第21話 魔法実習②

「きゃあぁぁぁぁ! 無理無理無理ぃぃぃぃ!」


「すばらしい! こんな状況で普通に声を出せるなんて、大進歩だよ!」


「そんなこと言ってる場面じゃない! ひゃあぁぁぁぁ!」


「なにが無理なものですか。きみなら絶対にできる!」


 清々しい笑顔でとんでもないことを言わないでほしい。


(この人、なんてスパルタなの‼︎)


 舞い上がる髪を押さえながら、コルテはジロンドを涙目でにらんだ。


 偉大なる魔法使い、ジロンド・フェラン。

 優しいだけの男かと思いきや、弟子にはわりと手厳しかった。


(わりとっていうか、わたし、死にかけてるぅぅぅぅ!)


 コルテとジロンドは、狩猟場の最奥にある崖の上にいた──つい、さっきまで。

 そう、ついさっきだ。今はそうではない。


 今二人は、迫り出した崖の上から崖下にある森へ向かって飛び降りたところだ。

 正確には、魔獣によって崖の先端まで追い詰められたところをジロンドに足払いをかまされ、二人仲良く崖の下へ真っ逆さまに落ちているところである。


 ジロンドの魔法によって落ちるスピードはやや遅くなっているものの、彼は着地まで手伝うつもりはないらしい。

 自分の力で着地することが今回の目標だそうで、彼はニコニコと「きみならできる」と激励してきた。


(こんなに怖いのに、できるわけあるか──‼︎)


 春の狩猟祭、開催二日前。

 それまで、コルテの魔法実習は順調そのものだった。


 ジロンドによる【魔獣講座】で魔獣の弱点をしっかり教え込まれていたコルテは、模範的な答えを導き出す生徒のように、次々と魔獣の弱点をついて倒していった。

 ネズミやウサギに似た小型の魔獣の討伐からはじめて、昨日はとうとう一人で中型の魔獣を倒すことにも成功した。


 そして今日は、予定を繰り上げて大型の魔獣に挑んでいたのだが、やはりというかなんというか、コルテにはまだ早かったらしい。

 技能的には問題がなかったのだが、心構えがまったくできていなかったのだ。


 生まれて初めて目にした大型魔獣は、火熊ファイアベアだった。

 それも、ファイアベアの中でも親分クラスと言われるファイアベアキングである。


 ファイアベアの平均的な体長は一般男性の身長とほぼ同じだと言われているが、キングというだけあって平均の1.5倍はある。

 赤銅色の毛とモコモコとした丸い顔に愛らしさを感じなくもないが、爪と爪を擦り合わせて放ってくる火の攻撃は、一帯を火の海にするほどの威力だ。


 その姿を目にした瞬間、コルテは迷いなく走り出した。

 逃げ切らなければ、殺される。

 圧倒的な力の差に、戦う気すら起きない。


 隣にいたジロンドは、コルテを守るでもなく一緒に駆け出した。

 もしかしたら、多少はフォローされていたのかもしれない。

 そうでなければ、コルテが無傷で逃げ切ることは不可能だっただろう。

 けれども、振り向きざまに見たジロンドの目は、コルテがどうやってこの危機を脱するのか、興味津々といった風に輝いていた。間違いなく。


(悪趣味!)


 とはいえ、やらなければ大けがをすることは必至である。

 ジロンドがついているので死ぬことはないだろうが、痛いのは嫌だ。


 魔法陣なしで魔法を使えることは便利だが、言葉が出てこなければ意味がない。

 焦りつつなんとか捻り出した文言を、コルテは矢継ぎ早に唱えた。


「森の木々よ、わたしを受け止めて。風よ、クッションになって。あとは……えっと、あとは……なんでもいいからわたしをたすけてぇ────‼︎」


 ゴッソリと、魔力が体から抜け落ちるのを感じる。

 これまで感じたことがなかった感覚だ。

 もう後はなるようになれと、コルテはヤケクソになって目を閉じた。


(痛いのは嫌、痛いのは嫌、嫌ったらいや──!)


 落下するコルテの体を、風がやわらかく包み込む。

 そしてそれを、森の木々が受け止めた。


 そこまでは、想定内だ。

 しかし、それで終わりとはいかなかった。


 階段で尻もちをつくように枝から枝へと落ちたコルテは、再び宙へ投げ出された。

 そのまま地面に落ちるのかと思いきや、大きな何かにキャッチされる。


 まるで、大男に抱きかかえられたような安定感。

 そして、押し付けられた頬に感じる、手触りの良い毛の感触。


「これは、なに……?」


 何が起こったのかわからず、コルテはそろりとまぶたを上げた。


「〜〜〜〜!」


 フカフカの毛に、丸い耳。

 コルテは一瞬、ファイアベアかと思った。

 先ほど追いかけてきていたファイアベアキングと、背格好がそっくりだったからだ。

 しかし、こんなファイアベアがいるなんて聞いたことがない。


(なんで、緑色⁉︎)


 よく見れば、毛だと思っていたのは苔で、耳だと思っていたのはキノコだった。

 背格好はファイアベアそっくりだが、それ以外は明らかに違う。


 背後で、ジロンドがクツクツと笑っている。

 コルテは「笑い事じゃない!」と叱りつけたかったが、無理だった。


「わたし、苔熊モスベアに抱っこされてる────!」


 コルテと目が合ったモスベアは、グワっと口を開いた。

 食われる! と思って身構えたものの、どうやらモスベアは褒めてほしかったらしい。

 撫でてほしそうに鼻先を近づけてきたので、コルテはおずおずと、その鼻先を撫でてみた。


「よしよし、いい子いい子」


 鼻はツルリと磨かれた石のような感触で、ぬいぐるみの鼻ボタンのようだと思えなくもない。

 嬉しかったのか、モスベアは「ワフッワフッ」と犬のように鼻息荒く応えた。


「あのデタラメな言葉で泥人形ゴーレムを作るとは。さすが、コルテ」


 クツクツと笑いながら、ジロンドは言った。


「ゴーレム? これ、モスベアじゃないんですか?」


 ファイアベアが存在するなら、他の熊がいたっておかしくはない。

 だからコルテは苔熊だと思ったのだが、どうやら早とちりだったようだ。

 キョトンとした顔で尋ねたコルテに、ジロンドは耐えきれないとばかりに吹き出した。


「ああ、モスベアなんて魔獣は存在しない」


 笑い過ぎて涙がでたのか、ジロンドは目元を袖で拭いながら答えた。

 そんな彼を、コルテはムスッと唇を尖らせてにらむ。


「ジル様、笑うなんてひどいです」


「すまない。きみがあまりにもかわいらしいことを言うものだから、つい。ところでコルテ、ゴーレムについて覚えていることはあるかい?」


 子どものように笑っていたかと思えば、大人びた魔法使いの顔に逆戻り。

 そのギャップがどうにも慣れず、コルテは不覚にもドキリとしてしまった。

 早鐘を打つ心臓に「鎮まれ〜」と念じながら、済ました表情で答える。


「えっと……いただいた本には、土を捏ねて人形を作り、それに魔法陣を刻んだ宝石を核として埋め込むことで、使役することができる泥人形だと書いてあった……はずです」


「うん、そうだね。まさにその通りだ」


 どうやらコルテは、「なんでもいいからわたしをたすけて」の一言で、着地地点にあった苔生こけむした土とたまたま近くに転がっていた宝石──おそらく石鹿ストーンディアの落とし物だろう──を利用し、ゴーレムを作ってしまったらしい。


「本来は、いくつも工程を踏んでいかなくてはならない魔法なのだけれどね。コルテの魔法は、すごいな」


 そう言って、ジロンドはくしゃりと微笑んだ。

 子どもみたいな無邪気な笑みに、コルテの心臓がより一層うるさくなる。


「今回は逃げることになってしまったが、ゴーレムを作り出せるなら、ファイアベアキングも倒せるかもしれないな。そうだな……あと五体ほど作れば、余裕で勝てるだろう」


「五体、ですか。まさか、これから作れと……?」


(そんな無慈悲なことは言わないですよね?)


 コルテの無言の訴えに、ジロンドはニッコリと──有無を言わせなかった。

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