第3話
国王カーネルにもらった馬車に乗って、龍馬とルルンは夜の街道を進んでいく。
馬車の
学生服の上に軽装鎧を装備するというのは、現代日本の学生服がこの異世界の服より布地が優れている、ということに気づいたハインツのアイディアだ。
「ちょっと勇者様! 勇者様〜!!」
馬車の荷台に座っているルルンが悲鳴のような声で龍馬を呼ぶ。
「なんだ、ルルン?」
「なんだ、じゃないですよ! 飛ばし過ぎ、飛ばし過ぎです〜!!」
龍馬が操縦する馬車は、とてつもない猛スピードで夜の闇のなかの街道を爆走している。
「オレはさっさと魔王を倒して佐々森さんに会いたいんだ。一秒でも早くな」
「だからって飛ばし過ぎですよ〜」
龍馬は瞬きする間もないくらいムチをピシャリピシャリと素早く何度も馬に打ち続ける。そのせいで馬車を引く馬は泡を吹きながら走っている。
「勇者様、もう無理です。休ませないとお馬さんが死んじゃいます〜!」
バタンッ。馬が夜の街道の真ん中で倒れた。ゼエゼエと荒い息を吐きながら、激しく胸が上下している。
「ほら、だから言ったじゃないですか〜」
「おい、こんなところで寝るな。オレが佐々森さんに会えるまで走り続けろ」
「朝まで休ませないと動けないですよ、勇者様〜。いくら国王様からもらった名馬でも、あんな速度で数時間も走り続けたんですから」
「じゃあいい、オレ一人で行ってくる」
「はっ?」
言葉を口から発した瞬間、龍馬は放たれた矢のように御者席から飛んでいった。夜の街道の闇へ向かって。
「えっ、ウソですよね勇者様? 勇者様〜!?」
暗い夜の街道に、倒れた馬とルルンがポツンと置いて行かれた。
「ど、どうしましょうか〜?」
ルルンに困り顔で聞かれた馬が「ブルルルルン?」と、同じく困り顔で鳴き返した。『僕に聞かれましても』そういう気持ちだろう。
ジャリ、ジャリ。馬車の先の闇から足音がする。
「勇者様〜! 戻ってきてくれたんですね!!」
馬車の前に現れたのは龍馬ではなかった。緑色の肌のゴブリンの群れである。
ゴブリンたちの大きさは様々で、小学生くらいのヤツが三体。中学生くらいのが一体。そして一体だけ、力士のように大きく肉付が良くて全身を重装鎧で
ゴブリンたちが手に持っている血で錆びた剣を見れば、友達になりきたわけじゃないってことはアホなルルンでも分かった。
「ギギギ。女だ! 女だ!」
「ギギ。しかも、とびっきりの美少女だぜ〜!」
「えっ、美少女!! そんなこと言われると照れるじゃないですか〜。嬉しいですけど」
ニヤニヤしながら頭を
「ギギギギギ。こっちも嬉しいぜ、お前のような美しい少女は高く売れるからな」
「えっ? …………ひぃ〜! や、やめてください!! 私なんか美少女じゃないです。売れませんよ私なんか〜」
ゴブリンたちが馬車の荷台にいるルルンを床に押し倒す。
「ギギギギ。おいおい、そんなに自分を卑下するなよ。お前はかなり良いね値がつくぞ。美人で胸が大きく、肌もキレイだからな」
「えっ、本当ですか!? ――――って、喜んでる場合じゃなかった! 誰か、誰か助けてくださ〜い!!」
「ギギ。助けを呼んだってムダだぞ。こんな夜の街道を通るヤツなんかいるわけないからな」
「ギィ。売っぱらう前に味見しておこうぜ」
「ギシシ。そうだな、そうだな」
「きゃ〜! いやぁ〜!!」
荷台の床に押し倒されたまま両手両足をゴブリンたちに掴まれ、服を脱がされるルルン。
「やだっ。やだよ、助けて――――勇者様!!」
ルルンが叫びながら荷台の外の空の方へ手を伸ばす。届くはずのない空へ。
ダッダッダッダッダンッ! 夜の街道から馬車に向かって走ってくる男の足が、地面を強く蹴って跳んだ。
荷台に押し倒されているルルンから見れば月を背負っているように現れたその男は、出ていったはずの龍馬だった。
龍馬は馬車の荷台のなかに跳びこんで来たまま空中で、ルルンにいやらしいことをしようとしていた金兜のコブリンの後頭部を殴った。
「ギギギギャガァ!!」
殴られた金兜のゴブリンの頭は衝撃で右回りに一回転半して、首がねじ切れそうになっている。
「勇者様! 来てくれたんですね!?」
「大丈夫か?」
「大丈夫じゃないです! おっぱい見られちゃいましたよ。うわ~ん」
龍馬にすがりついて泣くルルン。
ゴブリンたちはリーダーが突然やられたことで、慌てながら荷台の外に飛び出していった。だがすぐに態勢を整え、馬車の正面で荷台にいる龍馬たちに武器を構えている。
「ところでルルン、オレの異常な力について聞きたいんだが。なんであのゴブリンの首はネジみたいに回ったんだ? どう考えても人間の腕力じゃ不可能だろ」
「それはですね、え〜と、あっ! 言い忘れてました。あの旅立ちの扉を通って転生した人には、神々から転生の特典としてチート能力っていう、人の領域を超えた力がもらえるんですよ〜」
「そんな大事なことは最初に言えよ!」
「すみません、すみません。でも説明する前に、勇者様が旅立ちの扉を通っちゃいますし、こっちの世界に来た直後に死罪になりかけて、それどころじゃなくて忘れていたんです〜」
「う~ん、それなら仕方ないか」
龍馬は自分にも責があると思い、これ以上きつくは口にできないと思った。というか、全て龍馬が悪いんだが。
「で、オレのチート能力ってなんだ。怪力か?」
「近いけど違います。勇者様のチート能力は【ラブパワー】人を愛する気持ちが強ければ強いほど、力が上がる能力ですよ〜」
「ラブパワーだと…………ダサっ、センスないなお前」
「私が決めた名前じゃないです! …………私の案は却下されましたから〜」
ルルンがボソリと呟いた。
「まあ、つまりオレの能力は佐々森さんへの愛が大きれば大きいほど、とんでもない力が出るってことだな」
「そうです。別に佐々森さん限定ってわけではないですけど。でも勇者様の佐々森さんへの愛なら、普通の人の十倍から百倍以上のパワーが出る可能性がありますよ〜」
「よしっ、全てを理解したぜ。じゃあ佐々森さんに早く会うために、コイツらをとっととぶっ倒すか」
荷台から龍馬が飛び出し、馬車の正面にいた一番小さいゴブリンの顔に飛び
「「ギギッ!」」
着地した龍馬の左右から、剣を構えた小学生くらいのゴブリンが突撃してくる。
龍馬は挟み撃ちしてきた左右のゴブリンの剣をガントレットで両方掴んだ。そのまま両手を高く掲げる。ゴブリンたちは剣を握ったままなため、宙づりになっている。
その状態で龍馬は右手と左手で掴んでいる剣を力任せに振り下ろす。剣を握ったままの二体のゴブリンは遠心力も加わり、凄まじい衝撃で地面に激突してめり込んだ。当然ながら生きてはいない。
「ギギギィー!」
残り一体となった全身重装鎧の力士みたいなゴブリンは、龍馬に背中を向けて闇のなかへ逃げていった。
「終わったぞ」
龍馬がルルンのいる馬車の荷台に入る。
「ひいいいいっ〜!」
ルルンが近づいてきた龍馬に怯える。体がガタガタと小刻みに震えるほど。
「どうしたんだよ」
「い、いえ、あの、戦い方が怖ろしくて。剣は使わないんですか〜?」
「剣なんか使えるわけないだろ。昨日まで普通の高校生だったんだぞ。それにプロレスとか格闘技が好きでDVD見てたから、戦うっていうと頭にこういう戦い方のイメージが浮かんでくるんだよ」
「勇者というより、モンスターに近い戦闘でしたよ。でも、戻って来てくれて嬉しかったです。やっぱり置いてきた私のことが心配になったんですよね〜?」
と、ルルンが口にしたとき、ちょうど龍馬が御者席に置かれている金貨の入った袋を手に取ろうとしているところだった。「え?」という言葉が龍馬の口から漏れる。
「…………まさか勇者様、戻って来たのは私のことが心配になったからじゃなくて、お金を忘れたから取りに来ただけなんですか〜!?」
「どんな理由でもいいだろ。ちゃんと戻って来てお前を助けたんだから」
「いいえ、よくないですよ〜! もし、お金を忘れてなかったら戻って来てなかったんですよね。勇者様が戻って来なかったら私は酷いことされてたんですよ〜」
ルルンが龍馬の耳元でギャンギャン喚き立てる。さっきまで龍馬の戦い方に怖れ、怯えていたというのに。もうそんなことは頭から出ていっているのであろう。
「おい、静かに! なんか音がするぞ」
「そんなことで誤魔化そうとしても、許しませんよ〜」
「本当だ! ちょっと黙ってくれ」
龍馬が静かにしないルルンの口を強引に手で塞ぐ。「む、むぐ〜!」と、騒ぐルルンだが、荷台の外からズシン、ズシンと地を震わせる音が聞こえてくると口を閉じた。
「ちょっと見てくる」
荷台から飛び出した龍馬の先に、重装鎧のゴブリンが再び現れた。馬車の荷台と同じくらいの大きさの、巨大な岩を抱えた重装鎧のゴブリンが。
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