うなら」

「うん」

「ありがとうお嬢ちゃん!! 君は優しいね!! 将来は美人になるよ!!」


 男たちは肩を組んだまま全快の笑みを見せた。



 再びメリッサは脚を速め、彼らと離れた頃にシウがため息をつく。それは私の頭のてっぺんをくすぐった。


「サミアは人と関わるの面倒って言ってた割に、誰にでも本当に優しいよね。僕だけじゃないのかと妬けちゃう」

「別に。今の私たちでは巨大黄金騎士を倒せないから、やれるだけのことをやるってだけだ」

「尊敬するよ。やっぱり僕の好きなあるじだ」

「バカ、その呼び方はもう無しだ」


 私は肘でシウの腹を小突く。今となっては、前世の『主』呼びが恥ずかしかった。よく受け入れてたと思う。




 男たちに頼まれた集落は、街道をそれた森の奥にあった。先端を尖らせた丸太で囲まれた、砦のような場所だ。すぐ側の山の斜面が削られて岩肌を見せていることからして、何らかの採掘をしているんだろう。あの荷馬車には、高価な採掘物でも積んでいたのか。


 見張りの男が声を張り上げ、用件を聞いてきた。ただ、こっちはシウと私。若い男と子どもなのでそこまで警戒感はなかった。


 見張りに男たちの名前――ゴルトに頼まれたと用件と証拠の手紙を渡すと、すぐに線の細い若い男が中から駆けてきた。


「伝えに来てくれてありがとう! 俺がトラキアだ。俺は早速修理に行くけど、謝礼を受け取ってくれ」


 トラキアは無造作に、小袋に入ったものをシウに投げ渡した。チャリッと金属の擦れる音をさせ、シウが受け取る。


「行くときは、巨大な黄金騎士がいるから前方に気をつけて! 姿が見えたら、街道を離れて進めば多分大丈夫だから」


 日が沈み始めていることから、急いで車軸や修理道具を背負い、馬を走らせようとするトラキアにシウが声をかけた。


「情報ありがとう!」


 爽やかに手を振って、トラキアの姿が遠くなる。まだ黄金騎士を見ていないから余裕でいられるんだろう。


 私はシウが受け取った小袋を開き、中身を確認した。金貨が7枚。寄り道程度の働きにしては、ずいぶん気前がいい。


「――あの! 良ければ、今夜はここに泊まっていきませんか?」


 見張りの男が先ほどより丁寧に声をかけてきた。


「どうする? サミア」

「日が沈んできたし、いいんじゃないか」


 暗くなると巨大黄金騎士が遠くから発見できない。今は絶対にあいつとは戦いたくないのだ。


「じゃあそうしようか。お願いします」

「ええ、中にどうぞ。ちなみにここは、怪しい場所ではありませんよ。ちゃんと領主様が運営している採掘場で、女子どももおります」


 親切にも、聞いていないことを見張りは説明した。シウはメリッサを降り、それから私を抱き上げて地面に下ろした。そして案内されるままに砦の中へと歩を進める。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る