第二十二話 信じていいんだよね?
「全く……カタリナは相変わらずだな。
俺の名前はシルビオ・グラント。ナキア村の狩人で、一応カタリナの幼馴染ってことになるんかね。よろしくな、アネット」
「ふーん。そうですか。
わたしのアネット・フロム。カタリナお姉ちゃんの妹です」
「お、おお?」
気取った様子で手を差し出すシルビオを、何故か「妹」の部分を強調しながら睨むアネット。誰彼構わず笑顔を向けていたアネットにしては珍しく、その顔には猜疑心がありありと浮かんでいた。
【あれ、アネットちゃん何か不満そうじゃない?】
【そりゃ(大好きなお姉ちゃんに突然親し気な男が出てきたら)そうよ】
【百合に挟まる男は死すべしってやつやな】
あーなるほど。アネットは私をシルビオに取られたくなかったのかあ。
か、可愛いなあ、もうっ。大丈夫だよ、アネット。私、男なんてこれっぽちも興味ないからっ(ガチ)。
「……おい、お前のせいで妙に警戒されてるじゃねえか。
どうすんだよ、これ?」
「別にいいんじゃないですか?
アネットの知り合いにはむさ苦しい男なんて不要なんですよ」
「ええー。
……何かお前、サーニャっぽくなってないか?」
「なん、ですってっ!?」
シルビオが放った一言に、稲妻が走ったような衝撃を覚える。
サーニャ・ロッテン。残念姉妹の妹の方、姉に近づく人間は絶対に殺すマン。
さ、流石にあれと同一視されるのは業腹すぎるっ。
「ほ、ほら、アネット。ちゃんと握手してあげてください。
さっきのあれは全部冗談で、本当はノリのいい優しいお兄さんですから」
「むー。何でカタリナお姉ちゃんはこいつの肩を持つの?
愛してくれるって言ったじゃん。やっぱり
「い、いえ。そういうわけじゃありませんよ。
ただその、アネットの為を思えばいろんな人との交流を持った方がーー」
「わたしは、カタリナお姉ちゃんがいれば、他には何もいらないよ?」
ーー彼女の瑠璃色の瞳が青藍に染まる。
深く淀むように、可愛らしい瞳から光が消えていく。
【あっ】
【ハイライトオフ】
【流れ変わったな】
【ヤンデレはいいぞ~^^】
【妹が主導権を持つ姉妹百合ですか……大好物です】
「……な~んて、えへへ。冗談だよ。びっくりした?」
パッと表情を変えてオーラを消すアネット。
失われていた音が世界に戻り、ばくばくと心臓が高鳴っているのが分かった。
ほ、本当に冗談だよね?
秘めた感情がついあふれ出しちゃったとか、選択肢を間違えたらこのまま監禁ルート直行とかだったりしないよね?
急にそんなこと言われても、私答えられる自信ないよ?
「な、何か悪いな。
顔見せは済んだし、お邪魔虫はさっさと退散するわ」
「あっ、いえ。ちょっと待ってくださいっ」
早足に立ち去ろうとするシルビオの袖をつかむ。
元はと言えばシルビオのせいなのだ。妹の深淵を開けた責任、とってもらうよ?
「んーーー、おいしいっ」
【めっちゃうまそうやん】
【蕎麦はこっちと変わらないんだなあ】
【まあ室町時代に出来た店が今でも残ってるくらいやし】
【ま? 室町時代っていうとあれだろ……あの、安土桃山時代の前の】
【結局何も変わらん件についてww】
落ち着いたヒノキの香りと、強い出汁の匂いに包まれた店の中。
ざるに盛られた蕎麦を頬を緩ませて啜るアネットの姿を、私とシルビオはのんびりと眺めていた。
私達がいるのは狐族のコンコさんが営む蕎麦屋。
シルビオに紹介してもらった店だ。やっぱりあの時おすすめを聞いたのは正解だったなあ、流石は私っ。
シルビオも今日は暇みたいだし、これからもっと搾り取ってあげますかね。
【ほー。これが親子ですか】
【家族になるには流石に早すぎるっぴ】
【ってか、食べたりするのにお金が必要ないのは驚いたわ。
それなら毎日食べ放題・買い放題やないか】
「まあ私たち稀人は村を護るのに絶対に必要な役職ですからね。
無制限とまでにはいきませんが、生きていける分くらいはみんな気前よく分けてくれますよ」
「そもそもみんな商売っ気とかないからな。
常者の間でも物々交換したり次のツケにしたりとか結構あるみたいだぜ」
【はえええ】
【いいなあ めっちゃ楽しそうやん】
【それじゃあ家の近くにあった畑とかは自分用なんだ?】
「ですね、出来るだけ皆さんの手を借りないように作ってるんです。
沢山出来た時なんかはみんなに配ったりするんですよ。……まあそれ以上にお返しに野菜とかを貰うんですけど」
【ダメじゃんww】
【話を聞くに、昔の日本とか今の田舎をもっと緩くした感じ?】
【え、田舎だとタダで食料とかもらえたりするの?】
【↑帰ったら家の前に今朝採れた野菜が置いてあるとかはザラよ】
【まじか! ちょっと田舎でスローライフしてくるわっ】
【お、死亡フラグかな?】
【その分色々あるんよなあ】
ちょくちょくリスナーとのやり取りを挟みながら、そばを食べ進めていく。
色々ある、か。
そういえば
……ん、今何か重要な記憶を思い出しそうになったような……?
【そーいやカタリナちゃんたちは一日何食食べてるん?
確か三食食べるようになったのって結構最近なんよね?】
【そうそう江戸時代末期頃からなんよ
それまでは昼と夜の二食だったみたいやね】
【はええ 勉強になります、先生っ】
【遊びながら賢くなる、これが進〇ゼミですか】
「あーと、私たちは普通に朝、昼、晩の一日三食ですね。
確か常者のみんなも同じでしたよね、シルビオ?」
「だな。ただ俺たち狩人は交代で森の中を見回っているから、どの時間帯に食べるかはまちまちだな。
夜番の時とかは二食しか食べないなんてのも結構あるし」
【何というか……聞くだけで大変そう】
【もしかして:ブラック】
【夜勤はなあ 給料は高いけど、メンタル的にきついんよ】
シルビオの労働環境に寄せられる同情の声。
そんなに大変だったんだっけ。狩人って。
な、何か毎日配信とかしてるのが申し訳なくなってきたなあ。
「……シルビオ様、いつも見回りご苦労様です」
「ふっ、そう思うんだったら俺への態度を改めてくれてもいいんだぜ?」
「残念。それとこれとは話が別です。
昔、シルビオのせいでお母さんたちに怒られたこと、忘れていませんから」
「ええー、あの時はお前もノリノリだったじゃねえか。
未知の昆虫を捕まえるんだって」
「シルビオこそ何言ってるんですか?
こんなか弱い美少女がそんなこと言うわけないじゃないですか」
「か弱い、ねえ。それにゃあちょっと胸が足りないじゃねえか?」
「は? セクハラですか?
いいでしょう、受けて立ちます。私には声を掛けただけで不審者扱いする心強い仲間がいますからねっ」
【な、何だこの気安いやり取り】
【仲良いと思ってた女の子がクラスの陽キャと楽しそうに話してるのを見た感じ】
【うっ】
【やめろ……思い出させるじゃねえ】
【所詮俺たちには見てることしかできないんやって】
きっと味方になってくれるだろうと思ってタブレットの方を見たら、そこに広がったのは現実に破れた男たちの姿。
な、なんだろ。
彼らの気持ちが理解できる分、今の自分が余計に恥ずかしくなってきた。私今、可愛い女なんだよなあ。
「むー。また二人でこそこそ話してる。
もしかして二人はあれなの、恋人同士なの?」
「違いますっ」「ちげーよっ」
アネットの純粋無垢な問いに、二人で声を合わせて否定する。
俺が好きなのは女の子。男は攻略対象にはならんて。
……それとアネット。目の奥が全然笑ってないのはやめてくださいな。
さっきのあれは冗談だって信じていいんだよね? お姉ちゃん、怖くなってきちゃったよ。
「よし。何かやりたいことはあるか」
昼食を済ませ、通りに出てきた私達。
時刻はまだ12:00だから、解散まで時間はある。今後の予定を問うたシルビオに、アネットが声を弾ませて答えた。
「折角だし、わたし、あれやりたいっ。
かくれんぼっ」
「あー、かくれんぼかあ。どうする? 町のみんなに頼むか?」
「うーん、それでもいいんですけど……」
目当ての人物を探して、周りを見渡す。
マハタ様の手によって、アネットがここに来る情報は広まっている。きっとあの二人もすぐにーー
「あら、彼女がアネット? 可愛らしいじゃない」
「駄目ですよ、お姉さま。カタリナの妹とかどうせ変な奴に決まってます」
「ーー残念姉妹ゲットだぜっ」
【突然のポ〇モンwww】
【ポ〇モンマスターに俺はなるっ】
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