第十八話 新しい家族



「だ、大丈夫? 怪我とかしてない?」


「ええ。穢れてもないし、至って健康な稀人みたいね」


 お母さんたちの浄化の力に守られながらやってきたのは、籠に収められた一人の少女だった。年は多分4歳くらいかな。あどけない寝顔がなかなかに可愛いらしい。

 籠の中は他にも何かキーホルダーみたいな物が入っていてーー


『はっはっ、お前ら刮目して見よっ。これが俺のーー』


「っ」


 急に何かが流れ込んでくるような感覚に襲われて、思わず頭を抑える。


 な、なんだろ、今の?

 少年っぽい誰かがクソ恥ずかしいことを口走っていたような……。


「あっ……大丈夫? ここが何処かは分かるかしら?」


 そんな疑問もお母さんの言葉で吹き飛んだ。

 どうやらあの子が目を覚ましたみたいだ。一体どんな事情があるんだろう、と胸を弾ませながら籠の中を覗き込んでーーぱちくりと目が合った。

 きらきらと輝く瑠璃色の瞳がこちらを射抜く。


「ーー見つけたっ」


 軽やかな声でそれだけ告げて、再び微睡の中へと戻っていく少女。


 ……ほ、本当に何かが始まりそうな感じじゃない、これっ!?

 








「ええっ、私たちが預かることになったのっ!?」


 浜辺から戻り、たった一人のおうち時間を悶々と過ごした後。

 村長のマハタさんたちの話し合い(意味深)から帰ってきたお母さんたちが告げた衝撃的な一言に、私は素っ頓狂な声を上げた。

 外用の着物を脱ぎながら、お母さんがどこか硬い表情で続ける。


「そうよ。

 稀人が現れた場合は三役の中のどこかが面倒を見ることになっているの。それで今回は私たちの番が回ってきたってわけ」


「そう、なんだ」


 視界に映るのは、例の籠の中で眠る久方ぶりの少女。

 このご都合主義的展開といい、さっきの”あれ”といい、間違いなく何かが起こっている、と私の第六感が告げていた。

 思い出せ私っ、何か重要な伏線があったはずだっ(適当)。


 ……あ、そうだ。二人のなれそめについて聞いてみたあの時ーー


『カタリナは知ってるよね? 

 この国の外には沢山の稀人たちが集まった場所があって、そこでは稀人は三役以外の職に就いているって』


『私たちはそこに生まれたんだよ。しかもかなり身分が違う家のもとに、ね。

 それで些細な切っ掛けから惹かれあった私たちは、何とか一緒になろうとしてーー結局どうしようもなくて、ここに逃げてきたんだ』


 外の世界、身分差、駆け落ち。

 意味深な単語の羅列に、私の灰色の脳細胞がぎゅるぎゅると回りだすっ。


「……なるほど、謎は全て解けたよ、お父さん。

 この子は王国の姫にして私の腹違いの妹なんだよねっ。それで私たちの手を借りるために海を越えてやってきたんだよっ。

 どうどう合ってる?」


 未曾有の危機に襲われた王国。

 その王女である彼女は出奔した前国王ちちを探すべく、たった一人で大海原に飛び込んだ。

 彼女の行く手を阻むのは王国の兵士、そして過酷な自然環境。

 それら全てを何とか退けた彼女は、ついに父親の元へとたどり着く。しかしそこには腹違いの姉わたしの姿があってーー

 

 いいねっ、燃えてきたっ。これからリリストアルトの命運を握る冒険が始まったりするんだよねっ。

 そう考えるとこの子も私と似ている気が、気が………うん、似てる似てる。ちゃんと目と鼻と口があるところとか、可愛いところとかっ。

 

 私の超絶推理にお父さんたちは顔を見合わせて、楽しそうに息を噴き出した。


「さ、流石にそれは無理があるんじゃないかな。

 もしそれが真実だとしても、僕はどうやってこの子を儲けたんだい? ここに来て十年以上経ってるのに、どう考えても年齢が合わないよね?」


「た、確かにっ。

 それじゃあ姪っ子とか? うーんでもそうなると繋がりとしては弱いし……あ、実は今のお父さんは世を忍ぶ仮の姿で、本当は夜な夜な向こうに戻っていたとかっ」


「……へえ? あなたがそんなプレイボーイだったとはねえ?」


「ちょ、ちょっと母さんまで何を言ってるんだい?

 ただのカタリナの冗談じゃないか。だから、その、そんなに怖い目をしないで……」


「ふーん。でも私、あなたの財布からいけない・・・・カードが出てきたの、忘れてないわよ?」


「いっ、いやあれはその、魔が差しただけというかなんというか」


 妙なプレッシャーを放つお母さんの追及から何とか逃げようとするお父さん。

 それでもお父さんの顔には冷や汗すら浮かんでいて、どちらが優勢なのかは火を見るよりも明らかだった。


 南無。元男として、うら若き娘として私だけはお父さんの味方をしてあげるよ。 

 いや浮気する気持ちとかは全然分かんないし、擁護するつもりもないんだけどね。……やっぱり女の子を泣かせる男とか重罪確定である。イケメン死すべしっ。


「面白いね、カタリナのお母さんたちって」


「ええ、そうでしょうそうでしょう。

 私の自慢の家族ですーーって、誰やつっ!?」


 突然乱入した第三者の声で横を見れば、そこにはしっかり自分の足で立つ例の少女の姿があった。


「あ、起きたのね。大丈夫かしら、痛いところはない?」


「うん、二人のおかげで元気いっぱいだよっ」


「あらあら。やっぱり・・・・あの時も意識があったのね。

 それで……ここに来る前、昔のことは覚えているかしら?」


「うーん、よく分かんない」


「そう。じゃあーー」


 お母さんの矢継ぎ早の質問にもはきはきと答えていく少女。

 ただほとんど何も覚えていないらしく、返答は「分かんない」の連続だった。ただ一つ、名前を問われた時に答えた「アネット」という単語を除いては。

 

 うーん。記憶喪失設定とか実に怪しい。

 やっぱり私が何か血筋を引いてる線もまだあると思うんだよなあ。


「うん。大体わかったわ。

 私の名前はエレーヌ・フロム。これからはあなたの母親として頑張らせてもらうわ。よろしくね、アネット。

 それと改めて……ようこそ、我がフロム家へ。歓迎するわ」


「はーいっ」


 お母さんから差し出された手を少女、アネットが元気よく握る。

 す、すごい順応力だなあ。怖いとか感じないのかな? それともこれが稀人の特性とか?


「僕の名前はマルク。

 お父さんって呼んでくれると嬉しいかな」


「えーと、私の名前はカタリナ。一応姉ってことになるのかな?

 これからよろしくね、アネット」


「うん、わかった。お父さん、お母さん、カタリナお姉ちゃん。

 不束者ですが、これからどうぞよろしくお願いします」


 律儀に私たち三人と握手を交わし、頭を下げるアネット。

 凄いしっかりしているなあ、とかそれ以上に胸の中に沸き上がる思いがあった。


 カタリナお姉ちゃん……おねえちゃん……。

 それは一人っ子には許されない甘美な蜜。原理は分からない、ただそれを聞くだけで胸がポカポカと温かくなってーーそうか。これがココロ、なんだね。


「お父さん、お母さん決めたよ。

 私ーーシスコンになるっ」


 私やアネットにどんな背景があろうと関係ない。

 この最強無敵美少女たる私が、姉としてどんな敵からもアネットを守るのだ。


「……娘に妹を愛すると宣言されて、何て返せばいいのかしらね?」


「さ、さあ?」


 微妙な空気の中、えへへとはにかむアネットが可愛かったです、まる。

 

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