第三十五話 帰還の儀
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【まえがき】
ごめんなさい、遅れました。
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最後の日は意外なほど穏やかな雰囲気で始まった。
いつものように起きた後、朝ご飯を食べたり農作業しながら家族一緒の時間を過ごす。その間も特段変わった会話はなく、まるでこれから遠足でも行くかのようなのんびりとした時間が流れていた。
三日という時間は別れの準備に十分だったのか、あるいは四人ともそれを必死に隠そうとしていたか。
どちらにせよ、ありがたい話ではあった。もし少しでもその話題が出てしまえば、平常ではいられないから。きっとこの優しい空気を壊してしまうだろうから。
さりとていくら見せかけの平穏を守ろうと、現実まで変えられるわけじゃない。
昼過ぎになれば、ナキア村に赴いて最後の別れを交わすことになった。
とはいえこちらも今生の別れを感じさせるほど深刻なものではなかった。桜に彩られた公衆広場に、「頑張れよ」とか「みなさんもお元気で」とか明るい言葉が連ねられていく。
「ではな、カタリナ、アネット。
お主たちと過ごした日々もそう悪くはなかったぞ」
「私もですよ、マハタ様。
あなたたちの存在は私にとって救いでした。私はナキア村のみんなが大好きです」
「うんっ、私も同じ気持ちだよ。
だからみんな……ありがとう」
アネットと二人、最大限の感謝を以て頭を下げる。
わあっ、と一気に騒がしくなる広場。その照れくささに満ちた、されど何かを惜しむような空気に当てられて、思わず目頭が熱くなる。
私の中にある彼らの姿は、常に陽気に満ちていた。何か祝い事がある旅に徳利片手に集まって、何でもないことで笑って……ほんと、楽しかったなあ。
「……やはりお主はそちらを選ぶのじゃな」
そんな感傷に浸る中、マハタ様の自嘲が小さく響いた。
常者のみんなとの時間が終われば、後は「帰還の儀」だ。
「帰還の儀」とは文字通り稀人を地球へと帰す儀式のこと。ここに残る意思がある場合は「成人の儀」、その逆の場合は「帰還の儀」が執り行われるのだ。
今私たちの目の前には一隻のオール付きの木製の小舟が杭に繋がれて停留していた。「帰還の儀」は輪廻の歯車と近づく時間帯、逢魔が時にこれに乗って沖合に出ることによって完遂されるらしい。
とはいえ穢れも流れてくるから、儀式はそう簡単なものじゃない。
穢れに対抗するためにここに集められたのが、私たちフロム家の四人と幼馴染三人衆の七人だった。
茜色に染まった空の元、顔を付き合わせて真剣な様子で話し合うお父さんたち。それを私はアネットと共にボーと眺めていた。
何だかさっきから妙に現実感に乏しかった。まるでテレビの映像を画面越しに見ているかのような、不思議な感覚に囚われている。
やがて最後の時はやってきた。
集団を抜けたタニアが緩やかに口角を上げて手を差し出してくる。
「いってらっしゃい、カタリナ。
どうかあなたの来世に幸があらんことを」
「ありがとうございます。
タニアもこっちで頑張ってくださいね。……特にサーニャを励ましてください」
「任されたわ」
力強く頷いて、私の横に佇むアネットに話しかけるタニア。
今度は涼し気な笑みを浮かべたシルビオが私の前の前に立っていた。
「じゃあな。カタリナ。
向こうでも面白おかしくやるんだぞ……って、カタリナなら大丈夫か。なにせほとんど娯楽がないここでもあんなに楽しめたんだからな」
「どう、ですかね。
正直自信はありませんが、シルビオの期待に応えられるよう頑張ってみますね」
「お、おう……」
予想外の返事だったのか、拍子抜けしたようにシルビオが頬をかく。
なんだろ、何か間違えたかな……?
答えが出ないままシルビオがはけると、次は暗い表情を灯したサーニャがやってきた。
しばし俯いて黙り込んだ後、かすれた声で嘲笑を吐き出す。
「……ふんっ。
カタリナなんか、もう一度酷い目に合ってこっちに戻ってくればいいんですよ」
「ちょ、ちょっとっ。サーニャっ流石にーー」
「あはは、大丈夫ですよ。
それじゃあ、その時はまたよろしくお願いしますね」
「っ」
私が差し出した手を乱暴に払いのけ、サーニャがアネットの方に駆け寄っていく。
結局、この子とは最後まで分かり合えなかったなあ。
最後の二人、お父さんとお母さんは二人一緒にやってきた。
私たちの前に膝をつくと、その大きな二つの体で私たち二人ともを優しく抱きしめてくる。
「例えどんな姿になったとしても、あなたたちは永遠に私たちの娘よ。
だから大丈夫っ。どれだけ酷い目に合っても、きっと乗り越えられるわ」
「……うんそうだね。
でももし本当に心が折れそうになったら、遠慮なくこっちに戻ってくるといい。きっと僕らじゃない誰かが二人を助けてくれるよ……」
そんな彼らに私は何て返したのだろうか。いまいち思い出せない。
ただ多分私は「ありがとう」とか「ごめん」とか月並みな言葉しか言えなくてーー
「とうとう、だね」
ーー気が付けば、私は海の上に浮いていた。
小舟に乗るのは私とアネット、そして二人分の依代だけ。
周りは血のように真っ赤な空に囲まれ、度々黒い穢れが現れては白い浄化の光で消滅させられていく。後方には私たちがいた海岸とそこで動く彼らの姿もあった。波の音、そして浄化の音の隙間を縫って、「元気でな~」「いってらっしゃい」とか彼らの声がかすかに聞こえてくる。
ドーーーーーン。
「わあ、綺麗っ」
彼らに向けて手を振ろうとしたその時、大きな音が響いた。
見れば、上空のナキア村方面で巨大な光の花が浮いていた。
花火だ。常者のみんなが祭りごとの度に打ち上げるそれ。
でもおかしい。今日はそんな話はなかったはずじゃ……。
「っ……」
脳裏に浮かび上がった彼らの笑顔。堰を切ったようにあふれ出す感情。
つい、「離れたくない」とそう叫びそうになってーー
ーー空から巨大な何かが降ってきた。
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