第十九話 姉として
「それじゃあアネットをお願いね。
本当に頼むわよ。カタリナのせいでアネットが全然寝れなかった、なんてことがないようにね」
「だ、大丈夫。流石の私もそれくらいは弁えてるって」
「それならよし」
幾度もの念押しの後、ようやっとリビングへと帰っていくお母さん。
そ、そんなに私って信用されていないのかなあ。いやまあ正直お母さんに言われなかったら夜更かしする気満々だったけどさ。
突然面白そうなイベントが起こるのが悪いんだよ、うん。
「えへへ、楽しみだなあ。
多分わたし、こうやって誰かと一緒に眠るのは久しぶりだから」
「……アネットは怖くないの?
何にも覚えていないのに、突然こんなところに連れてこられて」
布団の上で上機嫌な笑顔を浮かべるアネットに至極当然な疑問を投げかける。
普通記憶喪失の状態で全然知らない人の元に引き取られたら警戒すると思う。何か裏があるんじゃないか、この人たちは何かを隠しているじゃないかって。
それなのに彼女はすぐさま我が家に溶け込んでみせた。
何の臆面もなくお母さんをお母さんと、私をお姉ちゃんと呼んだり、心底リラックスしているような表情を見せたり……何というか物凄く違和感があるのだ。例え稀人にそういう特性があったとしても、こんな簡単にいくものなのだろうか、と。
「うーん、よく分かんない。
でもカタリナお姉ちゃんがいれば大丈夫。何となくそんな気がするんだ~」
アネットが何処か恥ずかしそうに頬を染めて笑う。
私がいれば大丈夫、か。本当に、どういう事情なんだろうなあ。
どうやらおぼろげながら昔の記憶を覚えているらしく、時折こうして意味深な言葉を告げる彼女。さりとて逆に「何となく」以上の内容も分からないようで、結局どこから来たのかもあの時の「見つけた」という言葉の真意も不明のままだった。
一応「新しい記憶を思い出したら教えてほしい」と言ってあるから、考察とかはそれ次第。
さっきはふざけちゃったけど、辛い過去があるとかじゃないといいなあ。
流石にこんな子に過酷な運命が待ち受けてるとか、考えたくない。
と、アネットの首に何かが掛けられているのが見えた。
黒い十字架の中央に髑髏っぽい赤いマークが付いたキーホルダー。彼女と一緒に籠に入っていた例のあれだ。
「それ、ネックレスにしたんですね」
「うん。なくさないようにって、お母さんが紐を付けてくれたんだ~」
くるくると歳不相応な廚二アイテムを弄ぶアネット。
うーん、これは将来有望ですなーーってそうじゃなくてっ。やっぱりこれには何か重大な意味があるのかなあ。
思い出すのは初遭遇の時に見せられた謎の光景。一人の少年がパソコンの前で何かをしゃべっている姿。自信はないけれど、多分あれは配信していたんだと思う。
そして何となく覚えている「配信者だった」という前世の記憶。
ーー普通に考えれば、あれは前世の自分だろう。
流者は地球人の”もの”に対する強い執着で生まれる。それならアネットは「前世の私」のファンが抱く想いから生み出された、とか?
どう、なんだろ?
でもそれだけ愛されていた感覚もしないし、お母さんたちからそんな話聞いたことないんだよなあ。
うーん、前世の記憶が曖昧すぎてよく分からない。
……って、よく考えればアネットと私の状態って凄い似てない?
アネットに、
もしかしてアネットは何かの事情で記憶喪失になったんじゃなくて、そういう状態で生まれてきた?
『稀人が現れた場合は三役の中のどこかが面倒を見ることになっているの。それで今回は私たちの番が回ってきたってわけ』
当たり前のように言った、お母さんの言葉が蘇る。
だとしたら私もアネットと同じようにしてーー
ううん。
前世の自分がどうであろうと、稀人にどんな事情があろうと関係ない。
私はカタリナ・フロム。リリストアルトの防人見習いにして、お父さんのお母さんの娘だ。今はそれで十分。
くよくよ考えるのは教えてくれた後でいいしーー何より私に似合わない。
今の私に出来るのは……そうだなあ。
お母さんたちがそうしてくれたように(?)、アネットを本当の家族として迎え入れる事くらいかな。
「ほほお。そんなに大事なものなら是非この妖怪カタリーナにみせておくれよ。
なに悪いようにはせん。ちょおーと拝借するだけじゃよ」
「きゃああっ、やめて、カタリーナ。
これはお父様から託された大事な宝玉なのっ」
毛布を後ろに掲げて布団お化けとなった私から、アネットがきゃいきゃいと歓声を上げて逃げ回る。
なんというか、気分はあれだ。
休みの日に子供に構いまくってちょっぴりウザがられるお父さん。
今ならその気持ちもわかるなあ。子供がはしゃぐ姿ってめっちゃ可愛いもん……いや、ロリコン的な意味じゃなくて。
「こら、静かにしなさいっ」
「「はーい」」
布団の中で顔を見合わせると、どちらともなく笑いあった。
「こら、カタリナ。起きなさい」
「うーん?」
視界に差し込む白い光。
騒がしい気配に瞼を開けば、そこには眉をハの時にしてこちらを覗き込むお母さんがいた。
「あれ、もう朝? 昨日は確か……」
寝起きの頭をのろのろと動かして、何とか記憶を手繰り寄せる。
あの後は確か布団の中でくすぐりあったり、思い出話をしたりして……あれ、いつ寝たんだっけ? それとアネットは?
「あっ、やっと起きた~。
カタリナお姉ちゃんって変態の上にお寝坊さんなんだねっ」
「???」
「……カタリナ。あなた、何したのよ?」
私のお腹の上で悪戯っぽく笑うアネットに、お母さんが鋭い視線を向けてくる。
い、いやいやそんな変なことをしてないはずっ。全部姉妹として健全なコミュニケーションの範疇でーー
「もう、早く起きてよ。
一緒に遊ぶ時間が無くなっちゃうじゃんっ」
「そ、そっか。そうだね」
全然深刻じゃなさそうな雰囲気に、安堵の息を吐く。
やめてくれい、前世があるだけに本気で洒落にならなかったってばよ。
……それにしても、子供の体力ってすごいなあ。
昨日の今日でこれかあ。私なんか体の節々が痛いのにーーて、何か年寄りっぽくなかった、今のっ!?
い、いやだ、私はまだぴちぴちJK(死語)でいたいっ。
「よしっ。それじゃあお姉ちゃんと一緒に畑に行こうか」
「はーいっ」
溌溂としたアネットと一緒に、私は毎朝の日課へと繰り出した。
さて、今日も頑張ろうっ。
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