第2話 決意
「ねえサミア。逃げても無駄だよ。僕は、この星の裏側からだって君を見つけられたんだ。どこに居たってわかる」
執念めいた何かを滲ませてシウは笑った。
「まさか、神に願ったのか」
「そう。生まれ変わっても絶対に主を見つけられますように。そして主を守れるだけの力を下さいってね」
「くっ」
私は歯噛みするしかない。
前世で私たちは、自らの命を犠牲にして神の力を盗んだ魔王を倒した。魔王と共に存在ごと消え行く中、力を取り戻した神が、私たちを混沌から救い上げて転生させようとしてくれた。
そのときに願いを問われたが、考える時間はほんの刹那だったのだ。打ち合わせも何もあったものじゃない。
私はラーズから離れたところで、ラーズに好かれないような体で平和に生きたい。ラーズはどこか遠くで幸せになってくれますようにと咄嗟に願った。しかし、神は私とラーズの願いが交錯してるからって適当にやったのか――?
これじゃ、私の願いが全然叶っていないじゃないか。
「そんなに悔しがらないで。何か食べる? 喉も渇いてるんじゃない?」
「……そういえば」
懐柔するようにシウは距離を詰めて私の前にしゃがみ、顔を覗き込んでくる。間近に迫る透き通った青い瞳だけは純粋そうだった。
「何せサミアは3日間も寝込んでたからね」
「は?!」
私は慌ててカーテンの閉まっている窓を確認した。明るいから、昼間ではある。でも孤児院のみんなは騒いでないんだろうか。こんなのちょっとした誘拐だ。
「ああ、孤児院の子たちに聞いて、シスターに話は通したから大丈夫だよ」
「な、何が大丈夫と?」
「僕がサミアを引き取った」
「外国の怪しい男が子ども引き取れる訳ないだろう! 金で解決したのか?!」
シウは見るからに金持ちそうだから、やりそうなことだった。しかし外国人に子どもを売るなんて、孤児院の規範は大したものだ。シウは誤解をしてると言いたげに首を振る。
「やましいことはしてない。僕はクロドメール国の王子だからね。主がどんな身分かわからなかったけど、絶対に連れて帰れるように書状を持ってたんだ」
「王子なのか」
言われてみれば、きらきらしい白銀の髪や整った顔立ち、漂う上品さはいかにも王子だ。クロドメール国は前世で立ち寄ったが、かなりの大国だった。
「そう。それで領事館を通して、サミアを正式に引き取った。僕の花嫁としてね」
「おい、年齢ってものを考えろ。私は10歳だ」
「10年くらい、寝て起きたら経ってるでしょ」
「千年生きた竜の感覚で考えるんじゃない」
私が注意してやってるというのに、シウはくすくす笑い出した。
「やっぱりいいね、主は。全部思い出してくれたんだね。僕こうして話してるだけで、すっごく楽しい」
私はあっと気づいて口を手で覆う。
「思い出したけど……私はサミアだ! いや、サミアよ……? 記憶の分量の割合的に、今はセシオンが優勢だけど私はサミアとして生きるからな。普通の女の子に私はなるの!! だから期待しても無駄よ!」
自分でもかなり気持ち悪いが、がんばって女の子口調に戻そうと私はした。サミアとして生きた10年――物心ついたのは4歳か5歳だから僅かな記憶だけれど、それでもきちんと記憶がある。折角生まれ変わったのだ。セシオンとして生きる気持ちは微塵もない。
「うんうん、女の子に生まれてくれて良かったよ。結婚できるもんね。やっぱり主は考えが僕より深い」
「違う! おまえはちゃんとアンブロシウスとして生きろと言ってるんだ!」
「はいはい、かわいいね」
シウは軽く流して、一度部屋の外に出てしまう。漏れ聞こえる声からして、宿の人に食事を頼んでくれているようだ。情けないが期待でお腹が鳴った。
私は自分の体を見下ろして、生成り色の寝間着を着ていることに気付いた。長く寝込んでいたというのに、そこまで体はベタついていない。
「おい」
部屋に戻ってきたシウを睨み付ける。
「どうしたの? はい、これ蜂蜜とレモンを溶いたお水だよ。とりあえずこれを飲んで」
「……っ」
体の欲求に抗えず、グラスを受け取って甘い水を飲んだ。強烈にうまい。
「で、私を着替えさせたり、体を拭いたのは誰だ?」
口元を拭って大事な質問をする。
「ああ、宿の女性従業員に頼んだから大丈夫だよ。僕だっていつまでも竜じゃない。ちゃんと人間としての常識はあるよ。ほら、王子様だし」
きれいな顔を近づけて微笑まれると、小さな胸が高鳴るのがわかった。私はただの少女サミアだから、かっこいい王子様にドキドキするのは致し方ないことだと自分に言い聞かせる。
「どうしたの?顔が赤いよ」
「別に……」
でも、シウの紺碧の瞳に熱は全然こもっていなかった。ただ単に私の中にあるセシオンを懐かしんでるだけなんだろう。こいつはそれがわかっていないんだ。人間を17年もやって、未だに恋も知らないのか。私は盛大に鼻で笑う。
「シウは17年、王子としてどんな人生を送ってたんだ?」
「戦争に駆り出されてたよ」
「何? 王子なのに?」
笑ってやろうと質問したのに、シウの答えに意表を突かれる。
「うん。僕は記憶が戻る前から、前世が竜だった恩恵で身体能力が飛び抜けてたんだ。魔法も使い放題だし、僕ひとりで並の兵士千人くらいの戦力になるから、竜騎士と呼ばれてた」
「記憶が戻る前から? じゃあ幼いシウが戦っていたのか?」
聞いているだけできりきりと胸が痛む。大体、シウには幸せになってもらわないと困るのだ。前世では私が最強の竜ラーズの巨体を盾にしたり、雑魚を焼き払わせたり、乗り物にしたりと利用していた。
だから、最期の瞬間はシウの幸福を願って死んだ。私に関わらなければ、きっと幸せになれると信じて。なのにシウはまたその力を利用されていたというのか。
「まあ、やっぱり王子で竜騎士の僕がいると士気が上がるから。でも、千人分の力があっても戦い続けると消耗はした。それに圧倒的な数には勝てないよね。囲まれてしまって、もう死ぬなって覚悟したときに思い出したんだ。主のこと。それで覚醒して、もっと強くなれたから生き残れた」
淡々とシウは言うけれど、私は悔しくて、悲しくて仕方なかった。喉の奥が絞められたように痛みを訴える。
「どうして幼いシウが戦って、命の危機に瀕しなきゃいけない?! 大体、私たちが魔王を倒して平和な世の中にしたのにどうして人間同士で争うんだ?! クロドメール国の今の王は馬鹿なのか?!」
これじゃあ何のために私たちが命を賭けたのかわからない。
「ごめん、嫌な話をしたね。泣かないで……」
シウが手を伸ばし、私の頬を伝う涙を拭った。私は慌てて両手で顔を擦る。
「こ、これは体が10歳だから仕方ないんだ」
「でも生まれ変わっても、やっぱり主は優しいよ。僕のために泣いてくれる」
「違う、私は優しくなんかない。ただ私以外にお前を痛めつけるやつは絶対に許さない」
別にシウと結婚するつもりはないが、私の中で目標が確かに定まる。思わずシウの手をしっかり握った。
「シウ。一緒にクロドメール国に行こう。王に直接文句を言ってやる」
「いいの?!」
「私に二言はない」
私は胸を張って頷いた。シウは紺碧の瞳に星でも宿ったように、きらきら輝かせた。
「嬉しい!また一緒に旅ができるね!陸路と航路で半年はかかるけど、ゆっくり行こうね!!」
「あ……」
私に二言はないと言ったのにもう発言を撤回したくなる。そうだ、現在のシウは人間の体だから、竜のときみたいに空をひとっ飛びでその日のうちとはいかないんだった。クロドメール国は、ここからすごく遠い。
「うん? もしかして、前みたいに僕の背中に乗って空を飛んでいけると思ってた?」
「ま、まさか。わかってたさ」
「だよね。楽しい旅になるね」
ちょうど食事が運ばれてきたので、私は難しく考えるのをやめた。まあいい。半年かけてクロドメール国に行って王に話をつけて、ついでに1発か2発殴ってすてきな嫁を見つけて、今度こそこいつとはお別れだ。
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