第27話 神殿

 馬車に乗り込み、向かった先にあったのは、魔塔とは王都を挟んで対になるように建てられた、神殿だった。

 きらびやかな外観に、思わず感嘆の息が漏れる。


「わぁ……なんというか、豪華ですね」


「魔塔と違いすぎて驚くのもわかるけれど……あんまり口を開けていると虫が飛び込んでくるよ?」


「それは、困ります!」


 コルテは慌てて口を閉じた。

 クツクツと笑いを堪えるジロンドを、抱えて。


 神殿では、癒やしの力を持つ女神アミアンを奉っている。

 グランベル王国の初代聖女に力を与えた女神──それが、アミアンだ。


 今でこそ魔塔の魔法使いがトップになっているが、それはジロンドが魔塔主になってからのこと。

 彼らがもてはやされるようになったのはわりと最近で、それまではずっと聖女がトップとされてきた。


 最初に建てられた神殿は木造だったが、その後焼失。

 およそ五十年の歳月をかけて再建されたのが、現在の神殿である。


 中央に大ドーム、東と西の正面にはそれぞれ塔が建っている。

 地下にある納骨堂には、歴史的にも有名な魔法使いたちが、眠っているのだそうだ。


 うら寂しい雰囲気を持つ魔塔とは違い、ここは華やかだった。

 日の光を浴びて、白の石畳が淡く黄金色に輝いている。


 初めて神殿を訪れたコルテは、一見すると小さな鉢植えにしか見えないジロンドを胸に抱きながら、中央の大ドームの下にある回廊を進む。


 天上におわす神々と、地上で戦をする人々。そして、傷ついた人々を神から与えられた力で癒やす聖女たち──天井に描かれた画は、つい見入ってしまうくらい優美で、迫力がある。


(本で見たことはあったけれど……実物はそれ以上に荘厳だわ)


 この辺りは観光のために解放されているエリアなので、コルテを引き止める者は誰もいない。

 数多かずおおくの芸術品が並ぶ回廊で、つい歩みが遅くなるコルテを注意することもなく、ジロンドはおとなしく抱かれたままだ。


「コルテ、ここを右へ曲がってくれ」


「はい、わかりました」


 回廊を抜け、言われるがままにコルテは歩く。

 今はどの辺りを歩いているのか、初めて来たコルテには皆目見当もつかなかった。


(一体どこへ向かっているのかしら?)


 解放されているエリアを抜けたのか、すれ違う人もいない。

 辺りには、コルテの足音だけが響いていた。


 ジロンドは「あてがある」と言っていた。

 とすると、彼は神殿にいる聖女のうちの誰かに、コルテを任せるつもりなのだろうか。


(ジル様の知り合いか……)


 ふと、彼の隣にはどんな女性が似合うだろうという疑問が浮かんだ。


 魔塔の魔法使いは、恋愛結婚主義だ。

 とはいえ、それは結婚を回避するための方便であり、実際には独身主義の者が多い。

 てっきりジロンドもその一人なのだろうと思っていたコルテは、あてにできるほど仲が良い聖女がいると知って、内心驚いていた。


 だからこそ、想像せずにはいられなかったのだろう。

 ジロンドがあてにするほどの女性とはどんな人物なのか、と。


 ジロンドは、美貌をもつ男だ。彼自身は自分の容姿に頓着がないようだが、近くに来られるとドキドキしてしまうくらいには、端正である。

 特に彼のはしばみ色の目は、コルテが囚われてしまいそうだと思うくらい、神秘的な魅力を内包している。


 騎士のような筋肉質な男性が好みでなければ、彼のスラリとした長身痩躯は好まれるだろう。

 薬草を育てるために畑仕事もするせいか、女性を支えられる程度には強いのも良い。


 これまで見てきた限り、剣もまったくの素人というわけでもなさそうだ。

 ルベールの刃を受け止めていたあたり、相当な腕前だと思う。


 先日の、ルベールと対峙たいじした時の好戦的なジロンドの横顔を思い出し、コルテの頰がわずかに赤らむ。

 いざという時は戦えることも知っていたはずなのに、あんなにも容易くルベールを撃退したジロンドが恐ろしく、圧倒的な力の差に憧れさえ抱いた。


 普段の彼は、近しい年長者のような存在──コルテの周りにはいなかったが、近所のお兄さんといった風だ。恋に恋する少女が、初恋相手に選ぶような。


(まぁ、あながち間違ってはいない……かな)


 親切に世話を焼いてくれるという点においては、近所のお兄さんと似たようなものだろう。

 なにせ前世のコルテは、彼に飼育されていたのだから。


 見た目もよく、親切で面倒見が良い。

 そんなジロンドが気を許す、聖女とは一体どんな人なのか。


(きっと、ジル様以上に面倒見が良い人だわ。包容力があって、優しくて……そして、彼の隣に立っていても見劣りしない美しい人──)


 神殿に所属する魔法使いは、治癒魔法に特化した女性のみ。

 それゆえに聖女と呼ばれているのだが、先入観からか、見目麗しい聖母のような女性がジロンドの隣でニッコリと微笑んでいる図が思い浮かんだ。


 コルテは急に、それまで気にもしていなかった自分の見た目が気になった。

 貴族令嬢に求められるか弱さなど微塵も感じられない、引き締まった体。パッとしない色をした髪に、ともすれば荒ぶる魔獣と同じに見えなくもない赤紫色の目。


 思い浮かんだ聖母とは、まるで似つかない。


「どうして、一緒にいるんだろう?」


 無意識にこぼれた言葉に、ハッとなる。


(わたしったら、何を考えているんだろう。わたしはただの弟子、なのに)


 どうしてもなにも、コルテはジロンドの弟子で、魔法使いになるために一緒にいるのだ。

 それ以外には、何もない。はずだ。


 わかっているのに、肩がしょんぼりしてしまうのはどうしてだろう。

 答えはすぐ目の前にありそうで、しかしつかみかねている。


 ふと腕の中のジロンドを見下ろすと、彼は壁にかけられた絵の一枚へ目を向けていた。

 その絵は折りしも、決して結ばれることのない人と妖精の悲劇の愛を描いたもので。

 ジロンドは考えながら「そうだねぇ」とつぶやいた。


「どうしようもなく好きだから、かな……」


 どうやらジロンドは、コルテのつぶやきを絵についてだと思ったようだった。

 彼はそれ以上口にするような内容ではないと思ったのか、あっさりと先を促す。

 コルテとしても絵についての質問ではなかったので、これ幸いと再び歩き出した。


 しかし、コルテはジロンドがただ絵の解釈を述べただけだとは思えなかった。


(まるで、自分と重ね合わせているような……)


 身を焦がすような、熱い恋ではない。

 すでにその時期は過ぎ去って、今はもっと──熱量をはらんだ気持ちが深い海の水底に沈んでいるような、寂しいけれど穏やかな声だった。

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