第20話 魔法実習①

 春の狩猟祭の時だけに解放されるという王家の狩猟場は、一時は自然公園にしようという案が出たこともあって、緑豊かな場所だった。


 起伏が激しい荒野は広大で、馬車で簡単に行くことができるのに隔離されている。

 どこまでも続く果てしない空と大地は、人がひしめく王都では味わうことのできない、解放感を味わうことができる。


 狩猟場には川の源流がいくつか存在し、釣りに興じることもできるようだ。

 狩猟が苦手でも釣りくらいなら……と誰もが楽しめる場所になっているらしい。


「そんなにすてきな場所なら、年に一度と言わずずっと解放すればいいのに……」


「狩っても狩っても魔獣がいなくならないから、常時開放は難しいんだ。計画されていたこともあったが、どうにもならないと分かって破棄された」


「そうなのですね」


 風に揺れる木の枝の合間から、キラキラと陽光がこぼれ落ちている。

 草むらの影から時折聞こえる音は、小さな生き物たちの足音だろうか。


(平和だなぁ)


 とても魔獣が出るとは思えない、のんびりとした空気があたりを包み込んでいる。


 春の狩猟祭、開催一週間前。

 コルテとジロンドは、魔塔の魔法使い数名とともに王家の狩猟場へ来ていた。


 すでに話は通っているのか、門を守る魔法騎士たちは、ジロンドのローブを見るなりあっさりと門を開く準備をしてくれる。


「あの、ジル様」


「ん?」


「どうしてあの方たちは、ジル様が魔塔主だとわかるのですか?」


「それはね、ローブの色で見分けているからだよ」


 認識阻害魔法を使っているのにジロンドだと認識されるのは、ローブの色のおかげらしい。

 ジロンドがまとう濃紺色は、彼だけに許された特別な色なのだ。


 聞いてから改めて見てみれば、魔塔の魔法使いたちはジロンドのローブよりも幾分か淡い紺色をしていた。

 見習いであるコルテのローブは、それより数段明るい色をしている。


「門を開きますので、少々お待ちください」


 魔法騎士たちはそう言って、コルテたちを数歩下がらせた。


 封印魔法が施された門は、魔法騎士が持つ剣が鍵となっているようだ。

 二人の騎士が鍵穴へ同時に剣を差し込むと、行く手を阻んでいた頑丈な格子が光の粒となって消えうせる。


「わぁ……!」


 とても綺麗な光景だ。

 光の粒は蛍のようにチラチラと宙を揺蕩たゆたっている。


 感嘆の声を上げて見入るコルテの手を、ジロンドが引く。

 一定時間を過ぎると元に戻る仕組みなので、ゆっくり見ているものではないらしい。

 コルテは慌ててジロンドの手を握ると、小走りで門をくぐった。


「お気をつけて」


「はい、ありがとうございます」


 見送る魔法騎士へペコリとおじぎを返し、コルテは前を見た。

 石畳の道を少し歩いた先に、草地をならしただけの簡易的な広場がある。


「当日はここにテントが張られて、休憩したり、表彰式を行ったりするんだ」


「今回はジロンド様が参加ですからね。優勝者は決まったも同然っす」


「狩りができない女性や子どもたちのために、朗読師が呼ばれたりもするんですよ」


 魔塔の魔法使いたちは、コルテに親切だ。

 機嫌を損ねてマンドレイクもどきを取り上げられたくない……という者も中にはいるようだが、今回一緒に来た面々は、腐海を浄化した女神としてコルテに一目置いているタイプの人たちだった。

 つまり、掃除ができる弟子を歓迎していると言える。


 機嫌を取ってくる人もわかりやすくて嫌いではないのだが、気安さでいえば今回の人たちの方が上なので、コルテは安心して同行することができた。


 コルテが春の狩猟祭へ来たことがないと知ると、彼らは馬鹿にすることなく狩猟祭の様子を教えてくれる。

 貴族令嬢でありながら一度も家の外へ出たことがなかったコルテは、当然のことながら狩猟祭へ出席したことがなく、彼らの話が物珍しくて仕方がない。

 好奇心いっぱいの目で一生懸命耳を傾けるコルテに、もともと話したがりだけれど緊張して話せないだけの魔塔の魔法使いたちは、あれもこれもと饒舌に語り尽くしてくれたのだった。


「そろそろ安全点検の流れを説明する」


 狩猟祭の説明があらかた終わると、頃合いを見計らったようにジロンドから声がかかった。

 たるみきっていた空気が、一瞬で引き締まる。

 普段は優しいだけのジロンドだけれど、こういう時の彼は偉大なる魔法使いらしい貫禄があって、近寄りがたい。


(甘いのと冷たいの……ジル様はチョコミントみたいな人ね)


 明日以降は広場でテントの設営や準備が始まるそうで、狩猟場の安全確認は出入り口付近から奥へ向かってしていくことになった。

 狩猟場をいくつかのブロックにわけ、二、三人のグループで見回っていく流れのようだ。

 コルテは実戦経験がないため、ジロンドと二人で行動することになった。


「──説明は以上です。質問がなければ、始めてください」


 説明が終わると、魔塔の魔法使いたちはさっさとグループをつくり、散っていく。

 毎朝のように繰り広げられる「行きたくない」「行け」の応酬がうそのようにすんなりである。


 コルテがその様子をポカンとして見ていると、隣へやって来たジロンドが「ですよねぇ」と苦笑を漏らした。


「今年は石鹿ストーンディアが大繁殖しているらしいと耳にしたのだろう。手に入れた素材は好きにして良いと王家から一言あったから、張り切っているようだ」


 ストーンディアから得られる宝石は、貴族にとっては装飾品だが、魔塔の魔法使いにとっては大事な資源だ。


 魔塔の魔法使いに求められるのは、難易度の高い魔法。

 成功率を極限まで引き上げる、宝石インク──宝石を細かく砕いて作るインク──による魔法陣は、なくてはならないものである。

 使う魔法によって宝石を使い分けるらしく、多種多様で希少な宝石も手に入れられるストーンディアは格好の獲物なのだろう。


「なるほど。宝石、高いですものね」


 魔塔の魔法使いの実力を持ってすれば、購入するよりストーンディアを倒した方が効率が良さそうだ。

 納得に深々とうなずいていると、不意にジロンドが質問してきた。


「コルテは、宝石が好きか?」


「宝石ですか? 好きか嫌いかだと、好きですけれど……」


「そうか、好きなのだな」


「でも、特別ほしいわけではないです。アクセサリーなんて、私にはもったいないですし」


 キラキラしていて綺麗だと思うけれど、コルテが身につけたらあっという間になくしてしまいそうだ。

 かと言って、なくしづらそうな大きな宝石は今のコルテに買えるはずもないし、身につけるにしても邪魔すぎる。

 結果コルテは、やっぱりいらないなと思った。


「ジル様、どうかしましたか?」


 何やら思い悩んでいる様子のジロンドへ声をかけると、彼はハッと我に返ったようにビクッとして、取り繕うように「では始めようか」とコルテを促した。


(なにか心配事でもあるのかしら……?)


 前後の会話から、悩み事の内容は窺い知れない。

 きっと、偉大なる魔法使いにしか思い至れないような高尚な悩みなのだろう。

 そう結論づけたコルテは、ジロンドに促されるまま、初めての魔法実技に挑むのだった。

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