4章

第26話 新しいマンドレイクもどき?

 春の狩猟祭は、当然のことながら延期となった。


 ルベールによって門は破壊され、設置されていた天幕の半数が吹き飛び。とどめとばかりにジロンドが放った流星召喚魔法により、広場が壊滅的状況になったからだ。


 これにより、国王はジロンドとルベール双方にそれぞれ謹慎を申し渡し、ジロンドは魔塔に一週間、ルベールはヴィラロン邸に三週間軟禁されることとなった。


「ひとまず婚約はなぁなぁになった……と見て良いのかしら?」


 とはいえ、安心してばかりもいられない。

 ジロンドは大規模な攻撃魔法を私的に使った罰として、謹慎後は社会奉仕という名の下に、延期になった狩猟祭の準備をすることになっている。謹慎期間がルベールより短いのは、そのせいだ。


 ルベールはといえば、他国での功績が認められ、社会奉仕は免除。

 つまり、ジロンドが狩猟祭の準備に奔走している間にルベールがコルテを奪取しに来たら、手の打ちようがないということだった。


魔塔の魔法使いせんぱいたちに守ってもらうわけにもいかないし……」


 魔塔の魔法使いは、コルテがボディーガードを頼めるような人たちではない。

 コルテのことを後輩としてかわいがってくれる彼らだから、頼めばおそらく匿ってくれるだろう。

 だけれど、そのせいで彼らが傷つけられるようなことがあったら、コルテは自分自身を許せそうになかった。


「自分でなんとかするしかない……かな」


 しかし、どうにかできる見通しはない。

 先日のジロンドとルベールの戦いを見る限り、コルテでは太刀打ちできないとわかってしまった。


「経験が足りない。圧倒的に」


 戦場を渡り歩いてきた武人と、たかだか数カ月学んだだけの見習い魔法使いでは、勝負になどなるわけがない。

 ひとまず一週間は猶予があるが、ルベールから逃げ果せる術などあるのだろうか。


 師であるジロンドは、現在謹慎中。

 それゆえに、コルテは自主学習を余儀なくされている。


「わたしのせいなのに……わたしだけが自由にさせてもらっているなんて」


 なんだか納得がいかない。

 コルテが憂いのため息を吐いた、その時だった。


「コルテ、コルテ!」


 ずいぶんとかわいらしい声がして、コルテは振り向いた。

 しかし、見渡す限り、誰かがいる様子はない。

 んん? と不思議がりながらコルテが首を戻すと、今度は前からポテポテと、小動物が走るような音が聞こえてくる。


「もしかして、ねずみ……?」


 また誰かが使い魔を逃したのだろうか。


「それとも、魔法薬の実験中に逃げ出したとか?」


 どちらにせよ、捕まえなくてはならないだろう。

 誰かの使い魔だったり、魔法薬投与中のねずみだったりしたら大変だ。魔塔の中には、使い魔の猫もいるのだから。


 コルテは考えるのをやめて、立ち上がった。

 捕獲するのにちょうど良いカゴはないかしらと見回した時、トスンと足の甲に何かが乗り上げてくる。


「はっ」


 とっさに、捕まえなくちゃ、とコルテは身を固くした。

 感じる重さは、猫がお尻を乗せてきた時と似ている。感触は、もっと硬質だったけれど。


「んん?」


 いつでも捕まえられるように慎重に、しかしよくわからない感触を疑問に思いながら、足元を見下ろす。

 すると、小さな鉢が一つ、コルテの足に乗っかっていた。


「んんん?」


 鉢のふちに寄りかかるようにうねった幹。丸く厚みがある葉。

 幹の途中から生えた気根が、バンザイをするようにソヨソヨと動いている。


「ガジュマル……いや、もしかして……新しい、マンドレイクもどき?」


 新しいマンドレイクもどきに出会うのは、久しぶりだ。

 可能性に思い至ったコルテは、ゆっくりと鉢を抱き上げた。

 クルリと反転させると、案の定、幹に顔らしきものがついている。


 マンドレイクもどきはコルテの顔を見て、フニャアとしまりなく笑った。

 その顔はどことなくジロンドを彷彿ほうふつとさせて──。


「ふふ。なんだかジル様みたいなお顔をしているのね」


「おや、よくわかりましたねぇ!」


 くっきりと聞こえた声に、コルテは危うく鉢を取り落とすところだった。

 慌ててガシリとつかみ直せたから良かったものの、心臓がバクバクしている。


「おお! ナイスキャッチです、コルテ!」


「なっ……ジル様⁉︎」


「はい。きみのジル様ですよ〜」


「わたしのって……いや、そんなことより! どうして、そんな姿になっているんですか⁈」


「僕、謹慎になってしまったでしょう。だから、なんとかきみのそばに居られないかと考えて……部屋にあったガジュマルに、ちょっと憑依してみました」


 鉢底穴から出した根を足のようにピコピコさせながら、ガジュマルのマンドレイクもどき──もとい、ジロンドはそうのたまった。

 ジロンドは「ちょっとイメチェンしてみました〜(はぁと)」な感じで軽く言っているが、憑依魔法を使える魔法使いは国内でも数えるほどしかいない、高度な魔法だ。


 コルテに会いたい。

 それだけのために使うにはあまりにも──。


(才能の無駄遣いでは⁉︎)


「ジル様、そんなことのために魔力を使うのはどうかと思いますよ」


 コルテはジロンドをいさめようと思ったけれど、ダメだった。

 だってコルテは、今ものすごく、ジロンドに会いたかったから。


 ジロンドがいれば大丈夫。

 魔塔へ身を寄せた時から思っていたことだが、ルベールから守ってもらって、ますます依存が強くなってしまったみたいだ。

 いけないと思いつつも、安心する気持ちが抑えられない。


 張り詰めていた糸がプツンと切れたように、コルテの表情が緩む。

 今にも泣きそうなコルテに、ジロンドは気根うでを伸ばして抱きしめた。

 ガジュマルの身では彼女の頰にへばりつくような形ではあったけれど、コルテの涙をこの身で受け止められるなら、むしろ国王に感謝したいくらいだとジロンドは思った。


「コルテは、こんな気持ちだったのかな」


「え?」


 ジロンドは一体、いつの話をしているのだろう。

 キョトンと見返すコルテに、ジロンドはごまかすみたいに明るい笑みを浮かべた。


「ううん、なんでもない! それよりもさ、今はルベールくん対策を考えておかないとね。ちょっとあてがあるから、今から外出しようか」


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