第9話 戦いと再出発

「僕、自分で明かりをつけるから、サミアは呪文に集中してて」


 シウが気を利かせて、光の精霊を何体か呼び出した。その明かりを目掛けて、巨大黄金騎士は木々をものともせず、薙ぎ倒して走ってくる。やつの長い腕に握られた、木々よりも太い剣が迫る中、シウはいきなり跳躍した。


 ――流石に人間離れしている。


 竜騎士だとか、竜の恩恵があるとか豪語してたのは伊達じゃない。助走も無しに、シウは大木と同じくらいまで高く飛び上がり黄金騎士の脇下辺りに槍を突き立てた。可動のために甲冑が無い箇所であり、黄金騎士の長すぎる腕による攻撃で生じる隙でもある。


 小爆発が発生した。聖属性を付与した槍と、黄金騎士の持つ闇属性が反発しあった結果だ。シウは爆風に少し流されたが、空中でくるっと1回転して、軽やかに地面に着地する。


 爆発した黄金騎士の肩が外れ、甲冑が激しい音と土ほこりを立てて地面に落ちた。断面から紫の光が漏れている。


「サミア! これすごく調子いいよ」


 シウが嬉しそうに報告をくれた。槍にかけた聖属性付与が良かったようで何よりだが、私の詠唱を急がないとシウが槍1本で倒してしまいそうだ。私も実戦で魔法の試し打ちをしたかった。


 シウがもう片方の脇下を狙って跳躍する。今度は黄金騎士が警戒して、脇を締めて数歩後ろに下がった。体格差は人間と子犬くらいに絶対的だが、子犬であるシウが押している。


 でも、いいところは私がもらおう。長い呪文の詠唱が終わった私は、シウへの合図に手を打ち鳴らした。シウがさっと身を翻し、黄金騎士から距離を空ける。


「奔流よ! 厄災のくびきを断て!! 地獄に堕ちろ死に損ない!!」


 呪文と、呪文じゃない罵詈雑言が私の口から飛び出した。


 魔王を倒した最強呪文――対象物を世界から滅ぼす危険な反エネルギー体が巨大黄金騎士の喉元で口を開けた。ほんの小さな、黒い一点。そこから、巨大な体は欠片も残さず無へと葬送される。


「うわあ……」


 シウが私の横まできて、慄えながら消滅する黄金騎士を見守った。前世で魔王を倒したときは、この呪文を使い、私やラーズまで呑まれたので死んだのだ。怖いのもわかる。


 あのときは、魔王が強くて既に私たちが食われかけてたから、道連れになるのも仕方がなかった。


 でも今度は失敗しない。私はシウの手を握ってやった。


 対象の黄金騎士だけを消して、それは終わった。よく見ると地面の土や倒木も若干消えているが、まあ良しとする。少し離れたところに、先に切り落とした腕部分の甲冑だけが落ちているが、解体したら集落の何かに使えるだろう。


「良かった……無事に終わったね」


 シウの顔を見上げると、かなりほっとした表情をしていた。文句も言わずに付き合ってくれて、感謝しかない。胸に熱いものがこみ上げるけど、これが友情なんだろう。


「ちょっと疲れた」


 背後から、おーいと間延びした声がかかる。トラキアのものらしかった。


「すごかったな! 光の精霊でいい感じに照らされてたから、集落のみんなで見てましたよ!」


 わざわざ馬に乗ってトラキアは私たちのところまでやって来た。物好きだなと私は首を振る。


「見せ物じゃないし、危ないかもしれないからちゃんと避難してて欲しかったが」

「ははは。無事に終わったから良かったじゃないですか! あっ!! 黄金騎士の腕が落ちてる!!」


 トラキアは、シウが切断した黄金騎士の腕部分の甲冑を見つけ、喜び勇んで馬を飛び降りた。黄金色の甲冑は闇夜に鈍く光っているが、不思議と中身はない。


「討伐隊を頼んだのに、サミア様がなんかものすっごい呪文で跡形もなく倒しちゃうからどうしようかと思ってました! 巨大なモンスターだったっていう確かな証拠を残してくれてありがとうございます!!」


 そう言われると、確かにあんな呪文を使える人はほかにいないし、トラキアを人騒がせな嘘つきにしてしまうところだった。


「それはシウの手柄だ。シウが斬った」

「なるほど、流石、アンブロシウス王子ですね! ご配慮に感謝します!」

「いえいえ、僕とサミアは一心同体、ふたりの手柄です」

「なるほど! ではサミア様とアンブロシウス王子の新たな伝説の始まりなんですね!」

「ふふ、その通りです。吟遊詩人にはこう伝えて下さい。光あるところ、サミアと僕の姿ありと……」


 ニコニコと美しい顔を喜びに染めて、シウは私の肩に手を置く。シウの喜ぶポイントはちょっと謎だ。シウは何やら話し始めたが、トラキアは適当なところでそれを打ち切った。


「えーと、では、片付けは私たちでやっておきます。おふたりは、まだ夜更けですし集落で一度お休みになられますか?」

「そうだな、そうさせてくれ」


 私はあくびを噛み殺しながら答えた。




 翌朝、豪華な朝食を頂き、集落のみんなに盛大に見送られて私とシウは集落を後にした。


 幸いなことに誰にも怪我はなかったけれど、今後も私のいるところに強いモンスターは来るだろうから、長居は無用だ。これからは大きな街は避けて移動しようという話になる。


「ルートを変更して、山あいを進むよ。メリッサなら街道じゃない勾配のある道でも大丈夫だから」


 シウがそう言いながら、信頼感を示してポンポンと乗っているメリッサの首を軽く叩く。メリッサは順調に足を動かしながら、ブルッと鼻を鳴らした。


 一角馬ユニコーンと通常の馬を両親に持つメリッサは、強靭な足腰をしている。純血の一角馬ユニコーンのように千里の道を一駆け、とまではいかないが頼れる存在だ。


 まあ、一角馬ユニコーンだと純粋な乙女や美少年しか乗せたがらないらしいし、私はダメそうだからな――


「メリッサが旅の仲間で良かったよ」


 私もシウを真似して、軽く首をポンポンする。心の広いメリッサは私にも同じように鼻を鳴らしてくれた。かわいいやつ。


 街道を逸れ、山の斜面を上り、私たちは木々の葉が見事に黄色く色づいている森を進んだ。今は秋の始まりだが、この辺りは標高が高い分、昼夜の寒暖差が激しくて木の葉の色が鮮やかになるのだろう。


 時々、鹿のような角の生えた草食動物とはすれ違うが人は全く見かけなくなった。


 私とシウは風景を見ては軽く会話をしたり、何も言わなくなったりする。それでも前世で同じように旅をした仲なので気楽なものだった。


「ところで、シウは地図と磁石が頭に入っているのか? よく迷わないで進めるな」


 シウは、越えられない大岩で迂回したり、面倒なモンスターの群れなどは避けて進んでいる。


「えーだって、僕には千年分の記憶があるんだよ。世界中僕の庭みたいなものだよ。まあ人間の造形物はすぐに朽ちたり壊れたりするけど、基本的な地形は何年経っても変わらないよね」


 愚かな質問をしてしまったな、と私は自分を恥じた。


「退屈だったから、日がな空を飛んで遊覧してたよね。別に怖いものもなかったし。でもそんな僕の前にある日突然、颯爽と現れたあるじはかっこ良かったなあ」

「はいはい」


 変なスイッチを押してしまったようで、シウは嬉々として前世の思い出話を始める。いつまで前世にとらわれてるんだとも思うけど、千年分の記憶だから仕方ないのか。


「だって僕より強いやつなんて、初めてだったんだもん。好きになるよね。ほら僕は白竜だったじゃん、白竜はね、雌の方が強いんだよ。雌が雄をコテンパンにしてつがいになる。でも僕より強い雌がいなかったから、僕はずっと寂しかったんだよ」

「知ってるから。何回も聞いた」


 全く、白竜のドMな習性を知っていればそんなことはしなかったというのに、残念ながらその習性は知られていなかったのだ。


「でも今は寂しくないよ。君と出会ってからは」


 へへっと私の後ろでシウが笑った。良くもまあくさいことを言うものだと私も少し笑ってしまうが、バレないように俯いた。騎乗しているメリッサの躍動している筋肉から、滑らかに滑るように後ろへと流れていく地面へと視線を移す。


 何だか、影がおかしかった。私たちの真上にだけ大きな雲でもあるように、すっぽり日陰になっている。私はシウに寄りかかるように、首を上に向けた。私は急速に接近しつつある大きな生き物を認めた。

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