第十二話 重大な任務



「……とうとうこの日が来たわね。

 カタリナ、今年こそいけるわよね?」


 朝の食卓にて、真剣な表情で聞いてくるお母さん。

 私もそれにこたえるよう、ぴしりと敬礼をしてみせた。


「ええ、お母様。必ずや私めが成果を上げて見せまする。

 例えこの身が朽ち果てることになろうとも、崇高なる目的のためならば惜しくはありません」


「お父さん、今の言葉は流石に看過できないんだけど……? 

 おーい? 聞こえてる……?」


 気分は、人類の生存をかけた最終作戦のメンバーに選ばれた少女。

 お父さんが何か言ってる気がするけど、無視無視。流石の私も本気で言ってるわけじゃないしね。


「よろしい。ではオペレーション・イーグル。発動よ」


「はっ!」


 お母さんの指示のもと、私は意気揚々とその大会に挑み――







「ぜんぜんっ、釣れませんねえ……」


【さっきからアタリ一つないなあ……】

【本当に上ってきてるの、これ?】


 釣り糸がただただ流されていくのをぼーと眺めていた。


 場所はナキア村から1kmほど離れたナナトの森(ナキア村の周りに広がる森のこと)の中、そこを南から東に流れるナキアナ川のほとり。

 河口から数キロしか離れていないのにもかかわらず大きな岩がごろごろと転がり、まるで渓流のような光景が広がるその場所で、私は一人釣り糸を垂らしていた。


 事の始まりはそう、村長たるマハタ様の口により語られた”それ”の襲来と釣り大会開催の告知だった。

 海洋で成育し、産卵のためにナキアナ川を上ってくる”それ”を捕らえるため、毎年この時期はナキア村の住人総出で釣りをするのが恒例になっているのだ。しかも争いごとが好きな彼らの要望で、大会という形で。


 さっき村の広場で行われた開催式なんかは本当に凄かった。

 「互いに正々堂々戦うように」というマハタ様の掛け声の元、「今年こそは俺が釣り上げてやる」とか「は、お前にゃ無理だよ」とか煽りあって、各々思い思いの場所へと散っていく。視線の間には確かにバチバチと火花が散っていた。

 

 最もそれは私も同じこと。今年こそは釣りあげてみせるという熱い思いに突き動かされていた。

 リスナーの前ということもあるし、何よりーーめちゃくちゃおいしいから。


 私が釣り上げて、一番おいしいあの部位を必ず手に入れてみせるっ。


「じゅるるーーは、いかんいかん」


 幸せな想像に思わず垂れてきた涎を袖で拭う。

 これ以上リスナーの評価を落とすわけにはいかない。ナキア村を訪れてから早三日。私じゃなくてあのモフモフを映せという声が大きくなってきたのだ。

 ここらへんで何とか名誉返上……あれ、名誉挽回だっけ? まあいいや、やればできることを見せなくては。


 因みに穢者が潜む可能性の高いこの森の中で私が自由に行動できているのは、三役(防人、守人、狩人)の大人たちが厳戒態勢を敷いているから。

 守人がここ一体に結界な結界を張り、防人と狩人がその中を頻繁に見回っている。それもこれも全ては子供たちに”それ”を釣り上げてもらうためである。


 ……お父さん連中まで虜にするとは、流石は海の王様。

 それでこそ私のライバルに相応しいっ、と決意新たに再びエサを川に投げ入れてーー






「……暇です。雑談配信でもしますか」


【飽きるのはっっや】

【まだ十分くらいしか経ってないじゃんww】

【即落ち二コマかな?】


 私の言葉に、非難轟々といった様子を見せるコメント欄。


 わ、分かってはいるんだけど、ここまで何もないのはなあ。単純作業の繰り返しとか私の一番苦手な分野なんだよね……。


 はあ、もう少し頑張るかあ。


【別の釣り方を試したりしないの? 

 渓流だと毛鉤けばりとかの方が釣れそうなイメージだけど】


「あー、村人のみんなは毛鉤でやってるみたいです。

 ただ私、毛鉤を飛ばすのが上手くできないんですよね」


 毛鉤ーー釣り針に動物の毛とかが付いた、虫に似せて作られた疑似餌。

 それを使って魚を釣るのが毛鉤釣りなんだけど、毛鉤はエサと違ってかなり軽いから、狙ったところに投げるのが本当に難しいのだ。私なんか何度後ろの木とかにひっかたことか。

 あんなものを涼しい顔で投げられるみんなは宇宙人だよ……いや本当に。


【まあ結構なコツが必要だからなあw】 

【そうなん? 普通にビュンビュン飛ばしてるから簡単だと思ってた】

【初心者は何時間も練習しないと釣りにならんよね】

【マジか……】

【じゃあ場所を変えたりとかは? 魚影も見えないし】


「あ、そうしましょうかね。

 因みに私に釣りの知識は全然ないので、そういうことはドシドシ教えてください」


【他人任せだなあ】

【正直もので大変宜しい】

【基本的に魚は流れがない場所いるから、あそこの大きな岩とかが狙い目かなあ】


「△△さん、了解ですっ」


 と、ラジコンよろしくリスナーの指示通りのスポットに移動して再開しようとしたところでーー


「まーた、変なことやってんのか、カタリナは」


 懐かしい声に呼び止められる。

 この声は、と嬉しさ半分不安半分くらいで振り向く。


「よっ、久しぶりだな」


【正統派イケメンキターーー!!!】

【十代後半くらい? いやあ、ちょっときつそうな感じがいいねえ】

【乙女ゲームから飛び出してきたんかってくらい整ってるなw】

【この気安い感じ 間違いなく遊び慣れていやがる(偏見)】

【見知らぬイケメンに快楽に落とされるカタリナちゃん……それはそれでアリやな】


 予想通りそこには最後の幼馴染、狩人のシルビオ・グラントが立っていた。

 しかも初めての男キャラの登場なのに、予想したような炎上の香りは一切ない。むしろ喜んでいるリスナーすらいそうだ。


 ……おかしい、私のガチ恋勢はどこへ?



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る