第十五話 この世界の家族
「……うーん、どうしますかね、これ」
釣り大会の翌日の昼。紹介動画の制作に取り掛かり始めた私は、さっそく大きな壁にぶち当たっていた。
目の前に広がるのは、ノートに書かれたぐにゃぐにゃの何か。
カタリナ・フロム作 テーマ「人間」
流石にこれを動画で使うのはなしだ。
動画に必要な音楽や字幕、テロップなどは編集ソフトに最初から入っていたやつで何とかなりそうだった。ただ問題は、良い感じのイラストがなかったこと。
しかも謎の制約のせいで、フリー素材が載ったサイトなどからダウンロードすることもできない。
それならと自分で書いてみたものの、結果はご覧のあり様。
まあ駄目なもんは仕方ない。誰か絵がうまい人を知らない? とお母さんに聞いてみたらーー
「あら、それならお父さんが得意よ」
意外な人物を挙げられたのだった。
「お、おお、凄い。ちゃんと人間に見えるっ」
昼食を片付けた後の食卓にて。
お父さんが書いたそれを見て、私は思わず声を上げた。
大きな頭と寸胴な体、そしてそこから生える小さな手足。
デフォルメという難しい分野なはずなのに全体のバランスも崩壊していない。誰が見ようと確かにこれは人間だった。
しかも柔らかいタッチだから、どこか可愛らしい感じもする。
まさかお父さんにこんな特技があったなんて。
心の中の好感度メーターがピピっと上がる。流石に昨日、お父さんが持っていた分全部と交換したのはやりすぎだったかな。
「何だか懐かしいね。
昔はよくこうして母さんの仕事を手伝ってあげていたんだよ。あの頃はまだ付き合ってすらいなかったっけ」
「もう、あなたったら。
そんな過去の話、今更しなくたっていいじゃない」
「いたっ、いた、いや本当に痛いよ?」
満更でもなさそうな顔でお父さんの肩を叩くお母さんと、その馬鹿力に多分本気で痛がっているお父さん。
そんな良い雰囲気に気恥ずかしさを覚えながら、私は二人に話しかける。それはさっきのやり取りで気になった事。
「ねえ、二人はどうやって知り合ったの?
なれそめとか色々教えてほしいなあ」
「「……」」
私の質問に、何とも言えない表情で黙り込むお父さんとお母さん。
あ、あれもしかして聞いちゃいけなかった? 子どもには言えないような後ろ暗い過去があるとか?
「いやっ言いたくなかったら言わなくていいよ。
別にどうしても知りたいわけじゃないし」
「……いや、驚いただけだよ。
お父さんたちの過去なんてカタリナは興味ないと思っていたからね」
「あ、そうだよね。
最近ちょっと色々あってね、気になったんだ」
お父さんの言う通り、今までは積極的に聞いたりしなかった。親のそういう話を聞くのは何だか居心地が悪かったし、何より二人には私には入れない特別な絆がある気がしたから。
ただシルビオと結婚とかについての話をした時、気づいたのだ。そういえば私、お父さんとお母さんのことを何も知らないな、と。
私が知っているのは、私が子供の頃から防人として一緒に生きていることくらい。それまでどんな人生を送ってきたのか、とかどうして結婚したのかとかも全然知らない。
だから……知りたくなったのだ。
「カタリナは知ってるよね?
この国の外には沢山の稀人たちが集まった場所があって、そこでは稀人は三役以外の職に就いているって」
「うん、確か西の方に大きな国があるんだよね」
優しい笑みで話し始めたお父さんの言葉に頷く。
広大な大地を持ち、何千もの国が乱立するリリストアルト。その中にはロロの国やナキア村とは比べ物にならないほど発展した地域があって、何千何万という稀人が暮らしている、と聞いたことがあった。(因みにナキア村の稀人はフロム家3人、ロッテン家4人、グラント家3人の計10人だけ)
「私たちはそこに生まれたんだよ。しかもかなり身分が違う家のもとに、ね。
それで些細な切っ掛けから惹かれあった私たちは、何とか一緒になろうとしてーー結局どうしようもなくて、ここに逃げてきたんだ」
「おお、まさかの駆け落ちっ。
お母さんのどこがそんなに好きだったの?」
「そうだなあ。何でも引っ張ってくれるような気の強さ、かなあ。
お父さんはどうしても考えこんじゃうからね、元気がありすぎるくらいが丁度良かったんだよ」
「ほほう、お母さんは?」
「そう、ねえ。賢いところかしら。
私じゃ気付かないこととかを色々教えてくれたから」
仄かに頬を染めて、互いの好きな部分を語り合う二人。
そんな幸せな一ページを見せつけられて、自然と言葉が零れた。
「じゃあ私は、お母さんの気の強さとお父さんの賢さを受け継いでいるんだね」
「っ」
誰が息の飲む音。見れば、お母さんが何かを耐えるように顔をくしゃくしゃにしてーー
へ??? 泣いてる?
「な、何でもないのよ。昔を思い出しちゃって、ね。
少し席を外してもいいかしら?」
「う、うん……」
私の返事を待たずして居間を出て、洗面台の方へ行ってしまうお母さん。
……そんなにつらい過去だったのかな。まあでもそりゃそうか。駆け落ちするまでに嫌がらせとかもされたんだろうし。
「お父さんも行ってあげたら?
お母さんの辛さを分かるのはお父さんだけだから」
「そ、そうだね」
ソワソワと体を揺らしていたお父さんに声をかける。
早く追いかけたかったんだろう、お父さんがパッと立ち上がってーーあ、そうだ。
「ちょっと待ってお父さん」
「うん?」
振り返って不思議そうな顔をするお父さんに、私は本心を告げた。
「私、ここに生まれてよかったよ。
お父さんとお母さんも、ナキア村のみんなも大好きだから」
何故私が二度目の人生を送っているのかは分からない。
もしかしたら本来生まれるはずだった本当のカタリナ・フロムになり替わってしまったのかもしれない。
ただそれでも私はこの世界に生を受けて、二人の娘として生きてきて幸せだった。
例え怒られようとも愛されているのは凄く感じたし、今も信じてくれているからこそ配信とかも自由にやれてる。
前の家族はそんなんじゃなかった。もっと息苦しい場所だった、気がする。
だから知ってほしかったのだ、私の気持ちを。
二人が駆け落ちを選んでくれたから、今の私があるんだよと。
「そうか、そう言ってくれるのは親として本当にうれしいね。
まあ出来ればそれを態度に表してほしいところだけど」
「残念、それとこれとは話です」
泣きそうな笑みで、そんな冗談を飛ばしてくるお父さん。
私もそれに冗談で返して、ふいと視線を外した。やっぱり恥ずかしいなあ、こういうのは。
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