最終話 素敵な幻想がありますように

 

 

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 【まえがき】

 ごめんなさい、遅れました。

 

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 時は「帰還の儀」より僅かに遡る。

 選ばれしファンが集う個人スレでは、三月末のお花見配信を境に突如音信不通となったカタリナ・フロム推しに関する議論が白熱していた。



 810:名無しのリリストアルト民

 最後の配信から三日……やっぱ失踪説が有力かな

 めちゃくちゃ金がかかってたし、採算取れなかったんやろなあ


 811:名無しのリリストアルト民

 いや、毎日配信してた今までが異常だったんだって

 女の子なんだから怪我とかそういう日とかで色々あるだろ


 812:名無しのリリストアルト民

 お、おう……


 813:名無しのリリストアルト民

 それだったら何か報告があるはずなんだよなあ


 814:名無しのリリストアルト民

 一か月弱で登録者一万人集めても切り捨てられるんか

 世知辛い業界やな……


 815:名無しのリリストアルト民

 ぽまいら、それでも名誉リリストアルト民かよっ!?

 悔しくないのか、大切な推しがいなくなっちまうかも知れないって時にこうして何の生産性のない会話を交わしてるだけでっ

 

 816:名無しのリリストアルト民

 つっても俺らに出来る事なんてY〇utubeにコメント書くくらいだし……


 817:名無しのリリストアルト民

 名誉リリストアルト民(勝手に言ってるだけ)


 818:名無しのリリストアルト民

 せめてカタリナちゃんが何かのSNSやっていればなあ

 俺らの声も直接届けられるんやけど


 819:名無しのリリストアルト民

 結局、どこの企業がバックに付いてる分からないもんねえ


 820:名無しのリリストアルト民

 おまいら一体……何の話をしてるんだ?

 採算とかバックとか、リリストアルトは実在するに決まってんだろっ!?


 821:名無しのリリストアルト民

 く、ここにも幻想病患者がっ

 パンデミックが起こるぞ 衛生兵! 衛生兵を呼べぇぇ!

 

 822:名無しのリリストアルト民

 そんな空気感染でうつるみたいな……

 ん、何で俺はこんなところにいるんだ? 早くリリストアルトに戻らねえとっ


 823:名無しのリリストアルト民

 ふ 逆に俺は全身全霊で祈らせてもらうぜ?

 俺の想いがリリストアルトに届きますようにって


 824:名無しのリリストアルト民

 て、手遅れだったか

 ついに、全人類幻想住民化計画が始まってしまったっ


 825:名無しのリリストアルト民

 そして始まるリリストアルトの顕現っ……って、まてよ

 案外その案ありじゃね?

 

 826:名無しのリリストアルト民

 ??どゆこと??


 827:名無しのリリストアルト民

 流者の根源は沢山の人が抱いた強い感情だったよな?

 それなら俺たちの手で新しい流者を作り出せばいいんだよ


 828:名無しのリリストアルト民

 ???? 


 829;名無しのリリストアルト民

 あ、なるほど 

 使われていた設定を逆手にとって、ファンが考えたキャラクターを逆輸入させようって魂胆か

 もしそれがバズって担当者の目に届けば、判断が変わるかもしれないし


 830:名無しのリリストアルト民

 おお 結構面白そうやな、それ

 あとはどんな流者にするかやけど……


 831:名無しのリリストアルト民

 俺たちの願いを叶えるもの……招き猫とか?


 832:名無しのリリストアルト民

 っ、[ネットで拾った招き猫の顔にカタリナの顔を雑に張り付けたイラスト]


 833:名無しのリリストアルト民

 クソコラじゃねえかwwww


 834:名無しのリリストアルト民

 これなんかどう? 

 [有名な巨大ザメの顔にカタリナ顔が張り付けられた写真]


 835:名無しのリリストアルト民

 あかん めっちゃ王道なのに笑ってまう


 836:名無しのリリストアルト民

 色んなものが混ざっているっていうの流れ者設定ってクソコラと相性いいんやなあって(遠い目)


 837:名無しのリリストアルト民

 しゃーない 

 ほいならわいのアカウント(フォロワー11人)で宣伝してやりますか


 838:名無しのリリストアルト民

 拡散は任せろ 俺の趣味用アカウント(フォロワー5人)が火を噴くぜ?


 839:名無しのリリストアルト民

 よっしゃ 久しぶりの祭りじゃあああ


 840:名無しのリリストアルト民

 それじゃあハッシュタグはーー



 それから実に迅速だった。

 ネットの海にばら撒かれたわずかなハッシュタグ。本来なら埋没するはずだったそれらはクソコラコンテストという敷居の広い形態、Vtuberの引退を止めるためという背景、そしてカタリナ本人の人気も相まって爆発的に拡散されていった。

 ネット特有の悪乗り、有名絵師や大手Vtuberの参戦などの様々な偶然も重なりーー



 666:名無しのリリストアルト民

 17:11現在 〇(旧T〇itter)の世界トレンド一位でありますっ


 667:名無しのリリストアルト民

 どうしてこうなった……



 ーー爆発的な成功を収めたのだった。











 ナキア村方面で花火で上がった直後、私とアネットが乗る小舟の近くに巨大な何が落ちてきた。

 ぽちゃりぽちゃりと連続で響く着水音。その正体を確かめる前に、私の周りを薄い穢れが包む。

 

 一体何がっ!? まさか儀式失敗……?


「な、なにこれ?? 

 お姉ちゃんの顔が色んな生き物にーーふふっ」


 混乱に怯える中、隣のアネットが遥か高くまでそびえる落下物を見て笑みを零した。彼女に倣って見上げてみれば、そこにあったのは私の顔をした招き猫。

 そのほかにも前に話した野菜が生えたゴキブリだったり、猫と犬が合体したっぽい生き物の姿もあってーー


「っ」


 胸の内から湧き上がってくる感情を、息を吸いこんで止める。

 

 目の前のこれが流者であることは流石の私でも分かっていた。

 ただ問題はどうして今、私に関係がありそうな流者が流れてきたか、だ。


 大量生産の時代が始まってからは、こちらに来る流者の量はかなり減っている。穢れてない流者がこうして同時に現れる事なんてほとんどない。まして全員が全員はっきりした姿をしているなんて、よほど奇跡が起こらない限り無理だ。それこそ何万もの人間が同時に同じ感情が浮かべるとかのレベルの。


 ……でも一つだけ知ってるんだよなあ、それが出来るかもしれない人。

 ネットの発達によって生まれ、良い方にも悪い方にも傾く彼ら彼女らだ。


 どういう経緯でこれが成し遂げられたかは分からない。ただきっとその発端には私のファンの姿があったはずだ。

 ーーなにせ、私の心はこんなにも彼らの私に対する愛に溢れているのだから。


「あっはっはっ。

 馬鹿なんじゃないですか? たった三日休んだだけじゃないですか、切り捨てるつもりだったじゃないですか。

 それなのにこんなに心配してっ、こんなにも嬉しくなってっ」


 どうしようもなく愚かな彼らと自分に、口から歓喜が零れる。波が零れる。


 ああ、そうだ。私は好きだったんだ、ネットという世界が、そこに住民と交流する配信者という存在が。

 だから俺は配信を始めたんだ。私は配信を始めたんだよ。


 そして多分、一番の大馬鹿ものは私だ。

 いつ前世と同じ目に合うかもしれないのに、たった一度くそ素敵なプレゼントをもらっただけで茨の道に戻ろうしている。自分の全てを投げ打って、彼らの期待に応えたくなっている。

 チョロインだ。物語の展開なら炎上ものだ。

 でもナキア村の防人として、Vtuberのカタリナ・フロムとしてどうしてもリリストアルトあっちに戻りたくなってーー

 

「……やっぱりこうなっちゃったかあ」


「え……?」


 ーー落胆したような、あるいは安堵したかのような声が響いた。

 見れば、隣のアネットの体が暖かな光に包まれていた。

 徐々に半透明になりつつある彼女の体。それに対して、私の体に変化はない。むしろいつもより力に溢れてるくらいだ。



『きっとね、泡沫うたかたの夢みたいなものだったんだよ。

 だからーーカタリナお姉ちゃん。私と一緒に地球に戻ろう? 私、お姉ちゃんがどこかにいると思えば、向こうでも頑張れると思う』



 そうだよ。私がこっちを選んでしまえば、アネットとの約束を破ることになってしまう。大切な妹を、一人ぼっちにさせてしまう。

 そんな私の心情を察したのか、アネットはゆったりと口角を上げた。


「いいんだよ、あれはただの私の我儘だから。

 私はお姉ちゃんとしてのカタリナも好きだけど、配信者のお姉ちゃんのほうがもっと大好きだから。

 やっぱりあなたにはそういう自信満々な笑顔の方が似合うよ。

 ね、ーーさん」


「っ」


 アネットが告げる。とうの昔に捨てた、かつての俺の名前を。



『ーー見つけたっ』



『うーん、よく分かんない。

 でもカタリナお姉ちゃんがいれば大丈夫。何となくそんな気がするんだ~』



 ……やっぱりそういう繋がりだったんだ。

 何だよ、辛い記憶ばっかりだと思ってたけど、昔の俺も案外やるじゃん。


「それじゃあ、向こうでも配信楽しみにしてるから。

 またね、カタリナお姉ちゃん。楽しかったよ」


「私もっ、楽しかったよ、アネットっ」

 

 満面の笑みをして、視界から、世界からアネットが消えていく。

 小舟の上に残されたのは、一人ぼっちの私と一台のタブレット。

 

 楽しみにしてる、か。そういわれちゃあ、仕方ないよね。

 暖かな感情のまま、両目に浮かんだ大粒の涙を拭ってタブレットのスイッチを入れる。目的はもちろんあれだ、配信というやつだ。


「どうも皆さん、こんばんわ。

 リリストアルトの超絶美少女、カタリナ・フロムです」


【お、急にはじまた】

【何か鼻声っぽい?】

【珍しい時間だし、多分ネットのあれについてだよなあ】

【ち、違うんですっ あれはみんなが勝手にっ】

【トレンドから来ました~】

 

 宣伝効果ゆえか、いつもより遥かに多い同接数。

 そんな彼らに向け、私は海に浮かぶ流者たちを背後に映して頭を下げた。


「まずはこんなに素敵なプレゼントをくれたみなさんに感謝を。

 一度折れかけた私が、今こうして立っているのは間違いなく皆さんのおかげです。本当にありがとうございます」


【やっぱ何もしなかったら終わってたんだな マジでナイス】

【おー、もう俺たちがデザインしたやつらが採用されてる】

【!!??】

【いやいや流石に早すぎない??】

【た、確かに……】


 そのまま私は空を、夜空に浮かぶ輪廻の歯車を見上げた。

 ありとあらゆる物を転生を管理し、そしてそれが出来なくなった魂をリリストアルトという休息の地へと送るシステム。


 私には分かる、既に刻は満ちてしまった。

 もう私は地球に戻ることはできない。


 でもそれで構わなかった。

 私はここで生きると、カタリナ・フロムとして一生を終えると決めたのだから。


「……もしかしたら、これを視聴している方の中には辛い現実に打ちのめされている人や、謂れのない誹謗中傷に晒されている人もいるかもしれません。

 そんな人はどうか私の配信を見てください、リリストアルトに思いを馳せてください。私たちはいつだってあなたたちを歓迎します」


 画面越しの彼らへ、たった一人の妹へ、言葉を紡ぐ。


 そうだ、私とアネットは完全に離れ離れになったわけじゃない。

 ネットにが存続する限り、私の姿は永遠に残り続ける。そう考えると、普通に転生するよりも何だかロマンチックな気がした。

 例え幾数年が立とうと、私という存在は彼らの励みになり続けるのだ。


 彼女の前途を讃えて、彼らの幸せを願って、私はいつものように笑った。


「だからどうかーー皆さんに素敵な幻想がありますようにっ」




 ――――――――――――――――――

 【☆あとがき☆】

 ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました!

 本作もあと一話、エピローグを残して閉幕となります。


 いかがでしたしょうか?


 終盤は完全にシリアス路線に入ってしまったので、読者さんの中には混乱された方もいるかもしれません。ごめんなさい。

 ただ作者としては最初に思い描いたように書けましたので大変満足しております(最低)。読者の皆さんにも楽しんでいただけていたら嬉しいです。


 最後に、長期休載・全然定期じゃない定期更新という体たらくにも関わらず、ここまで付き合ってくださったみなさんに、再度の感謝を申し上げます。

 本当にありがとうございましたっ。


 水品 奏多


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