第35話 地下墓地の聖女が手を貸す理由

 それから、コルテは毎日生地をね続けた。

 毎日同じ味では飽きてしまうだろうと、時にはシーフード、時にはカスタードクリームと、ミネルバがさまざまなフィリングを教えてくれたので、味に飽きることはなかった。


 しかし、無心で生地を捏ねていると、ふと、落とし穴に嵌まったように考え事で頭がいっぱいになることがある。

 感覚を掴む訓練をはじめて、三日目。


 朝、昼、晩に、おやつタイム。

 そのたびに生地を捏ね、フィリングを作り、包んでは蒸す。


 五回を過ぎた頃に魔力を捏ねる感覚をつかんだせいか、不意に集中力が切れるようになった。

 反復作業に、早くも飽きがきたのかもしれない。


 そんなコルテの本日の考え事は、【ジル様とミネルバ様の関係とは?】である。

 地下墓地を守護するミネルバと、忙しい魔塔主。

 見た目こそお似合いな二人だが、接点はどこにあるのだろう。


 何かきっかけがあったのだろうか──?


 答えのヒントを探るように、コルテは今までの二人の様子を思い返す。

 そうして真っ先に思い浮かんだのは、去り際の二人の様子だ。


(ジル様はとても……名残惜しそうだった)


 てっきりコルテのことが心配でそうしていたのかと思っていたが、改めて考えてみれば、恋人との別れを惜しんでいたように見えなくもない。


(ミネルバ様との逢瀬のあとは、いつもああなのかしら)


 まるで懐いた犬が、無理やりに引き取られていくような。

 あるいは、母親から引き離された子どものような。

 決して軽いつながりではないと、コルテが確信するに十分な重さを持つ、それ。


(ミネルバ様との別れを惜しんでいた……?)


 考えるだけで、コルテの胸はモヤモヤと、まるで石を飲み込んだかのようにズンと重たくなった。

 コルテは無意識に、胃のあたりをさする。


「いやいや。どうして、わたしがそんな……」


 一笑に付すように、コルテはカラカラと笑う。

 けれどその顔にはどこか、元気がない。


 気を取り直して蒸し上がった包子パオズ──中に具を包むものをそう言うらしい。初回は肉だったから肉包ロウパオだったようだ──を皿へ盛り、恒例となりつつある午後三時のお茶を準備する。


 地下墓地には日の出日の入りがないから、時間ごとにやることが決まっている。

 三時のお茶も、その一つだった。


「はぁー……もう、やめやめ! 無駄に考え込むくらいなら、潔く聞いてしまえばいいんだわ」


 ウジウジしている時間がもったいないし、なにより、そうして考えている間、コルテはミネルバを気にしてチラチラ視線を送ってしまうに決まっている。


「そんなの、ミネルバ様だって気分が悪いわよ」


 お茶の準備を終えたコルテは、ミネルバを席へ案内して早々に、切り出すことにした。


 そもそもコルテは、ジロンドの弟子なのである。

 弟子であるならば、師匠の交友関係を把握しておいて損はないだろう。逢瀬に夢中になってなかなか帰ってこない時など、ハリオスのお説教からかばってあげられるかもしれない──そう、言い訳をして。


「ミネルバ様は……」


「わたくし?」


 ミネルバは、首をかしげるしぐささえ優美さが漂っている。

 にわか貴族のようなコルテには、まねできない美しさだ。

 尋ねかけていた声が、喉につっかえる。


「……いえ、なんでもありません」


「なんでもないというようなお顔ではないようだけれど?」


 ミネルバの問いかけに、コルテは観念した。

 しかし、思い切りは悪く、口を開きかけて閉じてしまう。

 気を取り直すようにフーッと吐き出した息は、怒っているかのように荒かった。


 それでもミネルバは先を促すようにニッコリと微笑むから、コルテは居心地悪そうに視線を逸らして言った。


「……ミネルバ様は、」


「ええ」


「ジルさ……いえ、ジロンド様と親しいのですか?」


 言った。

 言ってやった。

 ……言ってしまった。


 どんな答えを返されるのだろうと身構えるコルテの向かいで、ミネルバは持っていたティーカップをソーサーへ静かに戻した。


「ンッフフ」


 投げやりとも取れるコルテのぶしつけな質問に、ミネルバは笑った。


(ンッフフって。ンッフフって笑った!)


 なんだか馬鹿にされているように思えて、コルテは目尻をつり上げる。

 ミネルバは笑いをおさめるために紅茶のカップへ口をつけ、ひと心地ついた。


「ごめんなさいね、笑ったりして。あなたを馬鹿にしているつもりはないのよ? だってここは、静かで何もないから。突然に、こんなおもしろ……ンンッ」


 ミネルバは吹き出しそうになって、咳払いをした。

 そして、なんとか笑いをおさめた顔で──少し突けばすぐ笑い出しそうだが──コルテを真正面から見据える。


「……なぜそう思ったのか、聞いても?」


「なぜって。そうやって問い返してくるのは煙に巻こうとしているようで怪しいですし、ジロンド様のアポなし依頼も二つ返事で受けていましたし、わたしに対するこの特別待遇も……」


 どれもこれも、ミネルバとジロンドが恋人である証拠のように思えてならない。

 ムムムと疑いのまなざしを向けるコルテに、ミネルバは「ふふ」と肩を震わせた。


 コルテは自覚がないのだろうか。

 あったとしても、なかったとしても、実にわかりやすい人だ。

 ミネルバを見つめる目には、ジロンドに対する恋情がありありと浮かんでいるのだから。


 地下墓地にも、恋の話はある。

 だけれど、それらはどれも冷え切っていて、コルテが持つような熱はない。

 たまにはこの熱さもいいわねぇと、ミネルバは火照った頬を冷ますようにほぅと息を吐いた。


「ジロンド様とお会いしたのは、あの時が二度目でした。前にお会いしたのはここ……地下墓地です。守護者に就任したての頃に、お墓参りに訪れていたジロンド様と会って……それきりでしたわ」


「え。じゃあまさか、二度目ましてなのにむちゃなお願いをされたってことですか⁉︎」


「ええ、そうですわ」


「どうして……」


 敵を見るようだった視線が、一気に同情するものへと塗り変わる。

 優しい子だ。ミネルバが本当に恋敵だったら、あっという間につぶされてしまいそう。


 しかし、そんな未来は決して訪れないだろう。

 なにせあのジロンドが、初めて見初めただ。


 たかが植物でしかないマンドレイクに、あれほどまでに執着していた男が、意思疎通ができる少女に執着したら。

 夢中になるに決まっている。引き離そうものなら、国を、あるいは世界さえ滅ぼしかねない。


 だから、ミネルバは答えた。大真面目に。


「世界平和のためよ」


 聖女らしい言葉に、コルテはキョトンと瞬きをした。

 しかしニコニコと微笑み続けるミネルバを見て、そういうものなのかと納得してくれたらしい。


「本当に、かわいらしい人」


 ジロンドの趣味など知りようもないが……コルテほど素直な人はいないだろうと、ミネルバは思った。

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