第3話 採取と買い物
とりあえず腹ごしらえは大事なので、私は宿の女主人が運んできた食事をすることにした。
白い柔らかいパン、蜂蜜、バター、オムレツ、野菜のポタージュなど消化にいいメニューばかりで助かった。しかし10年住んでいた村だが、孤児院暮らしなので宿でこんなおいしい食事を出しているとは知らずにいた。
せっせと食べ進める私を眺めて、シウはなぜかうっとりしている。部屋にある小さなテーブルの向かいに座り、紅茶だけを飲んでいた。
「あまりじっと見られると食べづらいんだが」
「あ、ごめんね。嬉しくて」
「何が?」
シウはそこに遠い過去があるかのように、部屋の片隅に視線を向けた。
「前世では、君が僕にご飯を作って食べさせてくれたじゃない。僕の体は竜だからすごく大きくて、お腹いっぱいにする材料を集めるのも、調理するのも大変だったと思う。でもあれ、おいしかったな……たまに辛いときとか、苦いときもあったけど」
「ん、ああ……」
私は喉に力が入り、ごくっとポタージュを飲む音をさせてしまう。
今更言えない――ラーズだったときにご飯を用意してたのは、親切ではなくお前を強化させるためだった。希少な葉や、極地にしかならない木の実、珍しいモンスターの肝などなど――そりゃ辛いときや苦いときもあっただろう。でもラーズは何でも喜んで食べ、食べさせれば食べさせるほど強くなった。
「僕はずっと、主にお返しがしたかったんだ。でも竜の体だと繊細な調理はできなかったから、今こうして、間接的に僕が用意したものを食べてるサミアを見られて嬉しい」
「モンスターを丸焦げにするのは得意だっただろ」
「そうそう。懐かしいな、早く出発したいね。でもとりあえず、サミアの旅装を整えないと」
話が変わったことで私はほっと息を吐く。改めて考えると、私は本当にラーズにひどいことをした。そもそも私がラーズを魔王討伐に誘わなければ、今でも竜としてのんびり生きていたはずの存在なのだ。責任を持って、今のシウを幸せにしてやらなければならない。
食べ終えた私は寝巻きから元々着ていた服に着替え、3日ぶりに宿から出た。少しふらつくが歩行くらいは大丈夫そうだった。
「サミアに似合う服を買おう。それに、暑かったり寒かったりしたときに対応できるものが必要だよね。お店の場所は聞いておいたんだ」
シウは私と手を繋いで、ぶんぶん振りながら往来を歩く。周囲の人々は物珍しそうに私たちを観察していた。なにせ美青年が貧乏そうな少女を連れているのだ。
「ああ、人間っていいね。手を繋いで街中を歩ける。僕、主とこうするの憧れてたんだ」
「人前で主とかそういうことを言うな。頭がおかしいと思われる」
「クロドメール国では信じてくれたよ、僕が竜の生まれ変わりだって」
「まあ、シウは今でも強いみたいだからな。でも私は……」
私がセシオンであったという証明をどうするか。そこが問題だった。シウと私には確信があるが、今の私は魔法もろくに使えない。覚醒してから体内の魔力を探ったが、この体はあまり強くない。
悩んでいるうちに、正面がガラス張りの、華美な服が飾られている仕立て屋の前に到着した。この村で一番高級なところだ。私は孤児院に寄付されたぼろぼろの服を着ているので入るのに躊躇するが、シウは構わず私を引っ張って連れていく。
「いらっしゃいませ。まあ美しいお坊っちゃまと……かわいらしいお嬢ちゃんだこと。今日はどちらの服をお求めで?」
40代くらいの派手に着飾った女性が私たちを出迎えた。
「こんにちは、マダム。すてきな昼下がりに、お美しいマダムに出会えて嬉しいです。今日は彼女の服を依頼したく、お訪ねしました」
シウはにこやかに、流暢に歯の浮くような台詞を言う。流石に王子なんだなと私は驚いた。そして、マダムは美貌の青年に美しいと言われて高笑いをした。
「ほほ、服の作りがいがあるお嬢ちゃんね。似てないけど、生き別れの妹さんかしら?」
「そんなところです。とりあえず、彼女用の旅装10着と街中の外出着10着と、ケープと手袋と……」
「お、おい」
私はどんどん注文しようとするシウの袖を引っ張る。
「そんなにいらない」
「え? でも人間には服が必要だよ。僕のアイテムボックスにいくらでも入るし、予算もある」
「くっ……」
涼しい顔で恵まれた状態を説明するシウに腹が立った。アイテムボックスは、旅の必需品で前世でも使っていた魔導具だ。そもそも高いし拡充には強大な魔力が必要だ。つまり、シウは魔力も財力も潤沢だと私に見せつけている。
今の私は、何もない。
「お坊っちゃま。大量の注文はありがたいけれど子ども服は既製品を置いてないのよ。布地のカットからだから、お渡しまで日数がかかるわよ」
「そうですか。3日後に旅立ちたいので、それまでにできる着数だけお願いします」
どうして3日後かわからないが、シウはマダムと勝手に話を進めていく。私は採寸をするという別の従業員に奥に連れていかれた。
大きな鏡があったので、巻き尺であちこち計られながら、今の姿をあらためた。
前世のセシオンとは対極の性質を私は望んだ。その通りに、サミアの体は小さくてかわいい。ぱっちりとした水色の瞳に、髪は桃色の――女の子。
セシオンは長身で逞しく、黒髪黒目で威厳も風格もある男の中の男だった。自分でもかっこいいと思っていた。
このままでは、シウを戦いに巻き込むなとクロドメール国の王に文句を言っても、変な女児が何か言ってると聞き流されるだけかもしれない。
「強くならないと……」
採寸と発注を終え、仕立て屋を出た私とシウは、ぶらぶらと往来を歩いていた。
「どうして出発は3日後なんだ?」
さっきマダムとの会話で気になったことを聞く。
「ああ、移動するのは寝込んでたサミアの体力が回復してからにしようと思って。港がある街まで、一緒に馬に乗って移動するから」
「ふーん」
シウに気遣いを見せられると胸がざわざわした。旅程までしっかりしてる。
「サミアの体力向上に軽い散歩くらいはした方がいいかな? それとももう休む?」
「じゃあ森に行こうか。この村の西側にあるから」
私は道端の小石を蹴って、そんな提案をした。
「森?」
「このままじゃいけないと思うんだ。私の魔力を向上させるから、材料集めを手伝ってくれ」
「おおー、すごい! かっこいい! もちろん手伝うよ!」
昼日中でも深い青色の瞳を見開き、すぐにシウは全開の笑顔になった。そう、そんな風に尊敬してもらわないと困る。背の高さ的には常に見下ろされていても。
村を抜けてすぐにある西の森は、前世の記憶を取り戻す以前のサミアの記憶に鮮明なものだ。サミアはここで拾われたというから、自分の親の痕跡を探して何度も森をうろついていた。
親の痕跡はなかったが、この森の植生は覚えていた。精霊が多いのか魔力に満ちていて、モンスターも出ない長閑な場所だ。私はしゃがんで草を摘み、シウに見せた。
「このラカラという植物の、葉っぱの先が二股になっているものを集めてくれ。これは精霊が遊んだあとで、多くの魔力が宿っているから使えるんだ」
「そうなんだ!わかったよ」
私とシウは、そこら辺に生えている何でもない雑草をぶちぶち採取する。一般的には知られていない、セシオンだけの知識だ。
「サミア、すごい手早いね」
「そうだろう。私は二股を見つけるのが得意なんだ」
「ふふっ、変な言い方」
ただ草を採取してるだけなのに、シウは楽しくてたまらないみたいにはしゃいでいる。王子なのに、こんな遊びで満足しないで欲しい。それに、この二股ラカラはとても苦い。お前が苦いと言ってたやつなんだぞ。
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