鳴葉の決断

 白良と出会った翌朝。

さんにんの子どもたちが、起き抜けの琉汀を取り囲んでいた。


 日が顔を出し始めた頃、陽炎と止柊が子どもを抱えて現れた。後に続いた白良の腕には、少しだけ懐かしい子ども、希桜がいた。

 飛び起きた鳴葉とは異なり、来訪を予測していたらしい琉汀は静かに、そして不機嫌を隠しもせず彼らを出迎えた。陽炎は「子を頼む」と言って、琉汀に子どもたちを預けた。彼女の返事も待たず、夫婦が鳴葉を囲んで――今に至る。


「どうじゃ止柊。鳴葉の具合は」


 触診と称し、止柊は鳴葉を後ろから抱えて体のあちこちをまさぐる。真横に座る陽炎は、鳴葉の顔や首をしきりに撫でていた。


「表面の傷はほとんど塞がっているね。一つ大きいものがあるけれど、これもじきに完治するさ。ただ、痩せたね。可哀想に。これから徐々に体を戻していこう。僕らも支えるからね。というわけで、鳴葉の体が元に戻るまで狩りはお預けだよ」


 横目で促す止柊に、陽炎は力強く頷いた。


「わかっておる。治りかけは何が起こるかもわからぬ。大事にせんとな。それにしてもじゃ。傷を負ったまま川に落ちたのであろ……、そのまま死んでしまわんで、ほんに良かった」


 陽炎は鳴葉の手をすくうと、手のひらで包んで上下に揺らす。

 正面にいる希桜は白良に抱えられており、「まだ?」としきりに尋ねては、白良に「まだ」と制されるのを繰り返している。


 白良はじたばたする希桜の両足を片手で掴み、動かせなくさせてから言った。


「あの後、鳴葉が戻って来たのを知らせに行ったんだ。二人には黙ってらんなくてさ。そうしたら鳴葉のとこに連れてけって、すごい形相で詰め寄られたよ」

「当然であろ」

「ただ、日が落ちたあとだったし、チビたちもぐずってたし。鳴葉も移動して疲れてるだろうしってことで。こうして朝早くから来ちゃったわけ。寝てたのにごめんなー」


 白良は希桜を吊り橋のように持ち上げると、「これはその途中で拾った」と目を三日月にする。


「謝らないでください。僕のほうこそ、すぐに会いに行けなくてごめんなさい」


 鳴葉の頬を止柊の手が包む。


「いいんだよ。こうして無事に戻って来てくれただけで、本当に嬉しい」

「止柊様……。全部、琉汀のおかげです」


 その琉汀はといえば、背中に乗ろうとする子ども達をゆすって次々に落としていた。はしゃぎ声が響く。鳴葉も彼女と同じように、ああして弟妹と遊んでいたものだ。


「陽炎様」


 鳴葉が呼ぶと、陽炎は首を傾げた。

 鳴葉は言葉を出すのに、ほんの少し時を要した。


「縄張り争いはどうなりましたか?」


 命は時をかけて生み出されるのに、椿のようにあっけなく散りもする。鳴葉も花を落としかけた身だ。家族の状況を聞くには勇気がいった。

 陽炎は鳴葉の手を握って答えた。


「実落がやるべきことをなし、争いは収束しておる。みな無事じゃ。だから安心して、ゆるりと傷を癒すがよい」


 長く気にかかっていた家族の安否を陽炎の口から聞くことができ、鳴葉の眉ひげが垂れた。


「止柊、もうよいか?」

「うん」


 止柊に持ち上げられた鳴葉は、陽炎の手に移る。彼女は鳴葉を力いっぱい抱きしめて、しかし、力こそ緩めないものの、表情は渋柿をかじったように歪んでいった。


「におう……。におうぞ。どこぞの雌のにおいじゃ。毛の根本までこびりついておるではないか」


 その「どこぞの雌」は、子どもを横腹に乗せてだらけきっている。


「どれ、われのにおいをつけてやる。きさまはわれの狼じゃ。その権利はあろう」

「あー! だっこいいなあ!」

「待て待て、鳴葉の次じゃ」


 いち早く気づいた子を筆頭に、陽炎の足元へ子どもが集まって来る。そのうちのひとりと鳴葉は目が合った。雌の子はへらりと笑い、止柊に飛び乗る。

 しばらく大人しくしていた希桜だったが、表情を険しくして鳴葉を見つめる。どうやら希桜は序列を与えられたらしい。白良が希桜を捕まえているのは、おそらく序列に見合った行動を覚えさせるためだ。ついこの間まで子どもらと同じ立場でいただけに、希桜はもどかしげに足を動かしている。

 白良は陽炎の手から鳴葉が離れたのを確認してから、希桜を地に下ろした。希桜は飛び上がりながら鳴葉に寄る。


「鳴葉! もう大丈夫? 体は痛くない?」

「うん、もう痛くないよ。久しぶり、希桜。会えると思わなかったから驚いた」

「本当はね、白良様がぼくを迎えに来てくれたの。ぼくが、ずーっと鳴葉に会いたかったから!」


 鳴葉は破顔した。希桜が鳴葉の後ろ脚へ鼻を寄せても動かず、つたない甘噛みも受け入れる。

 琉汀は遅れて輪に加わった。その際、彼女は鳴葉に触れている希桜に視線を送ったものの、まるで湖に落ちる葉のように、粛然と腰を下ろした。白良のときとは打って変わって、ずいぶんと控えめな態度であった。


「ふたりは知り合いか? 縄張り違いでも交流があるとは珍しい」

「うん! でもぼくたち、めずらしいの?」


 希桜は鳴葉を振り返る。鳴葉は尾を揺らして答えた。


「希桜くらいの子は珍しくないかな。争いをする相手でもないしね。会ったら話しくらいするよ」

「育てばおのずと縄張りを意識しだすが、それ以前の幼子、特に迷い子などはな。怪我をしておったならなおのこと。鳴葉が希桜を助けたようにのう」


 鳴葉の説明に陽炎が補足する。希桜は顎をそらして言った。


「イノシシが追っかけてきたの。ぼく走って逃げてね、足が痛くてたおれそうになったとき、鳴葉に会ったんだ。イノシシ、鳴葉がにらんだらすぐ逃げてったんだよ。あれね、かっこよかった!」

「はは、ありがと。まぁ格下のイノシシだったからね」

「私もイノシシを追い払う鳴葉の雄姿を見たかった。ここで再現してくれないか?」


 刹那、周囲の音が止んだ。鳴葉が口を開けて固まっていると、琉汀はじれたように「私も見たい」と言う。言葉を変えただけで内容は同じだ。どうやら彼女は大真面目に言っているようだった。

 鳴葉は口を引き結んでそっぽを向いた。


「いやだよ、恥ずかしい」

「琉汀、きさまは遠慮を覚えい。鳴葉の雄姿を見ると言うなら、われの後ろに座るが礼儀じゃろ」

「陽炎様!」


 陽炎の声が笑っている。抑止力となりそうな止柊は微笑を浮かべるだけで、傍観者に徹するようだ。白良は会話に混ざりたいのか、体をうずうずさせている。 

 鳴葉の元へ陽炎の子がひとり近づいてきた。残るふたりは母にひっついている。鳴葉の脚にじゃれる子の毛色は灰色で、尻尾の先だけとび色をしている。

 二人の子というだけで可愛さはひとしお。

 鳴葉が甘噛みをしていると、そこに琉汀も加わった。更に希桜と残る子どもも仲間に入り、始終はしゃいでいる。

 白良は前髪をかき上げた。


「なぁ、あいつらを見てくれよ止柊」

「見てるよ」


 視線を固定したまま言う止柊の肩を、白良がつかみ揺さぶった。


「お前らから聞いてたアイツと、今のアイツ、全然違わね? 素直で従順、慎ましやかな狼を想像してたってのに。おれには強気暴君なんだぜ。知ってるか? ああいうのを二面性っていうんだ」

「強気暴君? あの子が?」


 止柊の驚く様子に白良は一瞬だけ考える素振りをしてから、指を三本立てた。


「訂正する。おれと、お前ら夫婦に見せる顔も違うから三面性だ。ああ、やだやだ。気になる子にはでれでれしちゃって!」


 小声で話すふたりの会話を、鳴葉の耳が拾う。おそらく話の種であろう琉汀を見れば、彼らの言うとおり顔が緩んでいる。だらけた姿で子どもの相手をしていた時とは全く違う。


「琉汀は子ども好きだったんだね。さっきは緊張してただけ?」

「なんだ、突然」

「だって顔が優しいもん。琉汀もこの子たちが気になってたんでしょ。……あれ? 違った?」


 鳴葉は止柊と白良の様子をうかがう。彼らは鳴葉の視線を受け、にこやかに手を振っている。鳴葉が勢いつけて尻尾を揺らすと、うなじに鋭い痛みが走った。


「痛い! なに? なんで噛んだの?」

「自分で考えろ」

「考えてもわからなかったから聞いたの。違うなら違うって言ってよ」

「フン」


 不機嫌になった琉汀を白良が笑う。


「お前ら見てるとおもしれぇわ。ウサギみたいにつつきたくなっちゃうぜ」

「私もお前をつついてやろうか? この牙で」


 琉汀が鋭い牙を惜しみなくさらす。


「つつくだけじゃ済まないだろ! 止柊、おれはこいつを鳴葉のそばに置いておいちゃいけないと思うんだ。見ただろう? てか、なんでおれだけ最初から強めの扱いなわけ? なんとか言ってやってくれよ止柊!」

「そうは言ってもね。琉汀は相手問わず邪険にするような子じゃない。同族でこうなら……君、もしかして鳴葉にちょっかい出した?」


 止柊が尋ねると、揺れていた白良の尾がぴたりと止まった。止柊は腕を組んで白良を見据える。白良は右、左、それから頭上を見遣った。


「……、あんまりにもいい子だから、仲良くしたいなーっていう、純粋な気持ちでお誘いしただけっていうか」

「ほう? それで自分の居へ誘ったと?」

「しっ! 言うなよ!」


 白良は慌てて琉汀を制したが、琉汀は舌を出して笑った。

 白良の肩を止柊が掴む。


「居へ誘ったのかい? 人狼が狼を、それも番を持たない者を居へ誘う理由。まさか知らないとは言わせないよ」

「うううう……」


 笑顔の止柊に詰め寄られた白良は、苦しそうに呻いた。ただ、彼らの間に険悪さはない。鳴葉には友人同士のじゃれあいに見えた。

 陽炎が手を鳴らす。


「これ、白良で遊ぶのはそこまでじゃ。白良よ、こちらへ来て子らの相手をしてやってくれぬか。止柊は琉汀とふたりで果物取りを。手土産もなしに来てしまったからの」


 止柊は二つ返事で引き受ける。琉汀は顔と耳を山々のほうへ向けていたが、止柊に促されると渋々といった様子で腰を上げた。大きい図体でとぼとぼ歩く姿は哀愁を誘う。

 二人の姿が見えなくなると、白良は丸めていた体をぐっと伸ばした。


「さすがの琉汀も二人にはかなわないってわけね。噂通りの素直なイイコちゃんだ」

「そらそうじゃ。止柊なぞ特に機嫌伺いをして損はない相手であろ?」

「それはある。あいつ、自分の縄張りの子をすげぇ可愛がってるからな」


 白良は子ども全員を自分の元へ集めると、仮居の端へ連れて行った。

 陽炎は鳴葉を呼び、自分の正面に座らせる。


「今後はどうするつもりだ? 縄張りへすぐに戻らぬのであれば、実落への言伝も必要じゃろ」


 鳴葉は白良を見た。彼は頭上で両腕を交差させ、首を振っている。


「陽炎様はなんでもお見通しですね」

「ふはは、そうであろ?」


 からから笑う陽炎に、鳴葉は笑みを深めた。

 鳴葉は琉汀の前では言えなかったことを話した。自分に会いたがっている人魚の存在や、人狼の試練を受けるに至った経緯など、鳴葉の気持ちを含めた全てだ。

 鳴葉は語り終えて一息つく。陽炎は眉間に寄るしわを揉んでいた。

 人狼を目指すのは時期尚早だとか、向いていないだとか、彼女の言葉を想像しているうちに、鳴葉は固くなっていった。しかし、たとえ陽炎に難色を示されても、鳴葉は自分の道筋を閉ざすことなく前へ進むつもりでいた。


「人狼になるための試練を、な。これも執念か。われにも覚えはあるが、クモの巣を張るような周到さよな」


 陽炎がため息交じりにこぼしたのは、鼻を舐めたくなるようなひとり言だった。

 詳しく聞いた方が良いのかどうかを鳴葉が悩んでいると、陽炎は鳴葉の頬をつまんで「聞くな、これ以上は言えぬ」と告げ、深追いを許さなかった。


「止柊の核は既になく、核を持つのはわれのみ。しかしのう」


 陽炎は顎をさすりながら続ける。


「鳴葉と同じく、試練を受けたいと申し出るものがおってな。その者と共にわれの試練を受けるか、他の人狼の試練を受けるか。さて、どうする?」

「試練を受けるのは、陽炎様の縄張りの狼ですか?」

「うむ」

「それなら僕は、他の人狼の試練を受けに行きます」


 鳴葉が迷いなく答えると、陽炎は片方の眉を器用に上げた。


「きさまはそれでよいのか」

「はい。僕には琉汀がいます。そのおかげで他の縄張りにも行けますから」


 琉汀には琉汀の目的がある。それが達成されるまでは、自分の傍らを離れないだろう。鳴葉はそう確信していた。


「離れている間にたくさん学んで、陽炎様の役に立てるようになって帰ってきます」


 すると、陽炎は顔を曇らせた。鳴葉は、てっきり彼女は喜んでくれると思っていただけに、予想外の反応を受けて、朽ちた大木の前で置き去りにされるような心地になった。


「なあ鳴葉。それは本音か?」


 白良は鳴葉をひたりと見据える。鋭い視線に鳴葉は背を丸め、陽炎は白良を睨みつけた。


「やめよ、白良」

「いやだね」


 白良は尻尾で草を払い、尾にじゃれつこうとする子どもを抱えて動きを封じた。


「だってさ。こうもできすぎると心配になんねえ? 鳴葉の志は立派だよ。けど『いいこ』の見本みたいだ。あ、いいこの皮を被った誰かさんとはもちろん違うぞ。お前たちもそう思うだろ?」


 白良は同意を求めて子どもらに話しかけたが、彼らは白良に答えるよりも腕から逃げ出すことに注力しているようで、返事はひとつもなかった。白良は気にせず続ける。


「人狼の話をしたときも、自分のためより誰かのためにどうこうしようと考えていたんだぜ? 鳴葉がなにを求めているか、どうしたいか。おれとしてはそこんとこ、しっかり持っててもらいたいんだよ。人狼になるって言ったとき、それをちゃんと持ってると思ったのに」


 陽炎は首を振った。


「促された時点で、己だけの意思ではなくなる。それでは本末転倒ではないか。鳴葉が考え、悩み、導き出した新たな目標であり、胸の内に耳を寄せ得た答えじゃ。十分であろ」

「十分じゃない。誰かのためにしたいと思って差し出したものが跳ねのけられたらどうする? 重荷だって言われたら、どうすんだよ?」


 鳴葉は鼻を舐めた。彼はこれまで好意が拒まれたり、重荷になったりするとは考えもしなかった。人狼や家族から「鳴葉のために」と差し出されたものも、喜んで受け入れてきた。だが、それが当たり前でないことを彼は知った。現に、鳴葉は人魚の想いを拒んで、逃げ出そうとしている。

 鳴葉はうつむいた。瞬きを多くして尻尾を足に寄せる。

 二人は鳴葉の様子に気づかないまま続ける。


「道にトゲのある枝が落ちていたとする。それを先んじて取り除くのは簡単じゃ。しかしな、それこそ、いつまでもしてやれることではあるまい。足元だけでなくその先を見なければ」

「その考えは好きだし、俺もそう思うけど、話をずらすな。陽炎、お前、自分のために人狼になろうって狼を、同情を抜きにして心から歓迎できるのか?」

「それは……、鳴葉?」


 陽炎が鳴葉に手を伸ばす。鳴葉はその手を咄嗟に避けた。そうして彼は地面を睨んだまま、じっと動かずにいた。

 衣の擦れる音がする。陽炎が鳴葉の首を撫でた。温かくて柔らかい手が擦るたび、陽だまりのような大らかな匂いが香る。

 鳴葉は陽炎の手に自分から擦り寄った。


「陽炎様。僕は、好きで陽炎様や家族のためにと行動してきました。ですがそれは、陽炎様にとっても重荷だったんでしょうか?」

「われは思わぬ」


 陽炎は即答した。


「しかし、皆がみな喜ぶわけではない。それを鳴葉も知っておろう? 特に見返りを求めたなら。……ああ、こういうときは例え話じゃ。そうさな、鳴葉は木の実を好んで食べるであろ。美味い木の実が手に入った、欲しければ取ってゆけ。そう言うだけなら、気分を悪くする者は少ない。持っていくもいかぬも、相手の自由じゃ」


 陽炎は上に向けた手のひらを握ると、それを鳴葉の胸にぐっと押しつけた。


「けれど、木の実をくれてやる。代わりにあれをくれ、こうして欲しいと言われたらどうだ。言葉にせずとも求められた側はわかるもの。見返りを期待されれば、重荷にもなり得る。これらを前提にすると、われにとっての鳴葉は前者。きさまはわれに差し出しておるにすぎん。いらねば断る」

「だから陽炎様は喜んでくれなかったんですね。僕が喜んで欲しがったから」


 股の間に尻尾を隠した鳴葉に、陽炎は苦笑して否定した。


「それは誤解じゃ。鳴葉が想像する以上に、事態は複雑に絡んでおっての。われが素直に喜べんかったのはそのせいじゃ。鳴葉、われは尽くされるのが好きだ。大事にされると気持ちいいであろ。はは!」


 陽炎は鳴葉の両頬を掴んで引っ張り、縦横に数度動かしてから手を離した。


「鳴葉がわれのためと思う心ならば重荷にならぬ。だが、われの思わぬ形で見返りを求めるならば、それはわれの重荷になろう。これで納得できるかえ?」

「……はい。ありがとうございます」


 鳴葉は広げられた腕に飛び込む。彼女のにおいもまた、鳴葉を安心させてくれるのだ。


「しかし、しかしじゃ。白良のような人狼には、重荷になるのであろうなあ。だからのう、あやつにはなにもくれてやらんでいい」


 陽炎が見遣った先には、ぐったりしている子どもたちを抱きしめながら、顔をしかめる白良がいた。彼は陽炎に穂先を向けられると、子狼を地面に転がし、わっと叫んだ。


「どうしてそういうこと言うんだよお!」


 白良はひとっとびで鳴葉に近づくと、その背に張りついた。


「おれが言いたかったのは、だいたい陽炎に言われた! 人狼にもいろんな奴がいるから、それで鳴葉が傷ついたらって考えたら、心配で……。ごめんな鳴葉!」


 ぴたりとくっついたまま謝る白良の瞳は、澄んだ泉のようだ。鳴葉が白良の目尻を舐めると、彼の眉は下り坂になってしまった。鳴葉はひげを垂らし、身を捩って体を離そうとした。すると、白良はより抱きしめる腕を強め、鳴葉の頭に鼻を埋めたのだった。

 陽炎が子どもを拾い集めて戻って来くると、彼女はあぐらをかいて、その中に自身の子を収めている。希桜も招き入れようとするが、彼は首を小さく振った。

 鳴葉は白良を引きはがそうとするのはやめて、代わりにこう告げた。


「大丈夫です。僕が傷ついても、白良様の重荷にならないようにしますから」

「鳴葉、素直なのはいいことだ。でも今はその素直さが憎い! おれはこれでも人狼だぞ。重荷だなんてちっとも思ってない! 信じてくれ!」


 白良はしきりにそう訴えた。彼の言葉は鳴葉が信じるまで続いたため、鳴葉は何度も頷くはめになった。陽炎があきれた様子でふたりを眺めている。

 白良は白い毛をまさぐりながらため息を吐いた。


「はあ。言葉の距離を間違えた気がする。陽炎に止柊、縄張りの連中もずけずけ言うからなー」

「人のせいにしおって。われらは歯に衣を着せぬ物言いだと?」

「そうだよ! おれもな! そのせいで、こんな優しい子を困らせた」


 ようやく鳴葉から離れた白良は耳も顔も力なく、しなびた柿のようだった。鳴葉は口周りを舐める。


「困ってないです。それに白良様が言うほど、僕は優しくもないですよ」


 鳴葉が思う優しさはもっと広い。人狼も優しいが、どちらかといえば鳴葉寄りの優しさをもっている。

 だから縄張り外の自分を助けてくれた琉汀こそ、優しいというに相応しい。

 鳴葉がそう伝えると、人狼二人は苦虫をすりつぶしたような顔をした。



 朝に昇った日はとうに高く、枝葉の隙間から光が見え隠れする。頭上の獣はいつの間にか姿を消しており、陽炎の子どもの寝息が静かに響いていた。冷たい風が吹いても日差しがあるぶん暖かい。遠くには雲がぽつぽつ浮いていた。やがてこの場を覆うだろうが、居座らずにそのまま流れていくだろう。

 鳴葉は話に花を咲かせているあいだ、ときどき周囲に耳を傾けた。止柊と琉汀が離れてから随分経つのに、未だ帰ってくる気配がない。


「止柊様たち遅いですね。どこの果物を取りに行ったんでしょう」

「ん? ああ。あれは口実じゃ。鳴葉と話をするために、止柊には少々遠くへ行かせた」

「じゃあ果物はたべられないの?」


 希桜は心底がっかりした声を出した。それを陽炎が笑う。


「安心せい。口実であれ、手土産を望んだのは事実じゃ。でなければ琉汀に怪しまれる。美味いものを持って帰ってくるであろ」

「じゃあ、アレあるかな? 鳴葉が食べさせてくれた実! 白良さまも食べたいって言っていたんだよ」


 希桜はうっとりしながら呟いた。陽炎は心当たりがないのか、ぴんとこない顔で鳴葉に問いかける。


「どの実を言っておる?」

「橙色の、かなり薄い匂いの実です」

「ああ、あれか」


 陽炎は納得したように、ひとつ遠吠えをする。ややあって止柊から返事があった。


「喜べ。止柊が持ち帰ってくるぞ」


 希桜と白良は互いの手を取り合って喜んだ。

 遠吠えの距離からすると、到着まで間があるようだ。

 鳴葉は声を潜めて言った。


「これから話すことは、琉汀に内緒にして欲しいんですけど」

「内緒ごとか。よし、任されよう」

「おれもおれも! 内緒は得意だぜ」

「ぼくもする!」


 さんにんは前のめりになった。鳴葉も同じように背を丸めて話す。


「人狼になったあと、もしかすると僕はしばらく身を隠すかもしれません」

「ほう? それはなぜじゃ」

「人魚と離れていたいから、です」


 人狼の二人に驚いた様子はなかった。


「琉汀は、僕の運命は人魚だって言うんです。人魚が獣を運命にする話、お二人は聞いたことがありますか」


 陽炎と白良は互いに目配せし、頷いた。

 鳴葉は人魚に会いたくない。彼の気持ちは今も変わらずにいる。そもそも、琉汀が鳴葉に尽くしているのは、彼を人魚に会わせるためだ。琉汀が鳴葉ににおいをつけるのも独占欲などではなく、他の狼を近寄らせないよう牽制しているに違いない。琉汀の目論見通り、今の鳴葉は狼どころか獣全般に避けられている。

 あれもこれも人魚のため。

 鳴葉は耳を後ろへ倒した。


「琉汀には救ってもらった恩があります。返せるものなら返したい。そうだとしても、琉汀の望みに応えることは……、僕が人魚の運命になることはできません」


 白良がすっと手を上げる。鳴葉は彼に目を向けて言葉を促した。


「話の途中だけど確認。鳴葉が人魚について知ってるのは、さっき陽炎に話したことだけ?」

「はい」


 鳴葉と人魚は過去に出会い、人魚は鳴葉を己の運命として、再び自分に会いたがっている。そう陽炎には話した。

 白良は上げていた手で頭を抱えだした。


「じゃあ琉汀の運命については?」

「狼が自分の運命だと言っていました。もう出会っているかどうかはわかりませんが、少なくとも番にはなっていないと思います」


 陽炎が自らのこめかみを指で何度も叩いている。案じる鳴葉に気づいた彼女は、「痛みはない。気にするな」と言い、鳴葉の頬を軽く引っ張った。

 鳴葉は胸いっぱいに息を吸い、長細く吐き出した。彼は少しのあいだ俯いていたが、気を取り直したように胸を張り、耳と尾をぴんと伸ばす。


「僕は琉汀と番になりたい。だから、琉汀が人魚と僕を会わせたがっているうちは、隠れてやり過ごそうかなと。さすがに海の人魚と単独狼に挟まれたら、僕もどうしようもないので」

「鳴葉の気持ちはわかった。しかし……、今の話を伝えれば、あやつの考えも変わるのではないか?」


 陽炎にそう聞かれ、鳴葉は微笑んだ。


「変わらないと思います。僕の運命は狼がいいって言っても、お前の運命は人魚だって言い張るんですよ? 今の僕は見向きもされていないんです」


 琉汀は意思が強く、使命感もある。鳴葉が気持ちを伝えたら、彼女は人魚と鳴葉の間に挟まれることになる。鳴葉はそれを心配していた。人魚が彼女にとって大きな存在であるのは確かだったからだ。

 陽炎は片膝を立てた。鳴葉は衣の中が見えるのではないかと一瞬危ぶんだが、裾を隙間に挟んで上手く隠しているようだ。


「ほんに、きさまらときたら。だが、約束じゃ。琉汀には言わぬ。止柊にも伏せたほうが良いか?」

「止柊様なら知られても構わないです。琉汀さえごまかせれば」

「それが一番面倒だがの。隠し通せるとは思わんが、うまくやるとしよう。手に負えぬ場合は口を割るが、許せよ」

「陽炎様が手に負えなくなるって……、想像できない。でも琉汀だからなあ。わかりました、そのときはお任せします」


 希桜がすっくと立ちあがる。彼は真ん中を横断して鳴葉の懐に入り、寄り掛かって甘えた。


「鳴葉とあえないの、さみしい。しばらくって、どのくらい?」

「どのくらいだろう。琉汀の気持ちが最後まで変わらなかったら、琉汀が諦めてどこかへ行くまで、かな」

「ふぅん……。どっかいってって言う?」


 刹那、人狼二人が肩を揺らして笑い始めた。寝ていた子どもが一斉に飛び起きる。陽炎が子どもらに謝りながら触れると、彼らは再びころりと寝転んだ。

 白良はにやにやしながら鳴葉の背後に移動し、希桜ごと抱きしめると、ふたりを左右に揺すった。


「やめとけやめとけ。こと鳴葉にかかわると、あいつ本気になるからな。泣かされるのが落ちだぜ。それに、琉汀には内緒にするって話だったろ?」


 白良にそう言われ、希桜はしぶしぶ頷く。鳴葉は希桜の後頭部を舐めて褒めた。


「希桜、ありがとうな。それにお二人も。ところで、核を持っている人狼に心当たりはありますか?」


 鳴葉の問いかけには陽炎が答えた。


「あるにはあるが、待て。そう急くでない。鳴葉を気にしておったのはわれだけではない。それに、琉汀が戻れば同じ説明をする羽目になる。そら、噂をすれば」


 陽炎が言い終わる前に、琉汀が小走りで向かってきた。彼女はくわえていた果物を転がすと、鳴葉の前後にいたふたりを無言で退かす。琉汀の耳に彼らの抗議は全く入っていないようだった。琉汀は昨日と同じ場所に鳴葉を移動させ、果物を取りに一度離れたものの、瞬く間に戻って来て、何事もなかったかのように鳴葉の毛づくろいをし始めた。

 琉汀は不寛容かと思いきや、自分の上に登って苦情を言う希桜は好きにさせている。彼女なりの線引きがあるようだ。


 遅れて止柊が戻って来た。彼は色とりどりの果実を腕に抱えていたので、希桜と白良を大いに喜ばせた。だが、示し合わせたかのように、鳴葉の足元にある果物には誰も触れようとはしなかった。


 鼻とそう変わらない大きさの丸い果実が転がっている。実のつき方はスズランに似ており、さっぱりとした香りがする。

 鳴葉が実を一つ食べると、ほのかな酸味と甘さが広がった。鳴葉の牙の隙間から汁が零れた。

 琉汀は鳴葉の口周りを舐める。


「どうだ?」

「すごく美味しいよ。匂いも良いね。僕は好き。取ってきてくれてありがとう」

「いっときでも離れたかいがあったか。似たような味の果物にいくらか覚えがある。次はふたりで食べに行こう」


 琉汀の声は果実よりも甘い。

 止柊は実を配り終えると、陽炎の隣に戻った。彼の髪は少しばかり乱れ、小さな葉が絡まっている。陽炎が指で葉をつまみ、吐息で吹き飛ばすと、止柊は陽炎を抱き寄せて礼を言った。仲睦まじい二人の様子を、鳴葉は羨ましそうに眺め、そんな彼を琉汀が見つめていた。 


「二人ともご苦労じゃったの。鳴葉の今後の方針が固まった。行き先はこれから話す」

「私がいない間に決めたのか? だから離れたくなかったのに」


 琉汀は小声で不満を漏らした。ここにいるのは狼だ。たとえ耳を伏せたとしても、十分に拾える大きさだった。

 希桜が白良に話しかける。


「琉汀、すねちゃった?」

「拗ねちゃったな。構ってもらえなかったイヌみたいな顔してら」


 白良は半分に割った果実を希桜に差し出す。赤い粒がぎっしり詰まっている。希桜は器用に牙を使い、実をほじる。

 これまでの説明は陽炎が引き受けた。陽炎いわく「鳴葉が説明すると、キツツキの穴をつつくような真似をするものがおる」とのことだった。当の黒狼は平然としている。否定はしないらしい。

 彼らはそれぞれの顔が見えるようにして座った。鳴葉の右隣から希桜、白良、陽炎、止柊、琉汀と続く。

 人狼の核の話になると、人狼は各々記憶を探り始めた。

 最初に切り出したのは止柊だった。


「僕の知り合いで、まだ核を持っている人がいるよ。ただ、遠いところに居を構えているから、近辺の人狼で当てがないなら頼るといい。陽炎は心当たりあるかい?」


 止柊が聞くと、陽炎は顎を撫でた。


「ふうむ。この先の一帯で居を構えた人狼がいたであろ。そやつが核を持っているような話を、噂で聞いた覚えがある。止柊が挨拶した、あの雌の人狼じゃ」


 止柊は自らの膝を叩く。


「あの子か。たしか子どもたちが生まれて間もない頃だったね。挨拶したにはしたけれど……、風のように帰ってしまって、それきりだ」


 眉を下げる止柊を見ながら、白良がそろそろと手を上げた。


「あー、その子、おれも会ったわ。挨拶した。伊水いすいだろ? おれのときもなぜか逃げるように帰ってったけど。緩衝地帯を挟んだ向こう側を治めてるみたいだ」

「彼女について知っていることは?」

「……噂程度に少し?」


 話し合う三人の眉間にしわが増えていく。

 鳴葉は左隣を見た。琉汀も彼らと似たような表情をしている。続いて右隣へ目を向けた。希桜は口を半開きにして首を傾げている。鳴葉と同じく、希桜にとっても判然としない話であるらしい。

 陽炎は耳を後ろに伏せて言った。


「由々しき事態じゃ」

「まったくだ」


 琉汀がため息交じりに同意すると、白良は口をとがらせる。


「しょうがないだろ。止柊たちは子育てて忙しくしてた。おれだってここ来たばっかで、あっちと交流してる暇がなかったんだっての」

「どんな状況でも、隣人の様子は気にしておけ。お前たちはそれができるだろう」


 呆れた様子で琉汀が言うと、白良は指で草をいじり始めた。平らになった葉っぱをほじって、隠れていた虫を驚かせている。


「簡単に言ってくれるぜ。でも、できるかできないかって聞かれたら、おれらできるし……、なぁ止柊……」

「そうだね。耳が痛いよ」


 止柊の耳がへなりと曲がった。

 結局、ここにいる人狼全員、伊水と接したのはささやかな時だと判明した。

 各々の反応から、大変な事態に直面しているのが見て取れる。しかし、鳴葉は根本的な問題が全くわからないでいた。


「人狼になったら近くの縄張りも気にしなきゃいけないんですか?」

「そうだ」


 鳴葉の問いかけを琉汀が拾う。彼女の毛が日差しを受けて煌めいた。

 鳴葉は、ふとあの晴れた日に見たうつくしい横顔と、勇ましい香りを思い出した。眺めて終わるはずだった狼が隣にいるのは、まだどこか夢心地のような気分になる。

 白良は途中まで掲げた手を下ろす。陽炎は苦笑しながら彼の肩を叩いた。


「人狼は地を生かし、殺しもするからだ」

「殺す? どうやって?」

「自死する。手段は問わない。崖から飛び降りる、獣に食われる、首を吊る……。そうして地を道連れにして逝く。縄張りと緩衝地帯の半分を『無の土地』にしてな」


 無の土地は乾いた砂地がひたすらに続き、水や植物の一切が無くなるという。雨が降っても水溜まりができず、植物の種が辿り着いても根を張る前に枯れる。新たな人狼さえも受け付けない。まるで、人狼を死に追いやったもの全てを拒むかのように。


「緩衝地帯は弱い獣が育つ場所。半分も潰されれば、成熟する前に死ぬか食われるだろうな。すると、獲物の奪い合いが始まる。無の土地に面した縄張りを持つ獣たちは、積極的に争いを仕掛けるだろう。そういった争いを人狼は一番嫌う。自死する前に殺しておけば、避けられた争いだからな」


 琉汀は視線を人狼たちへ向け、小首を傾げた。彼らは腕を組んだり、笑みを浮かべたり、尾を緩く振ったりと反応は様々だったが、異を唱える者はいなかった。

 止柊は子どもの頭を撫でながら言う。


「確かにそうだけれど、殺すのは最後の手だよ。話しができる相手なら助け合う。縄張りの存続が最良の道だからね」

「だよな。聞いた話だと、人狼を殺すと自分の恩恵が少し減るんだって。そりゃあ、無の土地を生むよりはかなりマシだけどさ。恩恵が減れば縄張りも狭まる。今いる家族は縄張り争いもなく追い出されちゃうわけだ」


 白良は迷惑な顔でそう口にした。狼は家族が一番、それ以外は二の次である。人狼になっても優先順位は変わらないようだ。


「白良様。ぼく、なにかできることある?」

 希桜は白良に尋ねた。白良は尻尾で彼の尻を叩いてから、小さな体をくしゃくしゃに撫でまわした。


「ないよ。希桜も狼ならわかるだろ? どれだけ気が滅入っても下位の存在に助けは求めない」


 希桜は鼻を下げた。

 白良が両手を地につけて、身を乗り出しながら話す。


「だから、近くにいる人狼の出番ってわけ。おれみたいな身軽な人狼は、自分で見に行くほうがてっとり早い。どうしても離れられないときは、単独狼に頼んで様子を見てもらったりする」


 鳴葉は希桜の毛を整えながら考え事をしていた。

 人狼の候補は二人。だが、止柊の知人がいるらしい地に向かうのはためらう。鳴葉にはまだ兄姉のように、ひとりで生きていく自信がない。しかも、琉汀と道を違えたら、鳴葉は身を潜めなくてはならないのだ。


 鳴葉は琉汀の脇腹に鼻を埋め、彼女を見上げた。


「琉汀。試練を受けるために、君にも伊水様の縄張りについて来て欲しい」

「私は最初からそのつもりだ。一緒にいると言っただろう」

「ありがとう。心強いよ。あの、もう一つ頼みごとがあるんだけど」

「聞こう。何でも言え」


 鳴葉はぱっと顔を輝かせた。


「君に伊水様の様子を探ってもらいたいんだ」


 鳴葉がそう言うと琉汀は困ったような、嫌だなというような、もしかすると出来ればやりたくありませんといった風に身じろいだ。


「探ってもわからないかもしれない。私はひとの機微に疎いから」

「疎くはないでしょ。僕のこと、僕より詳しいのに」


 琉汀の瞳に薄っすら気色が浮かんだ。彼女は鳴葉に顔を寄せる。

 ふたりが密着する前に、白良が琉汀の口吻を掴んで強引に押し戻した。琉汀の毛が逆立ち、威嚇にあてられた希桜の尾が丸まる。


「おいやめろ、希桜がびびってるだろ。鳴葉、試練のことはおれから伊水に伝えておく。縄張りに近づいたら伊水の名前を呼んでくれ。呼ぶ場所は、そうだなあ。琉汀がうまいこと見つけてくれる」


 片目を瞑って言う白良に、琉汀は冷めた目をした。


「お前は役に立つ気がないのか?」


 白良は雷に打たれたような格好で固まった。鳴葉は希桜の首を噛んで、そそくさと陽炎の傍へと移動する。


「今度こそおれは傷ついた! よくもおれを傷つけたな! 止柊、おれを傷つけたこいつを叱ってくれ!」


 琉汀を指差し、泣き真似をしながら止柊の服を引っ張る。止柊は慣れた手つきで白良の指を剥がした。


「まぁまぁ。琉汀、君もそう言わないで。鳴葉にいいところを見せる機会だと思って頼むよ」


 賑やかな面々を尻目に、鳴葉は陽炎と向き合う。


「すぐに発つのであろ?」

「はい。父には、戻るべきときに戻りますとお伝えください」


 陽炎が鳴葉をきつく抱きしめる。そうしていると、止柊と白良、希桜までもが集まってきた。


「気をつけて。無事に戻って来るんだよ」

「応援してるぜ!」

「人狼になったら、ぼくもお祝いするからね」

「止柊様、白良様、それに希桜も。ありがとう!」


 それぞれと別れを済ます鳴葉の傍らに琉汀が立った。


「鳴葉なら人狼になれる。私が保証する」

「琉汀の僕への信頼、厚すぎるんだよなあ。でも嬉しい、ありがとう」


 こそばゆさを抱えて笑うと、なぜだか人狼たちから次々に撫でられた。嬉しさのあまり尻尾を振ったのがいけなかったらしい。おかげで鳴葉は琉汀に舐め回され、毛をくたくたにしながら出立するという、なんともしまらない出だしになったのだった。

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