第6話

 スカートを履いた九歳の男の娘、ロロを乗せた馬車は夕方の街道を爆進していく。もちろん龍馬が馬車を引いている。馬は荷台でルルンと景色を眺めている。



「りょ、龍馬さん、そろそろ休みましょうよ!」


「うるせえロロ、オレにそんなの必要ねえんだ!」



 バタンッ。ロロの提案を断った龍馬が、急に地面に倒れた。



「勇者様!!」


「龍馬さん!!」



 道に倒れた龍馬の頭上を、引手の居なくなった馬車が通過していく。「大丈夫ですか!?」と、ルルンとロロが心配し馬車を降り、立ち上がらない龍馬に向かって走る。



「大丈夫ですか、龍馬さん?」



 倒れたままの龍馬にロロが声をかける。龍馬が弱々しく手を伸ばし、ロロの手を掴んだ。



「…………は、腹減った」



 ぐううううぅ〜。凄まじい音が龍馬の腹から鳴る。



「まったく、勇者様は。だから休憩しましょうて言いいましたのに〜」


「ルルンさん、どうしますか?」


「二人で協力して馬車に乗せましょう。そして、お馬さんに馬車を引いてもらい、近くの村で今日は休むってのでどうですか〜?」


「それでいいと思います。ようやく普通の馬車の使い方ができますね」



 ルルンとロロと馬で、倒れた龍馬を荷台に押し込み、近くの村まで馬車で移動した。



 ◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯



「ようやく村に着きましたね」



 御者席のロロが空を見上げると夕日が沈み、夜の闇が空を塗り潰している。



「うう〜、ずっと馬車に乗ってたからお尻が痛いです〜」



 ルルンがお尻をさすりながら馬車の荷台から降り、宿屋のなかに入る。



「すいません、今日泊まれますか? 三人なんですが〜」



 ルルンに声をかけられた受付のオジサンが急に立ち上がってルルンの手を両手で掴んだ。



「美しい! なんて美しいお嬢さんなんだ!!」


「えっ、そうですか。まあ私は女神ですし、そうかもしれないですね〜」


「三人だったよね? もちろん泊まれるよ。お嬢さんがあまりにも美しいからお代はいらないよ。何日でも泊まってくれていいから」


「本当ですか! わ~い。じゃあすぐに二人を呼んで来ますね」



 スキップしながら鼻歌交じりに馬車に戻るルルン。



「泊まれそうですか?」


「もちろん! えへへ。私が美しいからタダでいいって言われましたよ〜」


「えっ、凄いですねルルンさん」


「ふふん。どうですか勇者様、これで私が美人なのが証明されましたよ〜」



 元々大きな胸を張って、誇らしそうな顔をしているルルン。だが龍馬は「めしー。めしー。佐々森さん。めしー。めしー」と、意識がない状態でうわ言のように呟き続けている。



「龍馬さんは、ちょっといまそれどころじゃないみたいですね。オイラもお腹減りましたし、早く皆でご飯食べましょう」


「そうですね〜」



 馬と馬車を宿屋の人に預け、ルルンとロロは龍馬を引きずりながら宿屋のなかに入る。宿屋の一階、酒場の長テーブルの席に龍馬を座らせた。



「さ~て、なにを食べましょうか。こっちの世界に来てから、ちゃんとした食事って初めてなのでワクワクしてます〜。お腹もペコペコですし」



 ルルンが龍馬の向かいに座る。するといきなり、山盛りの唐揚げと木のジョッキに入ったビールが、ルルンの目の前のテーブルに置かれた。



「えっ!? まだ私、なにも頼んでないですよ〜」


「これは美しいお嬢さんへの当宿からのサービスです。さぁ、冷めないうちにどうぞ」


「わ〜い、嬉しいです!」



 宿屋のオジサンからのサービスに浮かれるルルンがフォークを手に取り、唐揚げに刺そうとする。「ちょっと待ってください!!」と、ルルンの隣に座っているロロがそれを止める。



「なんで止めるんですか〜? もうお腹ペコペコですよ〜。お祈りなら食べた後でちゃんとしますから〜」


「いや、そうじゃないです。お祈りは先にするべきですけど。そういうことじゃないです」


「ならなんで止めるんですか〜?」


「なんかサービスが良すぎて怪しくないですか? 裏がある気がします」


「怪しくなんかないですよ〜。あっ! もしかしてロロちゃん、私だけ『美しい』って言われたことに妬いてるんですか〜。大丈夫、ロロちゃんも可愛いですよ〜」


「ち、違いますよ! それにオイラは可愛くなんかなくていいです。男ですから!」


「めしー。肉ー。佐々森さーん」


「あっ、勇者様!! 勝手に私の唐揚げ食べないでくださ〜い!」



 ルルンの対面に座る龍馬が、ルルンの唐揚げを素手で掴んでガツガツ食っている。



「大丈夫ですよ、美しいお嬢さん。できたての料理をどんどん持って来ますので。もちろんお代は要りません。全部サービスです」


「わ~い。これ肉汁たっぷりで美味しいですね! ――ぷはっ、ビールも疲れた体にわたります〜」



 唐揚げを口いっぱいに頬張ほおばり、それをビールで流し込む満面の笑みのルルン。お酒のCMが回ってきそうなほど、いい飲みっぷりだ。



「ロロちゃん、食べないんですか〜?」


「オイラはそんな怪しい料理は食べないです」


「残念です〜。こんなに美味しいのに〜」



 ムシャムシャ、パクパク。龍馬とルルンが出てきた料理を片っ端から食い尽くしていく。食べないという意思表示なのか、ロロは腕を組んで唇をキュッと閉じ、二人が食べるのをただ見ている。



 ギュルルルルルル〜。ロロの腹の音が酒場に響き渡る。



「ほら、ロロちゃんも我慢せずに食べたら。美味しいよ〜」



 湯気の立ちのぼる唐揚げをフォークに刺し、ルルンがロロの口元に近づける。



「オイラは絶対に食べません!」



 ロロが首を左右にブンブン振って拒否する。「分かった。じゃあ私が食べるね」と、ルルンが自分の口に唐揚げを入れようとする。すると「ああっ」と、ロロが苦しみと悲しみを含んだうめき声を出す。



「ロロちゃん食べる?」



 ルルンが再びロロの口元に唐揚げを近づける。が、ロロも再び首を左右に振る。「じゃあ、私が食べるね」と、ルルンが食べようとすると、また辛そうな顔でうめく。



「もう、そんな声出されたら私が食べれないですよ〜」


「だ、だって、美味しそうなんで」


「じゃあ、食べればいいじゃないですか〜」


「それはできないです。オイラはそんな怪しい物を食べたりはしな」


「――えいっ!」



 ルルンがロロの開いた口のなかに唐揚げを突っ込んだ。弾力がありながらも柔らかい食感。ジュワッと、口のなかに溢れる熱々の肉汁。噛めば噛むほど広がっていくショウガ、ニンニク、黒コショウの香り。



「お、美味しいっ!!」



 倒れんばかりの空腹からの、できたての唐揚げを食べる。このとてつもない幸福感で、ロロの目から自然と涙が落ちた。



「ね! 美味しいよね〜。他にもいっぱいありますよ〜。キノコとベーコンが浸るほどのオリーブオイルで煮たアヒージョ。三種のとろ~りチーズの乗せたポテトフライ。プリプリの身がギッシリと詰まった茹でガニ。全部、美味しいよ〜」


「本当ですね! 全部、全部美味しいです!!」



 空腹で食べる料理はどれも極上に感じられ、警戒心など消え去ったロロは食欲に身を任せ、飢えた獣のように眼前の料理をむさぼり食い続ける。



「ふぅ~、食ったぜ」



 真っ先に料理を食べ始めていた龍馬が満腹になり、って自分の膨らんだ腹をポンポン叩く。長テーブルの上には龍馬が食べた料理の皿が大量に積み上がり、山脈のようになっている。



「空いたお皿をお下げしますね」



 宿屋の娘が皿を取りに龍馬の隣にやって来た。十五歳の少女だ。



「ああ、頼む――えっ!?」



 龍馬の驚き声にルルンとロロが気づき、龍馬の視線の先に目を向ける。そして二人とも、「「えっ!?」」と、龍馬と同じように驚いた声が出た。



 小麦粉をまぶしたように白い顔。鼻の先と、唇からほほまで塗りたくられた口紅。目の辺りは濡れたすすを擦りつけたように黒く滲んでいる。まさに――――ピエロ。というメイクを宿屋の娘はしていた。




「なにか私の顔についていますか?」



 三人の視線を受けた宿屋の娘が、首をかしげて聞いてくる。ピエロのメイクをした顔で。 



「いやいやいやいや、なにもついてないですよ〜」


「そうです、そうですよ。ね、龍馬さん」


「なんだ、今日はハロウィンでもあるのか?」


「勇者様!!」


「龍馬さん!!」



 ルルンとロロが怒ったように龍馬を呼んだ。そして二人が走って龍馬の元に向かい、耳打ちする。



「勇者様、あれがこの地方の伝統メイクかもしれないので、バカにしたような発言はしないでください〜」


「そうですよ、龍馬さん。どんなメイクをしてもそれは個人の自由なんですから、オイラたちが口出しするべきではないです」


「なんだよ、オレのなにがダメだって言うんだよ。あんなメイクしてるから、ハロウィンでもやってんのかって気になったから聞いただけだろ!」


「ちょ、勇者様! 声が大きい!!」


「龍馬さん! 宿屋の娘さんに聞こえますよ!!」



 二人が無遠慮な発言をする龍馬の口を手で塞ごうとしたとき――――ズシーン。ズシーン。と、重いなにかが村の遠くから近づいてくる音が、地揺れと一緒にする。



 宿屋のオジサンが「いよいよ、来たか」と、暗い顔で呟いたのを龍馬だけは見ていた。

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