第23話 魔法実習③

 春の狩猟祭、開催前日。

 優秀な魔塔の魔法使いたちはすでに割り当てられたエリアの点検を終えていたが、念には念を入れてということで、担当区域を交換して最終点検をすることになっている。


 新たに割り当てられた区域に散っていく魔法使いせんぱいたちに手を振りながら、コルテは内心、


(置いていかないで〜)


 と、嘆いていた。


 今日の仕事は表向きこそ最終点検となっているが、実際には裏ミッションであったコルテの魔法実習の仕上げである。

 魔塔の魔法使いたちも心得ているようで、彼らは一様に気の毒そうな顔をして、「グッドラック!」と別れを告げて行った。


(ジル様と二人きりなんて、何をされるか……)


 少し前まで感じていた、胸のときめきを返してほしい。

 今となっては、身の危険より不用意に忍び寄ってくる死の影に恐怖を覚える。


(魔法使いになるためには、こんなことを経験しなくてはならないの?)


 コルテは知っているが、知らない。

 偉大なる魔法使いによる指導を受けられるのは幸運なことだが、ついていけるのはよほどの強者つわものだ。


 そうと知らないコルテだから、なんとかなっている。

 無知も場合によっては、役に立つことがあるらしい。


 昨日はジロンドから「ゴーレムをあと五体作ってみよう」と言われ、ヒーヒーしながらゴーレムを五体作った。

 しかし、五体作ったところでまだ立っていられるコルテの魔力総量に興味を抱いたジロンドに、「魔力の総量を把握したいから、魔力切れを起こすまで作ろうか」と言われてしまったのだ。


 笑ってはいたけれど、魔王にしか見えなかった──と、のちにコルテは語る。


 そうして頑張ること数時間。

 コルテは結局十体ものゴーレムを作り出し、魔力切れを起こして気絶した。


 その後、ゴーレムたちは見事にファイアベアキングを討伐したそうだ。

 討ち取った証として剥ぎ取られた毛皮は、ジロンドによって敷物へと変えられ、コルテの部屋に敷かれている──。


(ああ、今日は何をしろって言われるのかしら)


 崖から飛び降りるのも、ゴーレムをいっぱい作るのも、もうたくさんだ。


(魔力も戻りきっていないのに)


 今朝は、ベッドから起き上がるのも億劫おっくうなほどだった。

 ジロンドが「抱っこしてあげよう」なんて言ってこなければ素直に休めたのに、あまりにも恥ずかしくて、ついムキになって「元気ですから!」なんて言ってしまったのだ。


(気を利かせたつもりなのだろうけれど、ちょっと……ねぇ?)


 ジロンドはたまに、コルテのことを幼女のように扱うことがある。

 大事にされるのは嬉しいけれど、俯瞰ふかんして見ると過保護な恋人のようで、大変に恥ずかしい。


(こんなことを考えてしまうのは、疲れているせいだわ)


 気絶して一晩経ったが、せいぜいがところ、回復できたのは総量の三分の一といったところだろうか。

 これまでのことを考えると、仕上げなんてとてもではないができそうにない。


(死んでしまったら、元も子もないもの。勇気を出して、今日はできないって言おう!)


 コルテはなけなしの勇気を振り絞って、後ろにいるであろうジロンドを振り返った──のだが。


「え??」


 てっきり総復習のための準備をしていると思っていたジロンドは、なぜか野外活動にでも行くような軽装に着替えていた。


「あの、ジル様?」


「なんだい、コルテ」


「今日は、魔法実習の仕上げをするって聞いていたのですが」


「うん、そうだよ。これが、仕上げ」


 ジロンドが持っていたつえを一振りすると、コルテの衣装も動きやすいものへと変わる。

 続いてつえをもう一振りすると、小ぶりなウエストポーチが二つ、宙からポンっと現れた。


「こっちはコルテの分ね」


 ジロンドはポーチの一つをコルテへ渡すと、もう一つを開いて中を見せてきた。

 手のひらサイズの小鍋にナイフや皿やさじ──魔塔でよく見かけるものの、簡易版といったところだろうか。


「これは、携帯用の調薬セット。今日はこれで仕上げをするよ」


「薬の調合が、仕上げ……?」


 最終日が調薬なんて、思ってもみなかった。

 てっきり大掛かりな魔法を使うことになるだろうと、本日も魔力切れを覚悟していたコルテは、予想外の展開に目を瞬かせた。


「うん、そうだよ。コルテにとって、最も重要な講義だ」


 そう言って、ジロンドはキリリと表情を引き締めた。


 ジロンド曰く、コルテの魔力は量こそ豊富だが、回復に時間がかかるらしい。

 これは、魔力量が多い女性魔法使い──聖女と呼ばれる者にはよくあること。


 聖女であれば教会が魔力回復薬を用意してくれるが、魔塔所属のコルテはそうはいかない。

 ジロンドが調合することもできるが、いつだって彼がそばにいるとは限らないのだ。

 そのため、魔力が枯渇して逃げる術すらなくなった時のことを想定し、現地調達した薬草で魔力回復薬を作れるようにしておきたい──とのことだった。


「どんな時でも、生き残れるようにね。、長生きしてもらいたいから」


 ジロンドの言葉に、コルテはギクリとした。

 その言葉はまるで、前世のコルテが長生きできなかったことを知っているかのようだったからだ。


(気のせい……よね?)


 まさか、そんなわけない。

 今のコルテは人間で、前世がマンドレイクだとわかるものはなにもないのだから。


 恐る恐る見上げると、もう取り返せない何かを諦めるような目と視線が絡んだ。

 心細くなって、コルテはジロンドの名を呼ぶ。


「ジル様……?」


 その瞬間、フッとジロンドが笑った。

 うら寂しさを覆い隠すような笑みはけなげで、思わず駆け寄って抱きしめてあげたくなるほど、コルテの胸を切なくさせる。


「じゃあさっそく、薬草採取と行こうか!」


 しかし、それまでの空気をなかったことにするかのような明るい声に、コルテは伸ばしかけていた腕をノロノロと下ろした。


(さっきのは、なんだったの?)


 けれど、考える時間はなかった。

 ジロンドが、時は金なりとばかりに足早に歩いて行ってしまったからだ。

 コルテは慌てて、ジロンドの後を追いかけた。


「さて、コルテ。魔力回復薬に必要な薬草は、覚えているかい?」


「ええと……一般的に使われるのは、コリンシアの球根にラムリアの葉、熟していないキュレネの実です」


「ああ、一般的にはそう言われている。しかし、緊急時にすべての素材を見つけることができるかというと……答えは“いいえ”だ」


 ジロンドの言う通りだ。

 コリンシアの球根やラムリアの葉は、雑草のようにそこかしこに生えているので子どもでも採取可能だが、熟していないキュレネの実は、時期を逃すと採取不可になる。


 キュレネの実が熟すのは、夏から秋にかけて。

 今は春だから、乾燥しておいたものを携帯しておくか、あるいは運良く早く熟したものに出会うしか方法はない。


「コリンシアやラムリアは良いとして、キュレネは難しいでしょうね」


 ムムムと眉間に皺を寄せるコルテ。

 ジロンドは彼女の眉間の皺を人差し指でグリグリと伸ばしてやりながら、内緒話をするように耳元へ口を寄せた。


「これは僕だけの秘密のレシピなのだが……実は、ベスタリスの実に光を当てて光毒性を活性化させると、キュレネの代用品として使えるようになる」


「そんなレシピ、初めて聞きますよ⁉︎」


 二人はキスしそうなくらいに距離が近かったが、コルテはそれどころではなかった。

 偉大なる魔法使いが、コルテとだけ共有してくれた秘密。

 褒められた時よりも強力な充足感に、コルテは舞い上がっていた。


「僕だけの秘密のレシピだからね。魔塔の魔法使いにも教えていないし、もちろん、本にも載せていない。きみと僕だけの、二人だけの秘密さ」


「……そんな貴重なレシピを、わたしなんかに教えて良いんですか?」


「言っただろう? 長生きしてほしいって。もちろん、このレシピを使う時がこないことを祈っているけれどね」


 だから、できる限り僕のそばにいるように。

 ジロンドはそう言って、懇願するようにコルテの手のひらへキスを落とした。

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