第三十四話 サプライズ
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【まえがき】
ごめんなさい、遅れました。
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「っ……」
意識が浮上する。
視界に広がるのは静かな夜の気配と、寝息を立てるお母さんたち。
どうやら途中で起きてしまったらしい。
何となくそのまま眠る気になれなくてぼーと周囲を眺めていると、障子の向こう側に小さな影が映っているのが見えた。
「……眠れない?」
「あ、カタリナお姉ちゃん。
うん、色々考えることがあってね……」
そろそろと足を動かして外の縁側に出れば、そこにいたのは妹のアネット。
アネットは一瞬だけ顔を輝かせて、すぐに目を伏せた。私はそのすぐ隣に腰を下ろすと、小さく微笑みかけた。
「私も同じだよ。衝撃の事実過ぎて、朝から何だか夢で見てる感じ。
……でも全部事実だもんね。全く、こんな不親切設計にするとか神様も何を考えてるんだか」
「あはは、確かに。
ここを選んでも地球に戻れるようにしたらいいのに、ね」
「本当だよ」
満月に照らし出された夜に、儚い談笑が溶けていく。
夜風に揺れる草木の匂い、かすかに聞こえる虫の声。
心地の良いそれらに身を任せていると、アネットがぽつりぽつりと話し始めた。
「……私はね、向こうでは普通の社会人だったんだよ。
でも新卒で入った会社がブラックで、後は家族関係とかも色々あって……結局対処できなくなって、ここに来たの。
だからね、ここでの生活は本当に良い休暇になったんだ。
家族団らんって、人との交流ってこういうものだったって、思い出せた」
「そう、なんだ」
『え、と昨日からカタリナお姉ちゃんの家でお世話になっています、アネットです。
ご挨拶が遅れて申し訳ありません。不束者ではございますが、どうぞよろしくお願いします』
頭の中に、見た目よりも遥か大人っぽい言動を取るアネットの姿が浮かぶ。
俺が死んだのは中学生のころ。こっちに来た時点で経験値がリセットされているから、今の私の精神年齢も多分同じ位。
ほら、やっぱり私よりも年上だったんじゃん。
全くリスナーのみんなもあれだけ馬鹿にしてーーううん。何でもないや。
……そういえば、最初の方に見たあれは何だったんだろう?
アネットと一緒に流れてきた中二病キーホルダー、つまりは彼女の依代。それを見た時、脳裏に一人の男の光景が蘇ってきた。確かにその男は前世の俺の姿だったけど、俺と今も彼女の胸元で揺れるそれとの関係性が全く見い出せなかったのだ。
配信者とはいえ、何かグッズが出せるほど人気だったわけじゃない。
それにリアルでもそんなに仲良い友達はいなかったと思うし……。
「どうしたの?」
「……ううん、何でもない」
暗礁に乗り上げた思考を、かぶりを振って追い出す。
ファンとかじゃなくて、もし彼女がアンチ側だったらーーそんな思考が一瞬頭をよぎってしまったから。
大切な妹を疑うなんて本当最低だよ、私。
今までの態度の考えればそんなはずがないのに、「お姉ちゃんと一緒なら頑張れる」ってそう言ってくれたのに。
あーあ。過去の自分なんて思い出したくなかったな。
この世界で、ただのカタリナ・フロムとして生きたかったなあ……。
「何かお父さんたちに恩返しでも出来たらいいよね。
あ、勿論お姉ちゃんたちにも、だよ」
「……うん、確かに」
涙声のまま、アネットの言葉に頷く。
私もアネットと全く同じ気持ちだった。
せめてお父さんたちだけには何かを返してあげたくて、二人の娘でよかったそう伝えたくて……あ、そうだ。
「ねえ。アネットーー」
「私、ちょっと用事あるから、三人は先に行ってていいよ~」
「うん、分かったよ。気を付けて」
翌日の昼。ナキア村の一角にて。
最後の挨拶を交わすついでに村人のみんなにとあるお願いをしていた私は、集合場所へと急いでいた。
マハタ様の家に着くと、厨房の方へと顔を出す。
「準備は大丈夫ですか?」
「大体の食材は集まったかな。
ただどうしても肉がね……」
「いえ。ありがとうございます。それで十分です」
中で待っていたのは、魚屋や八百屋の店主たち。
お母さんの誕生日は来月の8日。どう頑張っても一緒に過ごすことはできない。だからその時にやる予定だったサプライズを前倒しで実行するのだ。
そのための食材を、彼らには用意してもらっていた。
ただ一昨日に開催した花見大会の影響で村の備蓄は尽きてしまったらしい。
申し訳なさそうに眉尻を下げるミミコロさんに感謝を伝えて、テーブルの上に乗った魚たちの前に立つ。
無理を言ったのはこちらの方なのだ。彼らを責められるわけがない。
それに一応魚の焼き方とかもY〇utubeで見て覚えている。一品くらいなら何とかなる、はず。
「全く、それじゃあ流石のおばさんたちも寂しいだろうよ。
ほら近くの豚とかを狩ってきてやったぜ?」
「私たちも手伝うわ。設営とか色々あるでしょうし」
「……ふんっ」
「シルビオっ、それにタニアたちもっ」
頼もしい声に後ろを振り向けば、そこにいたのは何個もの骨付き肉を持ったシルビオと、薄く口角を上げるタニア。
あの時逃げられてしまったサーニャも、ぶすっとした表情で立っていた。
来て、くれたんだ。
正直みんなには少なからず失望されてると思ったから、結構胸にクルものがあるなあ。
……あれ、でもどうして知ってるんだろう?
出来るだけバレないよう、店主さんとかに伝えてないのに。
「無粋な奴じゃな、カタリナは。それでもナキア村の住人か?
そんな面白そうな祭事に皆を呼ばんで、なんとする?」
「わあーい、パーティだパーティっ」「お邪魔するゾウ」
「な、んでっ」
マハタ様を先頭にぞろぞろと入ってくるナキア村の常者たち。
寺子屋の子供たちに始まりゾウ族のファンティアさんや、はてには片手で数えられるくらいしか会ってない人たちの姿もあった。
何か事あるごとにお祭りにして、好き勝手に楽しむ彼ら。
そうだ。私はそんな彼らを好きになったんじゃないか。
涙腺が緩み、空っぽな心が徐々に温かくなる。
「その、私なんかのために、ありがとうございます」
「かっかっ。構わんよ。
お主ら稀人の願いを叶える事、そのために私たちはここにいるのじゃからな」
「っ」
歪んだ視界のまま、もう一度頭を下げる。
それからは早かった。マハタ様たちの指示の元、会場となった応接間の準備が進められて、同時に新たに持ち込まれた食材を使った料理が作られていって―ー
「やれそうなの? 良ければ手伝うわよ?」
「大丈夫です。
みんなと練習しましたから」
ーー私の番がやってきた。
玉ねぎと薄切りの豚肉を前に、ごくりとつばを呑む。
『えー、というわけで今日はこの二人で料理を作っていこうと思います。
つまりお母さんの誕生日に向けた練習ですね。お母さんたちにばれないよう、声控えめ・アーカイブが残らない形式でお送りしています。
また、お母さんたちも結構動画を見返していたりしますので、他の配信とかでもスルーしてくれると嬉しいです』
『か、カタリナお姉ちゃんっ!?
猫の手はどこにいっちゃったのっ!? 猫の手はっ!?』
『えっ、でもこんな小さいと猫の手だと支えられませんよ?』
『そ、そういう時はたまねぎを倒して……そう、そうだよっ』
『何もなければ配信は続けていく予定ですので、来年は楽しみにしてくださいね』
『これからもうちのお姉ちゃんをお願いします、だよ』
【はっ】
【よかったよかった】
【よっしゃ マジで楽しみ】
思い出すのはかつての配信の記憶、リスナーの前で笑う私の姿。
……結局、サイレントで配信を休むクソ野郎になっちゃたなあ。
でも今はもうタブレットを起動する気分にはどうしてもなれなかった。評価なんて些細な理由で反転してしまうと身を以て知ってしまったから。このまま大成功のままに終わらせたいから。
「あっ」
そんなこと考えていたからか、玉ねぎを抑えていた左手がずれる。
そのまま包丁の刃が左手の指に向かって振り下ろされーー直前で、白い結界に防がれた。隣に佇むサーニャの充血した瞳がこちらを射抜く。
「ありがとう、ございます。サーニャはいつも私を助けてくれますね。
口では色々言いながら優しくしてくれるの、私は結構好きですよ?」
「うっさいですよ。
私はただお姉さまにスプラッタな光景を見せたくなかった、それだけです」
頬を膨らませて、不意と視線を逸らすサーニャ。
なんてちょっとうれしいやり取りがありながらも、準備は進みーー
「おじゃましま~す」
ーーその時がやってきた。
「あらあら?」「な、なんだいこれは……?」
応接間に飾られた「エレーヌ・フロムさん、早めの誕生日おめでとう」の文言や賑やかな装飾、そしてテーブルに並べられた料理の数々を見て、目を丸くするお父さんとお母さん。予想以上の出来だったのか、ぐっと親指を立てるアネット。
そんな三人の前に、私は生姜焼きが入った皿を持っていく。
「あの、お母さん。これ。誕生日プレゼント。
アネットたちに練習を手伝ってもらって、でも今日は一人で作ってみたんだ」
「え、カタリナが作ったの?
誰かが作るのを見ていたわけじゃなくて?」
「かっかっ。正真正銘、カタリナの手料理じゃよ。
なにせここにいるみながその証人じゃからの」
「それはそれは……」
楽しそうに笑うマハタ様たちの前で、お母さんが不安と期待が入り混じった何とも言えない表情をこちらに向けてきた。
明らかに不安の方が多く見えるのは気のせいだといいなあ、うん。
一瞬のためらいの後、お母さんは恐る恐る口に運ぶ。
「ど、どうかな? 私としては結構うまくできたつもりなんだけど……」
「っ……うん、おいしいわ。
ほんと、これなら、向こうでもやってっ……」
「ほら、母さん。
折角みんなが用意してくれたんだから」
声を詰まらせて、むせび泣くお母さん。
彼女の背を撫でながら、お父さんが私たちに頭を下げた。その瞳にもまた薄っすらとした涙が浮かんでいてーー
「っ」
ーー二人の様子に耐え切れずに、視線を落とした。
ほんと、これで少しでも私の想いが伝ってくれたらいいなあ。
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