第三十二話 幼馴染



「よ。ひでえ話だっただろ?」


 マハタ様との対話を終えて家を出れば、そこにいたのは幼馴染三人衆だった。

 シルビオが相変わらずの澄ました態度でこちらに手を上げ、寄り添うように並ぶ姉妹の半身、サーニャが俯きながらぴくりと肩を震わせる。

 私たちはそんな彼らを、成人三人の姿をまともに直視できないでいた。


『……カタリナ、あなたは成人の儀が近づいているのよ。

 だからあんな風に力が不安定になる』


『依り代が稀人と同時に流れてくるのか、あるいは数年たってからか。それは当人によってまちまちじゃ。じゃが、いずれにせよそれを受け取って一か月ほどが経つとその稀人には二つの選択が与えられる。

 輪廻の輪に戻るか、それともここーーリリストアルトに骨をうずめるか、じゃ』

 

 彼らの言葉を考えれば、自ずと「成人になる」という意味も見えてくる。


「みんな、地球での転生を蹴って、ここでの生活を選んだんですよね……?

 成人になるってそういうことですよね?」

 

「だな。

 ……全く、誤魔化すのにも結構苦労したんだぜ? 早く成人になりたいってカタリナがうるさいからさ」


 恐る恐る口にした言葉に、大きく肩をすくめるシルビオ。


 ……ああ、やっぱりだ。でも正直、当たってほしくなかったなあ。

 なんでシルビオはそんな晴れ晴れした顔が出来るんだろう? どうしてそんな恐ろしい未来を選出来るんだろう?


 憧憬にも似た疑問が頭の中に湧き上がる。

 さりとてそれを無遠慮に聞けるわけがなかった。私にここに来た理由があるように、彼らにもまたそれだけの過去があるのだ。人間、土足で踏み込んでほしくない部分だって沢山ある。特に、同じ道を選ばなかった私みたいな奴には。


「……カタリナのうそつき。

 防人になるって言ったじゃないですかっ」


「っ」


「こら、サーニャ。待ちなさいっ」


 瞼に涙を滲ませて、サーニャが身を翻して道の奥へと去っていく。

 一瞬だけしか見えなかったが、そこには確かな失望が浮かんでいた。


 嘘つき、か。……きっついなあ、これは。


『ええ、好きです。お父さんもお母さんも、みんな大好きです。あ、勿論タニアとサーニャのことも。

 だから、その生活を守るために立派な防人になってみせますよ』


『約束、ですよ……?』


『ええ、約束です。

 安心してください。私、カタリナ・フロムは嘘をついたことは一度もありませんから』


 百人一首大会の夜に、まだ謎の自信に満ち溢れた頃に交わした些細な約束。


 これだけ気まずそうにしていたら、そりゃあ分かるよね。

 あーあ、嘘ついちゃった。でも仕方ないじゃん。あの時は稀人の正体だって知らなかったんだし。それにアネットにあんな風に言われたらーー


 って違う、そうじゃない。逃げるな、私。

 アネットに「一緒に戻ろう」と言われた時、気持ちは既にそちらに傾いていたはずだ。彼女の言葉はただのきっかけに過ぎない。間違いなくこれは私の選択の結果なのだ。


「タニアはサーニャを追いかけてあげてください。

 私の言葉じゃ、きっと何も響かないと思いますから」


「……わかったわ。でも勘違いしないで。

 カタリナは何も悪くない。きっとそれが人として正常なのよ」


 優しい微笑を残して、サーニャの背中を追いかけるタニア。


『でもこれだけは覚えておいて。例え周りが何を言おうと、あなたは自分の思うままに進みなさい。あなたの人生はあなただけのものなんだから』


 彼女だけは時折私を励ましてくれていた。

 もしかして最初からこうなるって、永遠のお別れになるってわかっていたのかな。


「お姉ちゃん……」


「大丈夫、ですよ。覚悟していましたから」


 不安げな瞳で見上げてくるアネットの手を強く握りしめる。

 

 そう、全部分かっていたはずだ。

 だからせめて、こんな私と一緒にいたいと言ってくれたアネットの想いだけには応えたい。

 マハタ様の話によれば、次の人生や出自等は選べないものの、魂レベルで深い繋がりがある人間同士は同じ時空に転生しやすいらしい。つまりまた彼女と家族になれるかもしれない。そう考えると、少しだけ気力も沸いてくる。


 失うだけじゃない、得たものも確かにもあったのだ。

 思い出すのは、リリストアルトで過ごした十寸年余りの記憶。ナキア村の防人を司るフロム家の長女として生まれて、シルビオたちと一緒に大きくなって、それからすぐに家で一人で過ごす時間が多くなってーーそれでも孤独を感じたりはしなかった。お父さんたちの愛を存分に感じられたから。


 タブレットが流れてきてからは本当に楽しかった。

 タニア達が泊りに来たり、マハタ様が突撃して来たり、それから……


 両腕に収まりきらないほどの記憶があふれ出てくる。

 ついで、それらがタブレットの、つまりは依代の流入を境に急激に増えているの気付いた。


「もしかして急にみんなが会いに来てくれるようになったのって……?」


「だな。別れが近いってみんな分かってたんだよ」


 小さく目を細めて、シルビオが虚空へと視線を向ける。


『ほら、今は家と村の周辺しか配信に映せていないだろ?

 ただ森の中にも色々面白い光景があるからさ、俺と一緒に来ればそういうのも全部撮れるじゃないかと思ったんだよ』


『ほはーお? いい案ですね、乗りましたっ。

 ……でもなんで急に? それなら最初の方に言ってくれてもよかったですよね?』


『あー、それはほら、カタリナも成人が近づいてきたわけだろ。

 万が一があった場合も最悪どうにかなるんじゃねえかと思ったんだよ』


 なるほど。あの時のあれはそういう意味だったんだ。

 なんだ、完璧超人だと思ってたシルビオにも意外と可愛いところがあるじゃん。


「ありがとうございます、シルビオ。これで地球でも頑張れそうです」


「あ、私もっ。シルビオたちのおかげで楽しかったよ」


「……そうか。そりゃあ良かった」


 一瞬だけ顔を歪めて、それから鷹揚と笑うシルビオ。

 その両目が若干赤いのは、まあ触れないであげるのが吉かな。


「他のみんなにもお礼色々とかしたいんですけど……時間ありますかね?」


「何か他に用事があるわけじゃねえんだ。それくらいなら叶えられるはずだぜ。

 ただまあ、その前に話すべき人がいるんじゃないか?」


「っ」


 シルビオの鋭い指摘に、思わず息を詰めらせる。


 胸の奥底で疼く強い痛み。

 それを左手で握りしめると、淡い青色に染まる春空を見上げた。


 逃げたって状況がよくなるわけじゃないもんなあ。

 ……ほんと、酷い話だよ。


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