第25話 魔法使いと名乗るからには

「ジロンド様の後ろにいる娘は、私の婚約者、コルテ・リナローズだと思うのですが……。主人こんやくしゃたる私の許しもなく連れ回しているのは、どういう了見でしょう?」


 コルテはギュウッと、ジロンドの背中へ張り付いた。

 離さないでと言わんばかりにローブを握りしめてくる彼女に、ジロンドは愉悦の笑みを浮かべる。


「どういう了見もなにも、彼女は僕の弟子だからね。連れて歩くのは当然のことだろう」


「弟子、ですか。聞こえの良い言葉を言っているが、実験動物の間違いでは?」


「きみじゃあるまいし。弟子は弟子、そのままの意味だよ」


 ジロンドの言葉に、ルベールは面白くなさそうに唇をゆがめ、それから考え事をするように顎をさすった。


「ふむ。なんでもコルテ嬢は、非常に珍しい声を持っているのだとか。初めて見る症例だからぜひとも魔塔で預からせてほしいと、リナローズ男爵へ打診したと聞き及んでいますよ」


「なるほど。きみは聞いたわけか」


「ええ。私としては真実などどうでもいいのですが。しかし、父上がリナローズ家の令嬢と結婚しなければ爵位を譲らないと言っているので。なんとしてでも連れ帰らせてもらいます、よっ」


 言い終わるなり、ルベールはむちを放り投げ、剣を持って突っ込んできた。

 ガキンガキンと、容赦なくシールド魔法を破壊しにかかる。


 幾重にも重ねた魔法は、それなりに持ち堪えてくれたけれど、それだけだ。

 ガラスが割れるような音とともに最後のシールド魔法が砕け散ると、ジロンドはどこからともなく取り出した剣で、ルベールの一撃を受け止めた。


「剣で私に敵うとでも?」


「思っていないよ。僕は魔法使いだからね。魔法使いと名乗るからには、魔法で戦わないと」


 受け止めていた剣を薙ぎ払うと、ジロンドの手から剣が消える。

 距離を詰めようとするルベールを、ジロンドは雷魔法で後ろに下がらせた。


「そうこなくっちゃなぁ」


 血に飢えた獣のように、ルベールが舌なめずりをする。

 対するジロンドは至って平静で、表情一つ変えないまま、容赦なく攻撃魔法を繰り出した。


 水、火、風魔法で攻撃しつつ、土魔法で地面を隆起させて接近を妨害。

 さらには予測できない時限式の魔法を繰り出し、広場はさながら、魔法の博覧会のよう。


 ルベールは確かに、優れた武人なのだろう。

 しかし、コルテのことになると大人げなくなるジロンドの前では、手も足も出ない。


「あんた……隠していたな⁈ 前に見た時は、そんなに強くなかった!」


 荒い息を吐きながら、ルベールがにらみつけてくる。

 ジロンドはヒョイと肩をすくめた。


 満身創痍なルベールと違い、ジロンドは無傷だ。

 さすが偉大なる魔法使いと言うべきか、化け物だと恐れるべきなのか。


「隠してなんていないさ。本気を出す必要がなかっただけだよ。今も出していないけれど」


 涼しい顏で、ジロンドは天に向かってつえを振る。

 すると、空から星屑が降り注いだ。


 真昼の空に、流れ星が落ちる。

 綺麗だと思ったのは一瞬で、鋭い形をした石はバラバラと地面へ転がってルベールの足を止める罠になり。あるいはルベールを切り裂く刃となった。


「このっ」


「なんだ、まだ降参しないの?」


 勝敗は決したも同然だった。

 しかしルベールは、血を流しながらギョロリとジロンドをにらむ。


「これくらいで、降参してたまるか」


 一歩踏み出したルベールの体が、グラリと傾く。

 まるでその瞬間を待っていたかのように、コルテの視界の端を何かが横切っていった。

 それはルベールの死角から、彼に向かって飛び掛かっていく。


 ウサギ型の魔獣だった。

 額の真ん中に、鋭く尖った角を持つ。


(危ない!)


 ルベールへ警告しなければ。

 とっさに開いた口は、しかしコルテの意志に反して魔法を発動する。


「捕まえて!」


 周囲の草がザワザワと騒ぎ出す。

 蛇が地を這うような不穏な音がしたかと思うと、あっという間に伸びた蔦がグルグルと魔獣に巻きついて拘束した。


 とっさのことに、コルテはポカンとしたままだ。

 どうしてこんなことをしたのか、自分でもわからない。


 ルベールも何が起きたのかすぐにはわからなかったようで、しばし静寂が訪れる。

 拘束された魔獣が、ギュイギュイと騒ぎ立てた。


「まさか……私を助けたのか?」


 しばらくして、ポツリとルベールはつぶやいた。

 まるで化け物を見るような目で、コルテを見つめる。


 コルテはおかしな心境だった。

 化け物のような男から、化け物を見るような目で見つめられて。


「そんなつもりは……」


 あったとも言えないし、なかったとも言えない。

 もっと言えば、魔獣からルベールを守りたかったのか、ルベールから魔獣を助けたかったのかさえも、コルテはわからなかった。


「わたし、何がしたかったんだろう?」


 両の手のひらを見つめながら、コルテはこぼした。

 その手をそっと包み込みながら、ジロンドは静かに満足げな笑みを浮かべている。


 コルテのことを、ルベールは苛立ちがにじむ顔でにらむように見ていたが、それ以上彼女が何も言わないとわかると、呆れたように大仰なため息を吐いた。


「興を削がれた」


 つまらなそうな顔をして、ルベールはドサリとその場へ座り込む。


「おや、降参かい?」


「今日のところは」


 立っていることさえ、ようやくの状態だったのだろう。

 茶化すようなジロンドの物言いに眉を顰めながらも、答える声は低く覇気がない。


「しかし、これで終わりだと思うなよ」


 最後のセリフは、コルテへ向けたものだったのか、ジロンドへ向けたものだったのか。

 手負いの獣のような目からコルテを隠すように、ジロンドは狩猟場を後にした。

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