第7話

 龍馬、ルルン、ロロが音の正体を知るため酒場の外に出ていく。



 ズシーン。ズシーン。ズシーン。村の外から、大きな影が跳ねながらこっちに近づいて来ている。遠さと暗さで、それがなにかは判断できない。



「神よ、どうか私をお許しください」



 酒場の外に出てきた宿屋のオジサンが、両手を顔の前で合わせ祈る。宿屋の奥さん、ピエロメイクをした宿屋の娘も同じようにしている。



 ロロが周りを見回すと、他の村人たちも皆祈りを捧げている。戦う準備をするわけでもなく、逃げるわけでもなく、ただ祈る。その違和感に、『もしかするとこの村の人たちは、なにが来るのかを知っているのかもしれない』と、ロロは思った。



「やっぱり今日はハロウィンじゃねえのか? どいつもこいつも、面白い仮装してるじゃねえか」



 変なメイクをしているのは宿屋の娘だけではなかった。



 鼻毛と眉毛とヒゲがボーボーに伸びている女。顔面が真っ黒で、歯も炭で全て黒く塗られている女。血まみれで鶏の生肉をずっとくわえている女。



 他にも若い女は全員、異常な仮装をしている。だが不思議なことに、村の男全員と年老いた女や幼女は誰も仮装していない。



 ドーン。地揺れと地響を起こしていたが村の真ん中に着地した。村人の持つ松明の火で、その正体が明らかになる。



 汚れた茶色。水かきのついた手足。プクッと膨らんだ腹に、イボイボのついた背中。その姿は日本でもおなじみのイボガエルだ。ただし、立つと二階建ての家くらいの大きさがある。



「約束を果たしてもらいに来たゲコー」



 ガラガラ声で巨大イボガエルが喋る。



「さぁ、若い女を全員、オレ様の前に集め」


「――佐々森さーん!!」



 龍馬が叫びながら巨大イボガエルの腹を殴った。とてつもないパンチの風圧で、近くの松明の火が全て消え、なにも見えなくなる。



「ちょ、ちょっと勇者様。いきなりなにをしてるんですか〜!?」


「別に問題ないだろ。モンスターなんだから。さっさと倒した方がいいじゃねえかよ」


「まあ、そうなんですけど。でも村の人となにか約束してたみたいなので、せめて最後まで聞いてあげてもよかったんじゃないですか?」


「終わったことを後から言うなよ。まあ、次からはそうする……ときもあるかもな」



 村の奥から火のついた松明を持って来た村人が、消えた松明に火をつけて回る。



「なにが終わったことゲコか?」



 松明の火に照らされた巨大イボガエルは、金属の鎧さえ砕く龍馬の渾身の右ストレートを腹に受けたはずなのに、無傷で元の場所に立っている。



「ゲッゲッゲッ。驚いたゲコか? オレ様のヌルヌルの体液とブヨブヨな脂肪の体は、魔法も剣も打撃も全部効かないゲコ。オレ様は魔王様より、いや――――魔王より強いゲコー!」



 巨大イボガエルがふんぞり返りながら笑う。



「うるせえ! これならどうだ――佐々森さん、佐々森さん、佐々森さん、佐々森さん、佐々森さん、佐々森さん、佐々森さん、佐々森さん」



 龍馬は重装鎧のゴブリン戦で、巨大な岩を砕いた【佐々森さん百連撃】を繰り出した。が、ヌルヌルの体液でパンチが滑るうえに、ブヨブヨの脂肪で衝撃が分散してしまう。これではダメージが与えられない。



「お前うるさいゲコ」



 巨大イボガエルが口を開き、ウネウネ動く細長い舌で龍馬をグルグル巻きにし、ポイッと山の向こうへ放り投げた。



「龍馬さん!!」


「さて、邪魔者もいなくなったゲコから、そろそろ約束を果たしてもらうゲコよ〜。若い女たちは一列に並ぶゲコ」



 巨大イボガエルの言葉に従い、若い女たちが怯えながらも横一列に並ぶ。仮装のような酷いメイクをした若い女たちが。



「おい、そこのピンク髪の女! お前も早く並ぶゲコ。隣の小さい女はいいゲコ。オレ様はガキに興味ないゲコから」


「オイラは女じゃなくて、男です!」


「ちょ、ちょっとなんで私まで並ばされるんですか? どういうこと!?」



 女と間違われたことに怒るロロ。村の男たちに腕を掴まれ無理矢理、巨大イボガエルの前の列に並ばされるルルン。



「ゲコ? おいピンク髪の女、この村とオレ様の約束を知らないゲコか?」


「なんですか約束って?」


「いいゲコ。教えてやるゲコよ」



 巨大イボガエルの話はこうだった。去年の秋の終わり頃、巨大イボガエルは冬眠をするため大量の食料を求めていた。そしてこの村に来た巨大イボガエルは手当り次第に村中の食料を食っていった。



 このままでは冬を越す食べ物がなくなると危機感を抱いた村の男たちが話し合い、一つの提案を巨大イボガエルにした。



 それは『これ以上、村の物を食べるのをやめてもらえないだろうか、やめてもらえるなら代わりとして、アナタ様が冬眠から目覚めたとき、一番美しい女を毎年生け贄として差しあげるので』というものだった。デザートは取っておくタイプのイボガエルはその提案を承諾した。



 だが村人は巨大イボガエルに女を捧げるつもりなどなかった。これは時間を稼ぐ作戦だったのだ。巨大イボガエルが冬眠から目覚める春頃に、国から兵を派遣してもらって倒してもらおうという考えがあった。



 しかし魔王の国と何十年も戦争を続けているファーストレンデ王国が、こんな小さな村に兵を派遣する余裕はなく、村からの討伐依頼は断られた。冒険者ギルドにも依頼するが、危険度に比べ報酬金が低過ぎたせいで誰も受けてはくれなかった。そして、春にが来てしまったのだ。



 全てを理解したロロが宿屋のオジサンに詰め寄る。



「この村の女の人たちが醜いメイクをさせられているのは、巨大イボガエルに一番美しい女だと選ばれ、自分の娘が食べられないためですよね?」



 宿屋のオジサンが「そうだ」と、答える。苦しそうな表情で。



「そして、ルルンさんを美しいと褒め、いっぱいサービスしたのは、この村に長く滞在してもらって自分たちの娘の代わりに、生け贄として食べられてもらうためだったんですよね?」


「そうだ。もちろん酷いことをしているとは思った。だが……自分の娘があんなバケモノに食われるのを受け入れられる親なんていない。許してくれ」



 宿屋のオジサンは泣き崩れながら、ロロの体にすがりついた。小さなロロの体に。



「さて、食べる女を決めるゲコー」



 巨大イボガエルは舌舐めずりをしながら、一列に並んだ女たちの顔と体をジックリと見ながら品定めしていく。



「助けてくださ〜い! 絶対、絶対に私が選ばれるじゃないですか〜!!」


「こ、こら暴れるなっ!」



 ルルンが村の男に掴まれている腕を振りほどこうと暴れる。列にいる女たちのなかで唯一、仮装のようなメイクをしていないからだ。



 巨大イボガエルが列の女たちの品定めを終えた。そして腕を組み「う~ん」と、唸り続ける。



 目を瞑り頭を下げ「どうか神様、私じゃありませんように。私じゃありませんように」と、必死に祈る、導きの女神ルルン。



「…………なんか、どいつも微妙ゲコ」


「ガーン」



 選ばれなかった嬉しさよりも、生肉を咥えた女たちと美しさが同じレベルという評価をされたことに落ち込むルルン。


「まあ、コイツでいいゲコか」


「うわっ!」



 ルルンの体に巨大イボガエルの舌が巻きつき、グンッと引き寄せられ体が宙に浮く。



「うわ~ん、妥協で生け贄にされるのは嫌です〜。誰か助けてくださ〜い!!」



「――そこまでです!」



 ロロが腰の短剣を鞘から抜き、巨大イボガエルに刃の先を向けている。自分の体の十倍近い大きさの相手に。

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