第二十三話 予兆



「だ、誰も来てない?」


「……うん、今のところは大丈夫みたい」


 狭い路地裏の中。

 木の板から小さく顔を出して通りに鬼がいないの伝えると、奥で身を潜めるアネットがほっと息を吐いた。


 そう、今は彼女が提案したかくれんぼ中だった。

 参加者は私、アネット、シルビオ、残念姉妹、そして何故か途中乱入してきたマハタ様の6人。今回は最初のターンということで、マハタ様が鬼に、私はアネットと一緒に隠れる運びになっていた。

 因みに配信中のタブレットは今は鬼のマハタ様が持っている。カメラが一つしかない以上、そうしないとリスナーのみんなが全体の流れを把握できないからね。


「? ……あらあら、懐かしいわねえ。頑張って、二人とも」


 路地裏前の通りを行き交う住人達に優しい言葉を掛けられ、その度に無言で会釈する私達。

 一応見つけてきた木の板で前を隠しているものの、普段から通い慣れている彼らの目は誤魔化せないらしい。

 

 うう、場所選択間違えたかなあ。

 でも今から移動するのは流石にリスキーだし、そもそも建物や敷地の中には入れない制約があるからまともな隠れ場所が他にないんだよね。

 やっぱりここを見つけた自分の直観を信じるしかない、か。


 それならば、と私は隣に座るアネットに体を寄せた。

 左肩に感じる暖かな熱と、脳を惑わすほのかな甘い香り。密着した二つの体に、アネットは満足そうに「むふふ」と鼻を鳴らした。


「ど、どうしたの? 何か嬉しいことでもあった?」


「ううん。

 ただ内緒で逢瀬を重ねる恋人同士みたいで、緊張するなーって」


「そ、ソウダネー」


 な、なんて言葉を返したらいいんだろう?

 正直、迂闊なことを言ったらあのモードになる未来しか見えないってばよ。


「お、あっちでマハタ様と狩人の坊主がやりあってるみたいだぜ」

「なにぃ、笹食ってる場合じゃねえパンダっ」

 

 と、そんな緊張を破ったのは、遠くの方で鳴った衝撃音と俄かに騒がしくなる住民たちの声だった。

 どんどん、とまるで太鼓でも鳴らしているかのような音が何度も鳴り響く。


「……あ、あれ? これ、かくれんぼだよね……?」


「いい、アネット? リリストアルトここのゲームは戦争なんだよ。

 搦手、裏切り、奇襲、何だってござれ。モラルルールの範囲内であれば何をやっても許される。

 そして今回、見つかったら動いちゃいけないっていうルールはない。つまりそういうことだねっ」


「え、ええー」


 なんじゃそりゃ、という感じで眉を下げるアネット。

 配信でも「かくれんぼとは一体……?」とかコメントが書かれていそうなのが見える見える。

 でもやってみると案外楽しかったりするのだ。勝ち負けに関わらず、全力は出すのってそれだけで気持ちいいからね。


「かっかっ、そんな場所に隠れようと儂の目は誤魔化せんぞ、カタリナよ。

 残りはお主たち二人だけじゃ。大人しく儂に捕まるが良いっ」


 暫く静寂が続いた後、頭上から高らかな声が降り注いだ。

 そこにいたのは、正面の長屋の上で仁王立ちするマハタ様おにの姿。


「どうする? このまま捕まる?」


「まさかっ。

 カタリナお姉ちゃんのちょっといいとこ、見てみた~い」


「まかせんしゃいっ」


 若干古い煽り文句に乗せられ、アネットを抱えて飛び出す。


「きゃあああっ」


「はっ、そう来なくてはなっ」


 腕の中で歓声を上げるアネットと、屋根から下りて急速に距離を詰めてくるマハタ様。勿論私だってタダで逃げ切れるなんて思ってない。


 マハタ様に手の平を向けて、体内のマナを呼び起こす。

 イメージはそう、線ではなく面。出来るだけ視界を防げるように薄く広く浄化の力を伸ばしていってーー


「わあ、凄いきれいっ」


「ち、ちがっ」


 体がぶれるような感覚と共に、肥大化し続ける浄化の力。

 何とかしなくては、と制御を試みても何故か全くうまくできない。光の壁はそのまま身長すら超えていく。

 何かが起こっていると気付いたのか、大きくなる周囲のざわめき。


「まず、みんな逃げーー」


「あんの馬鹿カタリナっ。

 さっさと身を伏せてくださいっ」


「っ了解です」


 アネットをお腹に隠して身を丸めると同時、白い壁をサーニャの結界が包んだ。

 

 術者わたしとのリンクが切れ、崩壊し始める浄化の力。

 大した効力がなかったはずのそれが大爆発を引き起こし、結界すら破るのを私はただ呆然と眺めていた。




 





「きゃー、たかーいっ」


「ぎゃはは、そうだろうそうだろう。

 俺様は村一番の大男だからな、今アネットはこの中で一番高いってわけだ」


「おおー、いいねっ」


 その日の夜、いつもの日課を終えて。

 大衆広場の中で巨人族のララットさんに肩車されているアネットの姿を、私はタブレットで撮っていた。


 彼女の顔に浮かぶのは純粋無垢な笑顔。どうやらここでの時間はそう悪いものじゃなかったらしい。

 ……妹がすんなりと馴染んでくれて、お姉ちゃん嬉しいよ。

 やっぱり子供には元気のいい顔が似合うなあ。……まあヤンデレも見る分にはいいけどね、見る分には。


 と、そうだ。


「あの、サーニャ。さっきは助かりました。

 サーニャのおかげで誰も傷つけずに済みました」


 広場の端で甘酒片手に佇んでいた防人姉妹に頭を下げる。

 浄化の力とは言え、形を持たせるために衝撃のエネルギーなどの他の要素も組み込んであるのだ。もし彼女の結界がいなかったら最悪誰かを怪我させていた可能性もあった。


「……ほんと、ですよ。

 これだからカタリナは駄目、なんですよ。すぐに調子に乗るし、勝手なことを言うし……っ」


「???」


 何かを堪えるように表情を歪め、走り去っていってしまうサーニャ。


 そ、そんなに怒らせちゃったのかな? 顔も見たくないレベルで?

 不安を孕んだ視線でタニアの方を見ると、彼女は頬を強張らせて言葉を紡いだ。


「……カタリナ、あなたは成人の儀が近づいているのよ。

 だからあんな風に力が不安定になる」


「あ、そういうことですか」


『私も早く成人になって、あなたたちに追いつきます。

 それまでは私という天才がいないフィールドで、伸び伸びしていてくださいよ』


 とうとうこの日が来たかっという歓喜と共に胸に広がるのは、かつて二人と交わした約束。


「なるほど。だからサーニャは逃げ出したんですね。

 私に追いつかれるのが怖かったから。全く、それならもっとそれらしい態度を取ってくれたらいいのに」


「……そうね。そんな感じだわ」


 ふっとため息を零して、タニアが小さく笑う。

 な、なんだろ? 今すっごく馬鹿にされたような……? いやいやまさかね。


「ねえ、カタリナは成人の儀についておばさんたちから何か聞いてる?」


「い、いえ? その時が来たら教えてあげるとだけ言われました」


「そう……それじゃあ私から一つだけ。

 このまま成人化が進めば、カタリナは近いうちに選択を迫られることになる。永遠の模索か、刹那の安寧か、自分で決めることになるのよ」


「……なんですか、それ? なぞかけですか?」


「今はそう思ってくれて構わないわ。

 でもこれだけは覚えておいて。例え周りが何を言おうと、あなたは自分の思うままに進みなさい。あなたの人生はあなただけのものなんだから」


「……」


 彼女の真剣な表情に、時間が止まったような感覚に襲われた。

 永遠の模索、刹那のあんねい? 一体どういうことなんだろう? 今はそれでいいってどういうことだろう?

 頭を巡る無数の疑問。それでもタニアはきっとそれに答えてはくれまい。

 それならーー


「タニア達はその何かを選んだんですか?」


「そうよ。だからここにいるの」


 タニアが口を一文字に結んで言い切る。

 こちらが気圧されるほど、強い光を灯した瞳で。



「こら、早く降りるゾウ。

 次は私の番。ララットなんかよりも素晴らしい光景を見せてやるゾウ」


「はああ?」


「もう、みんな喧嘩しないでよっ」



 広場を通り抜ける夜風。後ろから聞こえてくる喧騒の声。

 湿っぽい土のにおいと沈丁花の甘い香りが、春の訪れを告げていた。


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