第5話

「勇者様、そろそろ休憩しませんか?」


「うるせえ! オレにそんなの必要ねえ!!」



 重装鎧のゴブリンとの激闘の後。龍馬は土煙を上げながら夜通し馬車を爆速で引き続け、気づけば昼になっている。



「ところで、まだ魔王の城に着かないのか?」


「何言ってるんですか勇者様。魔王の城なんかに向かってないですよ」


「はぁ!?」



 ギャギャギャギャギャギャギャー。龍馬が足で地面に踏ん張って急ブレーキをかけた。龍馬が馬車を止めたのはこれが初めてだ。



「おい、魔王の城に向かってねえってどういうことだ」


「どうもこうもないです。いきなり魔王の城に行っても返り討ちに合うだけですよ」


「なんだと。そんなのやってみなきゃ分かんねえだろ!」


「無理ですよ。魔王一体ですら国を一つ壊滅させるほど強いと伝えられていますし、魔王の城の城下町には数万のモンスターが暮らしているんですよ。それらをたった一人で相手して勝てると思いますか?」


「うっ! …………それはさすがに。じゃあ、どうするんだよ。諦めて指でもくわえてろってのか?」


「それを考えた昔の賢い人たちが一つの答えを出しました。それはこの世界にある八つの国が同盟を結び、十数万の大連合軍として魔王の城に攻めるという計画です」


「おお。なんだよ、いい計画があるじゃねえかよ」


「ただ問題がありまして。大連合軍として魔王の城を攻めるためには、それぞれの国が魔王の城の道中にある都市を攻略する必要があるんですよ。でないと八つの国が同時に魔王の城に攻め込めませんから」



 ルルンが荷台から降り、龍馬に地図を見せる。この世界は巨大な一つの島だ。島の中心に広大な魔王の国と城があり、他の国は魔王の国の外の八方向に存在している。イメージとしてはダーツの的が近い。



「その魔王の国の都市ってのはいくつぐらいあるんだ?」


「八つです。それぞれの国が魔王の城に進行するルートに一都市づつあります。魔王が人間側の進行を阻むためにつくったらしいですよ」


「ふ〜ん。で、人間側がいま落としているのは何都市なんだ?」


「零です。数十年かかってまだ一つも落とせていないそうですよ」


「なんだよそれ! もっと頑張れよ人間」


「それができないから、勇者様が崇められているんですよ。勇者様ならできると皆が信じていますから」


「まあ、オレがやるしかねえよな。佐々森さんに会うためにパッと全部の都市を落として、魔王が震え上がるほどの大人数で魔王の城を攻めてやるぜ」


「その意気ですよ勇者様」


「で、魔王の城に向かってねえなら、いまはどこに向かってるんだ?」


「いま向かっているのは、この国と魔王の国の国境にある前線の砦ですね。この国のほとんどの兵士の方がそこで戦ってますよ。都市攻略の足がかりを作るために」


「じゃあその国境の砦までは、あとどれくらいなんだ?」


「えっとですね、それがもう着いているはずなんですよね……」



 ルルンが地図と景色を見比べるが、ここがどこか分からないようだ。



「おい、どうするんだよ。いいや、オレがあの子に聞いてくる」



 龍馬がすれ違って通り過ぎていく薄茶色のミニスカートを履いた短い金髪でくせっ毛で、日本だと小学三年生くらいの女の子に声をかける。



「なぁ、ちょっと教えて欲しいんだけどさ、ここから国境の砦までどれくらいの距離か分かるか?」


「えっ、国境の砦ですか。ここからだと、千キロくらいだと思います」


「「千キロ!?」」



 龍馬とルルンが驚いて声を上げた。



「おい、どういうことだよルルン。もう着いてるような頃じゃなかったのかよ!」


「そ、そのはずなんですけど。まさか通り過ぎてしまったとか」


「あの…………国境の城を目指すなら反対方向ですよ」


「「は?」」



 女の子が指さしたのは龍馬たちが通ってきた方向だ。その言葉にルルンがもう一度地図を見る。



「あっ、すみません…………地図が逆さまでしまた。すみません」


「おい! お前なんの女神だったっけ?」


「………………み、導きの女神です」



 ルルンが消えそうなほど弱々しく小さい声で答える。半泣きで。



「あ、あの、あんまり責めないであげてください。この地図が分かりにく……くはなさそうですね。でも、あんまり責めないであげてください」


「うう〜。優しい言葉をありがとうございます」



 ルルンが自分をかばってくれた女の子をギュッと抱きしめる。



「えっ、ちょっと照れるのでやめください」



 女の子はクリッとした目が特徴的な可愛らしい顔を真っ赤にしている。



「おい、ルルン置いていくぞ」



 馬車の方向転換を終えた龍馬がルルンに声をかける。



「あっ、待ってください勇者様! あの、もしよかったら馬車に乗っていきませんか? 私たちと同じ方向にいくんですよね」


「えっ、いや、そんなの悪いですよ」


「そんなことないですよ〜。アナタが逆方向だと教えてくれたお礼をさせてください。いいですよね勇者様?」


「いいから乗ってけよ。待ってる時間の方がもったいねえ」


「分かりました。じゃあ、お願いします」



 女の子を荷台に乗せ、馬車が進み出す。引いているのはもちろん勇者の龍馬だ。



「ところでアナタはどこまで行く予定なんですか?」



 ルルンが、荷台の端で肩を縮こませて座っている女の子に聞く。



「あっ、えっと、お二人と同じく国境の砦です」


「えっ、国境の砦!? なんでアナタみたいな子がそんな場所に行くんですか?」


「オイラ、志願兵になろうと思っているんです。魔王に苦しめられている人たちを救いたくて」



 とてもこんな華奢きゃしゃな体の女の子が兵士として雇われるとはルルンには思えなかった。だが、そんなことより気になったことがある。



「オイラ? 女の子が使うにはあまり相応しくない一人称ですよ。『私』とか、もしくは自分の名前を一人称にした方が可愛さが増していいと思いますよ〜」


「えっ、いや…………オイラは男ですよ」


「は?」



 ルルンの思考が停止する。元から賢い頭脳でないうえに、予想外過ぎる返答に頭の処理が追いつかずフリーズしてしまった。



「いやいやいやいやいや、こんなに可愛い子が男だなんて、ありえないですよ〜」


「いやでもオイラは本当に男なんです」


「いやいや、だってスカート履いてるじゃないですか」



 女の子(?)は白いシャツに薄茶色のミニスカートを履いている。



「オイラの村では男もスカートを履くんです。それに、この服は村を出るときに村の皆からもらったんで着てるんです」


「え〜と、いや、だって、その、あの、えと」



 グルグル頭が混乱しているルルン。頭が混乱し過ぎて「えいっ!」と、思いきって女の子(?)の股に手を置いた。



 グニャリ。スカート越しだが柔らかな『』か、がそこにある感触が手に伝わってくる。



「えっ、あっ、ついてる!? ゆ、ゆ、勇者様! この子、女の子なのにオ◯ン◯ンがついてますよ!! どういうことですか!?」


「どういうことって、男ってことだろ」



 馬車を引きながら龍馬が答える。



「ええー、こんなに可愛いのにですか。信じられないです。この子にオ◯ン◯ンがついてるなんて。どう見てもオ◯ン◯ンがついてる顔してないじゃないですか。それなのにオ◯ン◯ンがついてるなんて」


「オ◯ン◯ン、オ◯ン◯ン、うるせえよ! ついてるものは、ついてるんだから、ついてるってことだろ」


「まあ、そうですよね。信じられないですけど」



 ルルンが「あっ、そういえば」と、思い出して自分の手をパンッと叩いた。



「まだ自己紹介してなかったですね。私は導きの女神ルルン。馬車を引いているのが勇者の織田龍馬様です」


「えっ、あっ、オイラは【ロロ・ラナエル】です。あの、なんで勇者様が馬車を引いてるんですか? それに、馬車の荷台で馬が寝てるのも謎なんですが……」


「それは気にしないでください。気にしたら負けです。ははははは」


「そ、そうですか。ははははは」



 苦笑いで誤魔化すルルン。ロロも察したように愛想笑いで流した。



 とてつもない対魔物能力を秘めた少年を新しくパーティに加えたルルンと龍馬は、国境の砦を目指して進んでいく。爆速で。

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