第十四話 カタリナの戦略
モーーーーッ
「な、何て力なのにゃっ」
「くう、馬のくせになかなかやるチューっ」
シルビオの手によって数十体のウマサケが打ち上げられた川辺。
そこは既にナキア村の住人と体高2mはありそうな巨大な馬が入り乱れる戦場へと姿を変えていた。
さりとて住人達の中でウマサケに対抗できているのは稀。体を抑えようにも簡単に振り切られ、ほとんどの攻撃は奴らの強靭な肉体に跳ね返される状態だった。
【ウマサケ普通に強いのかw】
【何か大きな大人に小さい子供がじゃれついてるみたいで癒されるなあ】
【いや普通に痛そうなんだけど!?】
「あ、それは大丈夫です。
常者のみんなは回復が早いので、どんな怪我や病気でもすぐに治りますから」
【ほっ】
【よかったよかった】
【これは動物愛護団体もニッコリ】
【ニッコリ、、なのかなあ?】
私の言葉に安心した様子を見せるコメント欄。
私も最初は驚いたなあ。みんな凄い簡単に危険なことするから。
とまあそれはともかく、常者の中で目立つのは身体的に恵まれた種族だ。
「ぎゃはっ。よいねえ、力比べってわけかっ」
「今度は負けませんゾウっ」
先日の相撲では勝負が付かなかった巨人族のララットさんとゾウ族のファンティアさんの二人が、競うあうように二体のウマサケと肉弾戦を繰り広げたりーー
「かっか、そんなもんか、ウマサケ?
もっと我を楽しませてみよっ」
鬼狐族のマハタ様が巨悪な笑みで、ウマサケ相手に無双したりしていた。強烈なパンチで一体を吹き飛ばした次の瞬間には別のウマサケ(しかも既に倒れ伏してる)の上に乗っているという感じで、もはや私には何が起こっているのか理解不能だった。
【何か三人とも楽しそうやなあ】
【マハタ様まさかの戦闘狂キャラかw】
【何かマハタ様だけ世界観違わない?】
マハタ様の多分意外な一面に賑わいを見せるコメント欄。
因みに主催者側のはずのマハタ様がこうしてみんなと混じって遊ぶのはいつもの事である。
戦闘が好きっていうより、お祭りごとが好きだからなあ。
そしてさっきから草陰に隠れる私が何をしているのかと言えばーーそう、ウマサケを掠め取る機会をじっと待っているのだ。ウマサケの所有権はその命を奪った人間に与えられる、つまり私は最後の止めをさえ刺せればいい。
他人に戦闘を押し付けて自分はその恩恵だけ受ける、完全なる漁夫の利作戦である。
……し、仕方ないじゃん。人間とほぼ変わらない戦闘能力の私が常者のみんなと一緒に戦ったら本当に死んじゃうし。
かっこいいところを見せようとしたら
今の狙いは、目の前で一体のウマサケと格闘する残念姉妹だった。
「お姉さま、次はお願いしますっ」
「分かったわ。任せて」
ウマサケの周りに強固な結界を張って、その動きを封じる二人。片方が結界を張っている間はもう片方が休み、結界の耐久が切れてきた頃に役割を交換する、といった感じで頑張ってるものの、互いに決定打を与えられずにいた。
このままいけばどこかで結界を切って止めを刺す必要があるはずだ。つまり、その時が私の好機。
ただ問題はーー
「……シルビオは何でこんなところにいるんですか?」
隣でにやにやと笑うシルビオに小さな声で問いかける。
この騒動を引き起こした張本人たるシルビオは、あの後何故かウマサケと戦おうとせずただただ私の後ろをついてくる完全なるストーカーと化していた。
狩人の術を使えば簡単にウマサケを倒せるであろうに、だ。
【そりゃあ、あれだろ。恋さ】
目に入る一つのコメント。流石にそれはないと思うけどなあ。
というか私が嫌だし。
「親父に今年はウマサケを譲ってあげるよう言われてるんだよ。
それにカタリナの近くにいたら面白いものが見れそうだしな」
「なんだ、嫌みですか。しっし。帰ってくださいっ」
「辛辣だなあ。去年もちゃんと配ってあげたじゃねえか」
「一部だけ、でしょう?
私はウマサケのレバーを食べたいんですよっ」
ほっとを胸をなでおろして、シルビオを睨む。
コツを見つけたとか言って(多分さっき見せたあれ)、去年三十三体ものウマサケを捕まえてみせたシルビオ。
確かにその後おすそ分けという形で結構な量が私達にも配られたけど、それはあくまで一部の話。「一番おいしい」と謳われる希少部位のレバーのほとんどはシルビオたちが持っていってしまったのだ。
そのせいで仁義なきじゃんけん大会が始まり、最初に負けた私はついに一口も食べる事すら叶わなかった。しかも私と同じで一度もレバーを食べたことがなかったお母さんは、ちゃっかり最後まで生き残って一人で味わっちゃったし。これで我が家のレバー童貞は私とお父さんだけ。
今度こそ私がウマサケを倒して、お父さんにおいしいレバーを食べさせてあげるんだっ(建前)。
……そういえばあの時お母さんの微妙そうな表情は何だったんだろう?
あまりのおいしさに表情筋がバグったのかな?
「あー、それな。実はーー」
「ちょっと、そこの
見てるだけじゃないで私たちを助けてくださいよ」
シルビオが何かを言おうとした瞬間、サーニャが「お似合い」の部分を強調してそんな提案をしてくる。
ばれちゃあ、仕方ないか。
「そうですね。
私にレバーをくれるなら手伝ってあげないこともないですよ?」
「何言ってるのよ?
ここまで頑張ったのは私達なんだからレバーは私のものよ」
「い、いいでしょう。それじゃあ6:2:2でどうですか?
勿論タニア達が6です」
「駄目よ。8:1:1、それ以上は譲れないわ」
「さ、流石にそれはーー」
「あ、俺はレバーはいらないから好きに分けてくれよ。
その分他の部位は多く貰ってもいいか?」
「私は、構いませんよ」
シルビオの提案に、タニアとサーニャ、私の三人で頷きあう。
流石は性格イケメン、良いところあるじゃん。
「ってことは8:2ですか。
わかりました。それで手を打ちましょう」
私の提案に、当然とでも言うように眉を上げるサーニャ。よかった、これで何も得られないっていう最悪の状況を避けられそうだ。
とまあ、こんな感じで私たちは共同戦線を張ることになってーー
「はいよっ」
【ワンパンじゃんww】
【つえええええ】
【黒い柱による攻撃……某忍者漫画の敵さんかな?】
【??「痛みを知れ」】
一撃でウマサケを倒したシルビオに全てを持っていかれたのだった。
……私も早く成人になりたいなあ。
「それでは、釣り大会終了を祝して、乾杯なのじゃっ」
数多の提灯が瞬く大衆広場。その真ん中でマハタ様が真っ赤な盃を掲げる。
同時にあちらこちらから陶器がぶつかる音が響き、わいわいと一気に騒がしくなる。
夜空の元、私達は閉会式という名の宴会を開いていた。
ベンチに座り、お酒と馬刺し片手に思い思いに語り合うみんな。お勤めの時間も終わったからお父さんたち大人組の姿もあるし、ナキア村のほぼ全員が集合していそうな感じだった。十体以上倒したマハタ様がそれをみんなに配ると言ったのも大きいのだろう。
そんな騒がしい広場をタブレットを持って歩いていく。
生配信は流石に長時間すぎるからやっていない。今は動画用の素材を取っているところだった。
やっぱりお酒を飲んでいるときの顔は良いなあ、とみんなの姿をパシャパシャりと写真や動画に収めていく。
肩を抱き合って健闘を称えあうララットさんとファンティアさん。口の中にとんでもない量を詰め込むタニアとそれを見て小さくため息をつくサーニャ。
その顔に後悔や恨みなんて昏い感情は浮かんでない。誰もが楽しそうに食事を楽しんでいた。
「おーい、カタリナちゃん、タニアちゃん、サーニャちゃん。
君たちの分が切れたよ~」
「今いきまーす」
素材も揃ってきたところで、私たちを呼ぶ声。急いでウマサケを切ってくれていた
「それじゃあどうぞ、これがウマサケのレバーだよ」
「あ、ありがとうございます。おお、これがですかっ」
どうやら私が一番乗りらしい。
ミミコロさんから赤黒い肉が乗せられた皿を受け取って、ようやく私もレバー処女卒業かあと感慨深い気持ちになりながら口に運ぶ。
ぱくり。
おお、こりこりとした食感に独特な苦みが絡み合って……独特な苦みが……苦みが……え、苦過ぎて他の味がしないよ? しかも妙に内臓臭い。
こ、こんなのが人気なの? 他の部位の方が千倍くらいおいしいんだけど?
そんな心情察したのか、ミミコロさんが私の耳に口を近づけこっそりと話し始めた。
「ははっ、どうだいカタリナちゃん。おいしくないだろ?」
「あ、ですよね。よかったです、私の味覚がおかしいわけじゃなくて。
でもそれならどうして……?」
「それがね、よく分からないんだよ。
昔の人はこれがおいしいと感じたのか、あるいは地球の話と混ざったのか。
ともかく僕らが生まれた時にはそんな噂が流れていて、カタリナちゃんみたいな被害者を沢山生み出してきた。
ただ面白いのが、その誰もが口を大きくしてまずいなんて言わないことなんだ。むしろ一番おいしいなんて言ったりする。
カタリナちゃんはどうしてだと思う?」
「どうして……?
ま、まさかーー」
ミミコロさんに、先のトレードを思い出す。
ーーあ、俺はレバーはいらないから好きに分けてくれよ。
その分他の部位は多く貰ってもいいか?
そう言って一番得した人間がいなかったっけ?
「シルビオぉ、よくも騙しやがりましたねっ」
くそ、これならレバーなんかにこだわらなかった方がよかったんじゃん。
……この恨みどこで晴らしてくれよう。
「あら、カタリナ。どうしたの? 変な顔して」
「カタリナが変な顔はいつもの事ですよ、お姉さま」
私のはらわたが煮えくり返る中、タニアとサーニャがやってくる。
二人を標的にする?
いや、今は手ぶらから無理だ。きっと二人ともすぐに食べて真実を知ってしまう。
だったら、と私は満面な笑みを浮かべた。
「ええ、いつも頑張っている
「……偉いわね、カタリナ。見直したわ」
「お姉さまもーーいえ何でもありません」
と、3秒後には意味がひっくり返る言葉を残して、私は
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