第24話 ルベール・ヴィラロン

「あれ? 他の皆さんはまだ来ていないみたいですね」


「そのようだね」


 魔法実習最終日をつつがなく終えることに成功したコルテは、ジロンドとともに、予定時刻よりも少し早く、合流地点である広場にいた。


 設営準備が完了し、明日の狩猟祭を待つばかりとなった広場は、最初に見た時の印象とずいぶんと違って見える。

 開会式の予行なのか、会場の端では楽団が華やかな演奏をしていた。


「狩猟祭というより、舞踏会みたい」


 つい気分が乗って、ローブをドレスに見立ててヒラヒラと揺らすコルテ。

 そんな彼女の前へかしずいたジロンドは、まるで王子か騎士かのように、恭しく手を差し出した。


「コルテ嬢。どうか僕と踊っていただけませんか?」


「え、でもわたしは……」


「曲に合わせて体を揺らすだけだ。それなら大丈夫だろう?」


 それなら、とコルテはジロンドの手を取った。

 腰に手を回され、距離が近づく。

 爽やかなミントの香りがフワリと鼻をかすめ、その近さに胸が騒いだ。


「どう? 楽しい?」


「……はい」


 リズムに乗って、体を揺らす。

 まるで子どものお遊びみたいなダンスだが、それでもコルテにとっては人生初のダンス。

 楽しくないわけがなかった。


「それは良かった」


 調子に乗ったジロンドが、コルテを抱えてクルリと回る。

 細い体のどこにこんな力があるのか。見た目によらず、ジロンドは力持ちだ。


「ジル様。これは、恥ずかしい、です」


 会場にいる人たちの視線を気にしてか、コルテが蚊の鳴くような声で訴えた。

 恥ずかしそうに目を伏せる彼女は、閉じ込めたいくらいに愛らしい。

 ジロンドはもっと近くで見たいと、コルテを地面へ下ろした──と、その時だった。


「止まれ!」


「動くな!」


 門を守る魔法騎士たちの、鋭い声が聞こえてくる。

 一瞬にして、広場の空気が凍りついた。いつの間にか、演奏も止まっている。


「え……なにが……」


 何事かと構えるコルテの視線の先──門の外側で、何かを打ち据えるような激しい音がした。


「魔法騎士の分際で、私に声をかけるとは。恥を知れっ!」


 鋭い声に、思わず身震いするコルテ。

 その瞬間、頑丈なはずの門にヒビが入り、ガラガラと音を立てて一部が破壊された。

 それと同時に、応戦していたであろう魔法騎士たちが、広場に立てられた天幕の一つを倒しながら、後ろへ吹っ飛んでいく。


(一体、なにが起こっているの?)


 息する間もなく次から次へと何かが起きるものだから、理解が追いつかない。

 ただ呆然ぼうぜんと眺めているコルテを守るように、ジロンドは彼女の前へ出た。


 シールド魔法を何層も重ねて展開する。

 王城を守るものより数段強固なものだ。


 警戒もあらわにジロンドが門を見つめていると、もうもうと立ち上る土煙の中から、長身の男のシルエットがぼんやりと浮かび上がった。


「これは、これは。偉大なる魔法使い、ジロンド様ではありませんか」


 聞き覚えのある嫌味ったらしい声に、ジロンドは強い反感を覚えて鼻筋に皺を寄せる。

 その時、ビュンッと。土煙の中から鋭い一閃いっせんが放たれ、シールド魔法にわずかな傷をつけた。


「じ、ジル様……」


 コルテの手が、すがるようにジロンドのローブをつかむ。

 ジロンドはチラと振り返ると、大丈夫だというようにコルテへうなずいてみせた。

 怯えながらもコクリと小さくうなずくコルテに笑みを向けてから、再び険しい顔で前を見据える。


「春の狩猟祭は明日だよ。楽しみすぎて、日付もわからなくなってしまったのかな?」


 ジロンドは風魔法で土煙を吹き飛ばしながら、呆れたように声をかける。

 土煙がなくなると、そこに現れたのは予想通りの男だった。


 赤茶色の長い髪を風に揺らし、きつねを思わせる細い目でニンマリと笑んでいる。

 その手には、むち。彼は獲物をいたぶるための準備運動をするかのように、それをしならせていた。


「久しぶりだね。いつ振りになるのかな? ルベールくん」


「昨年の狩猟祭は欠席されていましたから……一昨年ぶりでしょうか」


 ルベール。

 その名前に、コルテは震え上がった。

 つかんだままだったジロンドのローブが、コルテの手からハラリと落ちる。


(あの人が、ルベール・ヴィラロン……!)


 彼は、うわさ通りの危険そうな男だった。

 どんな酷薄無残こくはくむざんなことだって笑いながらやってのけてしまうような、そんな空気をまとっている。

 しかしながら、一部の女性が「私こそは」と思ってしまうのもうなずけるくらい、整った容貌をしていた。


 警告を報せる悪寒が、絶えずコルテを揺さぶってくる。

 この人の、ジロンドの背中から一歩でも出てはいけないと、コルテは思った。


「ところで……少々お聞きしてもよろしいでしょうか? ジロンド様」


「うん? なんだろうか」


 ピシャン、と。

 まるで威嚇するように、ルベールは鞭をしならせた。


 鞭による一閃で天幕の一つが吹っ飛び、天幕があった地面の土がゴッソリとえぐられる。

 それを冷ややかに一瞥いちべつした後、ジロンドはルベールを見た。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る