第五話 腹ペコ姉とメスガキ妹
「母さん、そっちはお願いっ」
「任されたわっ」
真っ赤に染まった夕暮れの空。
穢れを伴った流具が流れてくるその浜辺で、お父さんとお母さんが浄化の力を使って必死に祓っていた。
互いに声を掛け合い、一個たりとも漏らしはしないと強固な防衛網を張る二人。
その姿はまさに村の防衛者たる防人らしいと言えた。
ーーただ後ろから眺めているだけの私とは違って。
ほんと情けないなあ、と今更ながらため息が零れる。
防人見習いの私には、二人がやるような超長距離での浄化は不可能。万が一に備えて、ただこうして見ていることしかできなかった。
しかも本当に万が一がありうるから気を抜くわけにもいかないっていう……。
早く、幼馴染たちみたいに成人になりたいな。
その方が色々と自由がきくし、何よりーー二人に楽をさせてあげられるから。
さて、逢魔が時も終わって、穢れの流入がほぼなくなったころ。私はお父さんたちと一緒に浜辺を歩いていた。
目的は使える流具と動画的に”映え”そうな場所の探求。
「お、ここの角度なんかは良さそうですね」
夜空には薄く光る輪廻の歯車、地面には打ち上げられた流具の山。
これは良い映像になりそう、とタブレットを構えーー
「うわあ、お姉さま見てください。
相変わらず変なことやってますよ」
「こらっ、やめなさいサーニャ。
カタリナだって頑張って生きているのよ?」
「はーい、分かりました……ぷぷっ」
明らかにこちらを馬鹿にした声と、フォローになってないフォローをする相方の声が響く。
振り向けば、そこにいたのは綺麗な茶髪をたなびかせる二人の少女ーー私の幼馴染No.1とNo.2だ。
「うわ、出ましたね、残念姉妹。
久しぶりです、全然会いたくなかったです。特に妹の方」
「それは私のセリフですよ、カタリナ。
というかその言い方やめてください、不愉快です。
私はともかく、最強無敵のお姉さまが残念なわけないじゃないですか」
「……私はサーニャを残念だなんて思ったことはないわよ?
まあちょっと行きすぎな部分はあるけれど」
「さすがお姉さまですっ。
ーーほら、見ましたか? これが私のお姉さまです。カタリナとは頭も格も違うんですよっ」
自らの姉ーータニア・ロッテンに抱き着き、べーっと舌を出すサーニャ。
とまあこんな感じで、お姉さま愛にあふれるサーニャになぜか私は目の敵にされているのだ。しかもタニアの方も口ではやめなさいとか言いながら、満更でもなさそうに顔を綻ばせている。
タニアと会おうと思えばサーニャがついてくるし、その逆もまた然り。
似た者同士なのだ、この二人は。
顔は良いんだけどなあ。何というかこう、そそられないというか、踏み込んじゃいけないラインがあるような気がするんだよね。
まあともかく。
「それで、二人はどうしてここに?
私に会いに来るなんて結構珍しいですよね?」
穢れを浄化する防人を担う私達フロム家、穢れを結界で封じる
この三家は役職ごと別々の場所に住んでいて、そこまで多くの交流はないのだ。
私達が小さい頃にはお互いの家に預けることもあったけれど、私以外の全員が成人になった今では、多くて月に一回会うか会わないかくらいの関係になっていた。狩人のシルビオなんかはここ一年くらい姿を見てない。
今日は特にそんな話はなかった……と思うな、うん。
「あなたのお母様に誘われて、ご相伴に与ることにしたのよ。
久しぶりにカタリナに会いたかったからで、決してお母様のご飯に釣られたわけではないわ……じゅるり」
「はい、お姉さま。至高のお姉さまが食事なんかに釣られるはずがありません。
私たちはカタリナの馬鹿の顔を拝みに来ただけです、感謝することですね」
言葉に反して涎を垂らすタニアの口を、サーニャが急いで自らの服の袖で拭く。
尊敬するお姉さまのアホな部分を私に見せたくないのだろう。……そう、だよね? な、なんでサーニャは涎が付いた袖を見てうへへと気持ち悪い笑みを浮かべて、それを自らの口に持っていてーーあっ。
……うーん、ヨシ! 何も見なかった!
「じゃ、じゃあ目的は果たせましたし、もういいですかね。
後はどうぞ、お二人でお楽しみください」
「それは駄目っ。
……い、いえあの、あなたが拾ったそれに興味があってね、是非食事中に聞かせてほしいのよ」
「くっ。お姉さまをおちょくるとは万死に値しますっ。がるるっ」
タニアが私が持つタブレットを指さし、サーニャが獣のように唸る。
例えとっさに出た言葉でも興味を持ってくれるのは嬉しいなあ、と説明しようとしたところでーー気付く。
浜辺で佇む二人の、(見かけだけは)綺麗な姿に。
黒を基調にした落ち着いた着物に身を包み、茶色の髪を腰まで伸ばしたタニア。
その顔はきっと引き締められてはいるものの、まだ子供っぽさが抜けきってはいない故に小動物が威嚇しているような印象を抱かされる。
対して、白をベースに色鮮やかな花が華やぐ着物を着たサーニャ。
その顔に浮かぶ嗜虐的な表情に目を瞑れば、タニア譲りの整ったパーツと頭に付いた黒色のリボンカチューシャもあって、なかなか愛らしい感じだ。
ーーこれはいける。一部のリスナーの性癖にぶっ刺さるっ。
「ふっふっふ」
「うわあ……また変なことを考えてそうです」
「だ、大丈夫よ。サーニャだけは私が守るわ」
「お姉さまっ」
私をダシにイチャイチャし始める残念姉妹。
ふっ構わないさ、これもまた立派な営業になるからね(多分)。
攻略すべきは妹の方。私は満面の笑みを作って話しかけた。
「ねえ、サーニャ?
尊敬するお姉さまの美貌、全世界に知らしめてみたくありませんか?」
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