09 情報開示

「……芹沢って、数少ない友人以外とは大学でも、ほぼ話さない主義らしいし。本当に、あいつに関する情報がないよね。だから、付き合うにあたっての対策なんかが、立てようがなくない? 初音。いつも一緒に居る、佐久間辺りに聞いてみたら。流石にあのくらい一緒に居る奴なら、色々知ってるかもしれないし」


 カフェでミルクティーを飲みながら恋愛経験の少ない私は、恋愛マスター美穂ちゃんのもっともな意見に感心して何度か頷いた。


 大学でも有名な佐久間くんは一般人代表の私からすると、近寄り難く何考えてるかわからない陽キャだ。けど、硬派で真面目な正反対の性質を持っている芹沢くんの友人であること自体は、良く一緒にいるところを見るし間違いないのだ。


「うん。そうだよね……将を射んとする者はまず馬を射よって、昔から言うもんね」


 私が納得してうんうんと頷くと、美穂ちゃんは額に片手を当てて言った。


「そうね。あの二人は普通に対等な友人だと思うから、流石に馬扱いは可哀想な気もするけど……芹沢が自分の情報を広められる事を好まないから、周囲はあまり彼のことは言わないんだと思う。けど、佐久間だって友人が付き合い始めたって公言している女の子になら、少しは情報開示をしてくれるんじゃない?」


「……そんな、ものなのかな……」


 美穂ちゃんが今言ったことは、私には全く思いつかなかったことだ。芹沢くんのことは、芹沢くん本人に聞けば良いや程度だった。


 けど、私たち芹沢ガールだって、血眼になって芹沢くんの情報を必死で手に入れようとしても、彼自身がどうでも良いと思っている情報以外は絶対に手に入らなかった。


 ということは、うちの大学でも有名なイケメン集団では、かなりの情報統制が為されているということだ。芹沢くんの周囲……なんか、自分たちの情報は渡さない秘密結社っぽくて、すごい。参加メンバーがイケメンばっかりなのも、私の妄想は良い感じに捗ってしまう。


 出来たら目だけの黒い仮面っぽいの、全員付けてくれないかな。それ見て、私が飛び跳ねて、喜ぶだけなんだけど。


 そして、芹沢くん本人から私と付き合い始めたって聞いたなら、彼らの鉄壁のガードは緩くなっているかもしれないというのは、確かに美穂ちゃんの睨んでいる通りだと思う。


「初音は、芹沢のこと……前々から本当に好きなんだと思うし、応援はするけど。私だったらあんなにまで顔の良い男は、嫌だわ。周囲からは絶対に妬まれるし、そういう嫌がらせをなんでもない顔をして躱すのもめんどくさいし」


「あんなにまで……うん。確かに。何も知らない人が芹沢くんを見たら、絶対に芸能人だと思うよね」


 それは、きっと間違いない。まだ少しの時間しか過ごしてないけど、一瞬一瞬が、雑誌にカラー写真で掲載されていてもおかしくないのだ。


「容姿の良い男って、歳を重ねても渋みが増すだけで魅力増えるし。常に女に狙われるってことは、浮気される可能性だって跳ね上がるし。そんなこんなで離婚に至ったりしたら、その先の生活は絶対に苦しいよね」


「え。そうなの? そこまでは……私。考えたこと、なかった……」


 推しの芹沢くんが尊過ぎて付き合えたのは人生に何度かしかない奇跡が起こったとしか思っていなかった私は、先の先の十手先の何十年後まで考えていそうな美穂ちゃんの話を聞いて思わず唸った。


 常人とは、違う。これが、恋愛マスターの実力。


「……良いんじゃない。別に。お互いに学生だし、まだ将来的に結婚を考えてる訳でもないでしょ。気軽に付き合ってみて、ダメだったらすぐ別れたら良いわよ」


「うーん。出来たら、別れたくはないけど……そっか。そうだよね。多分、芹沢くんも、そう思ってるかな……」


「……そういうのも、佐久間辺りに聞いてみたら? とにかく情報が少な過ぎるから。下手に芹沢の地雷を踏む前に、ある程度情報集めた方が私は良いと思うけど」


 美穂ちゃんが私に言ってくれることは、これまでに大体正しかった。付き合う前にしてしまっても、芹沢くんと付き合えたのは、私が年末ジャンボを当てられたクラスに運が良かったからだし。


 けど、私としては芹沢くんとは絶対に別れたくないから、別れを回避出来るなら、何でもしておきたかった。



◇◆◇



 陽気な準ミスター佐久間くんが良く出没するという噂のテラスで、私は無事に彼を見つけることが出来た。というか、芹沢くんと付き合い始めたことを知っていた彼から、気軽に声を掛けて来てくれた。


「あー……それで、俺? なるほど。うんうん。凄く良いチョイスだと思うよー。なんだって、聞いて良いよ。俺が知っている芹沢のことなら、なんでも教えてあげる。俺は、そんな風に涙ぐましい努力をする、可愛いみーちゃんの味方だ。てか、こうして近くで見たら、何割か増しに見えるな……うん。可愛い。頭の固いわからず屋に泣かされたら、彼女の居ない時には限るけど、この胸を貸してあげても良いよ」


「みっ、みーちゃん……?」


 何もかもを俺に任せろと言わんばかりに軽く胸を叩いた陽キャ代表みたいな顔をした佐久間くんの心の距離の詰め方が尋常じゃなくて、どちらかと言うとモブキャラでも陰キャ寄りの私は、息をのんで目を白黒させるしかない。


 佐久間くん……これが私と初めて喋ったのに、既にみーちゃん呼び……レベルの高過ぎる陽キャの適応力、凄い。コミュ力が、半端ない。


 このまま佐久間くんのペースに乗せられてしまえば、明日には何でも話せる親友になってそうで、ちょっとだけ怖くなって来た。


「うん。水無瀬だから、みーちゃん。俺は、ゆうくんで良いよ。佐久間悠一だから」


「え。ちょっと待って。さく、」


「ゆうくん」


「っ……」


 イケメンの目力っていうか、スクールカースト上層部から放たれる圧が強過ぎる。このままだと、下層民は押し潰されちゃう。というか、さく……ゆうくんは、うちの大学の準ミスターだけあって、顔が整いすぎて真剣な顔をしていると非常に怖い。


「え。でで、でも。それは、ちょっと……彼女に悪いよ」


 割と短いスパンで替わる佐久間くんの現在の彼女は、高校時代チア部で可愛くて有名だったという美女だ。大学でも有名人なので、私ももちろん知っている。


「はは。そんなに、警戒しなくても良いよ。悪いけど、みーちゃんは実の所、俺の好みじゃないから、そこは心配しなくて大丈夫。俺はキャバ嬢みたいな、化粧バッチバチで派手な女が好きだから。今付き合ってる彼女もそれは、わかるよ。俺は未婚の間の略奪愛に関しては、個人的には寛大な方だけど。さすがに身内の彼女には手を付けないから、安心して良いよ」


「そ、そう? じゃあ、ゆうくん……! 芹沢くんの元カノって、どんな人だった?」


 私が意を決して芹沢くんの過去をゆうくんに尋ねると、彼はわかりやすく顔を顰めた。


「……それ、俺に聞いて、どうすんの。芹沢が前に付き合ってた元カノの話なんか聞いても。相手を意識し過ぎて、多分良くないよ。みーちゃんには、要らない情報だ。それを知るのは、俺はおすすめしない」


「そ、そうなのかな」


 美穂ちゃんによると、元カノとどう付き合ってたか別れたかって、重要らしいんだけど。


「そうだよ。それにどうせ、言ってしまえば、結局は上手くいかなかった恋なんだから。何の参考にもならない。俺が思うに、今のあいつとか、これからのあいつが興味持ちそうな物とかを、気にした方が絶対良いよ。そういうのは、俺に聞いて役立てたら良いと思う。彼氏の友人の正しい使用方法だよ」


「そっ、そうなの?」


 自分が売った商品の使用法を完全に間違えていた客に懇切丁寧に説明をする営業の人みたいな顔をして、佐久間くんは頷いた。


「みーちゃんにそのアドバイスしたのって、俺と同じ学部に居る高橋と付き合っている清楚美人の河野さんだろ? あの人が心配していることは、一理はあるけど。芹沢の場合は、普通の思考じゃないから。手探りででも、自分で知っていった方が良いよ」


「え。美穂ちゃんのこと。な、なんでわかったの?!」


 もしかして、エスパーなのかもしれない。やばい。彼の話を聞きながら、やっぱり秘密結社っぽい目だけの黒い仮面似合いそうって妄想していたのも、読まれているかもしれない。


「……うーん。みーちゃんとあの河野さんが、仲良さそうなのは前から知ってたし。完全に、大学生の今から真剣な婚活してるもんな。先を見据えた、頭の良い女だよ」


「真剣な、婚活……?」


 ゆうくんの言っている意味がわからなくて、私は首を傾げた。


「あの人が付き合っている高橋は俺が見ても、頭が切れる。だが、面倒見が良くて、誰にだって優しい。それに困った奴を、見捨てられないんだ。だから、誰からでも慕われてるし、人が付いてくる。あいつは、会社を経営するのに向いてるんだよ。社長にするには、最適。あんま目立たないし、顔は確かにまぁまぁだけど、将来的に結婚する相手には、最高」


「え……高橋くんは、確かに優しいかも。私も美穂ちゃんと飲みに行った時には、いつも車で送って貰ってる」


 私はゆうくんの言葉に、頷いた。あくまで一緒に居る彼女の美穂ちゃんの、おまけのついでに送って貰っているだけだけど。


「だろ? 河野さんは、前から頭良いなって思ってた。もしかしたら、一時は浮気はするかもしれないけど、高橋は苦労を共にした本妻を自分勝手には切れないタイプだから。俺が女だったら、あいつを選ぶ。間違いなく、大事にして貰えるもんな。だから、河野さんのこと感心してた。すげえ良い、青田買いすんなーって」


「美穂ちゃんって、やっぱりすごいんだね……私は、いつも助けて貰ってばっかりなんだけど」


「……まあ、向こうだって、みーちゃんみたいな全然計算ないほのぼのしてる子に癒されてると思うし。持ちつ持たれつじゃない? ……ねーねー。みーちゃん。芹沢を、喜ばせたい?」


「……え! うん!」


 いきなりのゆうくんの提案に、私は勢い良く頷いた。


「はは。素直で、良いね。めっちゃ可愛い。あいつ。芹沢の誕生日、もうすぐだよ。サプライズで、何かあげたら? 喜ぶと思うよ」


「え?! そうなの? 知らなかった!! え……どうしよう!!」


 流石、芹沢くんの仲の良い友人。ただのファンだった私の知らないプライベート情報が、ジャンジャン出て来ている。


 けど、既に今月のお小遣いは夏服なんかを買ってしまって、現在お金ない……どうしよう。適当なバイトを探すにしても、すぐには決まらないかもしれないし。


「香水とか、良いんじゃない? こういうの」


 ゆうくんは私がお金のことを考えている隙に、サッと検索していたスマホの画面をさりげなく見せてくれた。


「え! メンズの香水って、結構高いね……」


「香水って……ピンキリだけどね。高いと、人と被らなくて良いんだよねー。匂いって、どうしてもその人を思い出すから。芹沢は今、香水付けないから、みーちゃんの好きな匂いを付けさせれば、良いんじゃないの。あいつ。本当に真面目だから、彼女に貰ったんだったら、割と素直に付けると思うよ」


「高い……けど、せっかくだし、良いのをあげたい」


「何々。本気じゃん。良かったら、俺が日雇いのバイト紹介してあげるよ。みーちゃんに、ぴったりのやつ」


「嬉しい。けど、すごい。なんで、私がお金ないの、わかったの?」


 言葉には出してないよね? と、私が不思議そうな顔をすると、ゆうくんは困った顔で笑った。


「はは。今の流れでそれがわかんない人、居ないって。じゃあ、連絡交換しよー……なんかあったら、連絡しなよ」


「あっ……うん。ちょっとだけ、待って。スマホ、どこ入れたっけ? ……ゆうくんって、匂いで思い出す人が、居るの?」


 私が肩に掛けていた鞄の中をかき回してそう聞くと、ゆうくんは楽しげに言った。


「キャンディっていう香水の、めっちゃあっまーい匂いする人が居てさ。スタイルの良いすっごい美人だったけど、激情家だった。その時に俺は出来心で浮気して、半同棲だったんだけど、部屋の荷物が全部廊下に出された……あの匂い嗅いだら、今もあの時の光景、思い出すわ。すげー、情けなかった。はは」


「えっ……さく……ゆうくんって、まだ、大学三年生だよね?」


 危うく佐久間くん呼びしそうになった私は、まだ出てこないスマホを探して鞄の中を見ながら、この年齢で既に様々な経験を経てそうなゆうくんに言った。


「あー、まあ。うん。けど、色んな人と付き合ってたら、そういうこともあったりするよ。若いうちだけだし。遊べるのなんて。俺は若さという特権を、最大限に満喫する。事業を立ち上げてしまえば、寝る間も惜しくなると思うし。大学卒業するまでの、短く儚いモラトリアムだよ」


「あ。あった!」


 私がようやく探し出したスマホを鞄からもたもたした手付きで取り出すと、ロックを解除する画面を覗き込みながら、ゆうくんは囁き声で言った。


「みーちゃん……もしかして、電話が何度か掛かってきてない?」


「……あ。本当だ。着信……芹沢くんから。なんで、わかったの?」


 画面には、数件の芹沢くんからの着信履歴だ。


「ふはは。やっぱり。俺のスマホも何回か震えてたけど、敢えて無視してたんだよねー。絶対にあいつだと、思ってたわ……そろそろ、掛け直ししてあげなよ。ミスター優鷹は、顔に似合わず短気だから。うん。言葉には、十分気をつけてねー」


 なんで、電話を掛けて来ただけの芹沢くんに対して言葉に気をつけるんだろう思いつつも、にこにこ楽しそうなゆうくんの言葉に私は頷いた。

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