第4話 特製の魔法薬
二股ラカラをたくさん採取した私とシウは、一旦宿屋に戻った。
「シウ、鍋とか持ってるか?」
「一応あるよ」
シウはアイテムボックス――腰に吊り下げたポーチをさぐる。すぐにポーチよりも二回り大きな銅鍋が出てきた。鍋は何度か使った形跡がある。
「本当に何でも持ってるんだな」
半年かけて私のいるところまでシウは来た訳だが、その長い道のりを想像してしまった。クロドメール国の王子だというのに、前世のように野宿をして旅の途中で捕まえたモンスターを煮炊きした夜もあったんだろうか。
「うん、人間の体は竜と違って生肉食べるとお腹壊すしね。主がやってたの思い出してひとりで料理してみたけど、あんまりおいしくなかった」
しゅんと俯いてシウはテーブルに銅鍋を置く。私まで淋しいような、悲しいような名状し難い気持ちになるからやめて欲しい。
「……王子だから料理は経験なかったんだろ? クロドメール国に着くまでは、必要なら私が作ってやる」
「本当? うれしい! あ、でも量は普通の人間並みでいいよ」
「わかってる」
私は、前世で自炊していたから料理には心得があった。
「シウには、こんなまずいものじゃないのを作るさ」
鮮やかな緑色の二股ラカラをどさどさ鍋に放り込んでから、私は息を調えた。魔術に関しての膨大な記憶は取り戻した。あとは、実践あるのみだ。幸いにして、この体の魔法適正は平凡であり、良くもないが悪くもない。何とかなる。
「――火よ」
魔力を捧げて火の精霊の力を借りる。鍋の中身が燃え上がり、炎に巻かれてラカラのごく細い葉脈が生き物のように最後の大暴れを見せた。
「水よ、風よ」
体内の魔力を制御して、何とか3種の精霊の同時召喚に成功した。燃え盛るラカラは水に溶け、風によって渦を巻きながら必要要素だけを濃縮した、黄金色の液体へと変化する。あとは、仕上げだ。
「おいしくなあれ、おいしくなあれ」
最後には欠かせない呪文だ。唱えてもまずいものは結局まずいままだが、効果は劇的である。前世で若いときはこうやって自分の限界を超えたし、ラーズの限界も超えさせた。
今ので小さな体にある全魔力を一滴残らず搾り取られた感じがした。額に汗がにじむ。
気を利かせたシウがアイテムボックスから取り出したグラスに魔法薬を注ぐ。材料を私に縁のある場所で採取したせいか、素晴らしい出来だった。
「ありがとう。じゃ、飲んでみる」
私は勢いをつけて魔法薬に口をつける。残念ながら舌を刺すような強烈な苦味だったが、こらえて一気に飲み込んだ。
「うえ……」
「だ、大丈夫?! 吐く?!」
なぜかシウは、両手を皿のようにして私の前に差し出した。
「バッバカ、そんなとこに吐かない……でもちょっと子どもの体には……刺激が強かったかも」
「そうなの?! と、とりあえずベッドで寝て」
シウに支えられてベッドまで行き、私は倒れるように頭を枕に乗せた。すぐに布団がしっかり肩口までかけられる。でも呼吸が苦しくて、全身が熱く、シウが眉を下げて心配そうに私を見つめていなければ思いきり苦悶の声を上げたいところだ。
「そんなに心配しなくていい。竜のときと違って表情がわかるとよりうるさいな、お前は」
私は精一杯に笑みを作った。内臓がよじれたように激痛が走る。
「だって心配だよ。こんな苦しむとわかってたら止めたのに……」
「前世でもやってたから大丈夫だ。シウも適当に休んでろ」
「でも、お腹痛そうだよ」
シウは布団ごしに、私のお腹の辺りをさすった。何となく温かいような感触に、少し痛みが和らぐ気がする。
知ってたことだが、シウは昔からいいやつだ。一緒にいると心が温かくなる。それに、私はシウじゃなければこんなに隙のある状態なんて見せられない。安心して眠りに就いた。
◆
「……朝、か?」
朝日に目を開くと、すごく爽やかないい気分だった。
「サミア! 大丈夫なの?!」
室内のソファで眠っていたらしきシウが元気良く起き上がり、私に駆け寄る。寝起きでもシウは眩しいほどのイケメンだった。
「ふふふ、全然大丈夫だ。ほら、強くなったぞ」
照れくさくて枕を投げつけるが、シウは簡単にキャッチした。
「ああ良かった。もうやらないで」
「うーん……」
私は体を起こす前に、全身を巡る魔力を確認してみる。思った以上の効果を二股ラカラの魔法薬は現していた。爪先から頭のてっぺんまで、私の体は書き変わっている。10が100くらいにはなった感覚だ。
鉄は熱いうちに打てなどと言うが、身体の魔改造も幼いうちが良いのかもしれない。
「何か、開眼した感じだ。ラカラはもうやらなくていい。ほかのいい材料が手に入ったらやるかもしれないが」
「もう、サミアってば」
シウはそれ以上はあまり口うるさくは言わず、朝食を運んでもらうと言って部屋から出ていった。
それから2日間は体力回復に努めたり、旅に必要な細かい物を買ったりした。お世話になった孤児院に挨拶もした。貧しくはあったが、シスターたちはいい人たちだった。シウがかなりの額の寄付をしたらしく、心配はされずにお幸せになどと言われてしまう。シウと結婚するつもりは毛頭ないが、適当に笑ってやり過ごした。
◆
「じゃあ行こうか」
「ああ」
街道へと続く村の出口に私たちはいる。シウは預けていた立派な白い馬を馬小屋から連れて来ていた。
「この子はメリッサ。半分
「へえ。確かに角がちょっとあるな」
「すっごく、かわいいよね」
メリッサは小さな角のある額をシウにごしごし撫でられ、黒い瞳を色っぽく瞬かせた。シウが旅の途中でたまたま出会って意気投合して買ったらしいが、馬も人間の美形がわかるんだろうか。
「サミアは前に乗ってね」
それこそ枕くらい軽いものを持つように、シウは私を抱き上げてメリッサに乗せた。やっぱり相当な力持ちだ。
しかし私は、前世で乗馬はあまりやらなかったし現世では当然ない。メリッサは大きな馬であり、普段より遥かに高くなった視界に少し緊張した。
「サミア、大丈夫?」
「あ、ああ……」
「しっかり捕まっててよ」
わかっていたが、私の後ろに器用にシウが乗り入れ、後ろから抱かれる形になる。
男に後ろから抱かれるなんて初めてすぎて、緊張は深まった。悪い気はしないが、サミアは寂しい人生を送ってきた。セシオンもそうだった。どちらの人生でも孤児だった。人の温もりなんてほとんど知らない。
「うう……」
「メリッサはいい子だから怖くないよ。でも、最初はゆっくり行こうね」
頭の上で、シウが落ち着いたトーンで話している。今まで気がつかなかったが、こいつめっちゃ良い声かもしれぬ。低すぎなくて、明るくて、掠れが独特の和らぎと癒しをくれる。
でも私がドキドキしてるのに、シウが落ち着いているのは気に入らなかった。いや、こんな少女の体の私に密着して興奮されたらもっと嫌だし即刻馬を飛び降りるが、やはりむかつく。
「シウはむかつくな」
心のままに私は発言した。メリッサは背中の人間の胸中には構わず、機嫌良さそうに並足で歩き始めた。竜に比べたら全然遅いはずの馬でも、案外と速く周囲の風景は流れていく。
「僕は嬉しいよ。君とまた一緒に旅に出れた。前みたいに僕の背中には乗せて上げられないけど、こうやって君の背中を守れてる」
「ふん、私の魔力はすごい勢いで成長してる。例えモンスターが出ても、私が魔法で蹴散らしてやるさ」
「頼もしいね」
シウが声を殺して笑っているのが、背中に伝わる振動で丸わかりだった。
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