第18話 狩猟祭への招待状

 助けた動物が恩返しをしてくれるのは、おとぎ話の中だけの話らしい。

 ジロンドが助けた伝書鷹が持ってきたものは、彼にとって眉をひそめたくなるような代物だった。


「春の狩猟祭への招待状、ですか」


 思うところがあるのか、目をソワソワさせるコルテ。

 さもありなん、とジロンドはため息を吐いた。


 コルテとルベール・ヴィラロンの間に婚約話が持ち上がっていたことは、聞き及んでいる。

 執事がなんとかすると言っていたが、万が一のことがあるかもしれない。コルテの身に何か起こった際は助けてほしいと、マンドレイクもどきたちからお願いされていた。


 もちろん、マンドレイクもどきたちの言葉がなくても守るつもりだ。

 ジロンドにとってコルテは、何にも代え難い存在。何十年も待ち続けていたコルテを、ヴィラロン家なんぞに渡すわけがなかった。


 とはいえ、何もないに越したことはない。

 下手に動けば執事の努力を水の泡にする可能性もあるため、リナローズ家との接触を避け、ひとまずジロンドは様子見に徹していた。


 春の狩猟祭となれば、ヴィラロン家は必ず参加するだろう。

 国外の戦場で遊び回っているルベールも、狩猟祭に合わせて帰国するはず。


 武芸に秀でた家門が、不参加などあり得ない。

 フラストレーションを溜め込んでいるような連中なら、なおさらだ。


 例年通りであれば、やりすぎるきらいがあるジロンドは待機組である。

 だが──、


「今年は、魔獣の当たり年らしい。魔塔の魔法使いは出席せよとのお達しだ」


 気乗りしない顔でジロンドは、持っていた招待状を机上へ投げた。


 招待状とは名ばかりの、召喚状。

 当代の国王は畏怖という感情が薄いのか、先代と違ってジロンドを使うことに躊躇ためらいがないようである。


「コルテ。魔獣とは何か、覚えているか?」


「ええと、魔力を有する動物ですよね。大型の魔獣は魔法で攻撃してくるから、魔法使いによる討伐が推奨されている……で合っていますか?」


「ああ、そうだ」


 おずおずと答えたコルテに、ジロンドはもっと自信を持てと笑顔で頷いた。


 狩猟場に現れる魔獣の中でもっとも危険なものは、火熊ファイアベアだ。

 炎を操り、周囲を焼き払う。時に山火事を引き起こすため、要注意だ。


 次に危険なものは、石鹿ストーンディア

 こちらはツノを鉱物化して突き立ててくる。しかし倒せば宝石が手に入るとあって、ファイアベアより人気がある魔獣だ。


 中型以下の魔獣は通常攻撃で倒すことが可能だが、大型はそうもいかない。

 狩猟祭では、魔塔に次ぐ実力を持つ神殿の魔法使い──聖女が治療・回復を担当するので、それ以外の魔法使いが魔獣討伐を引き受けることになっている。


 ただし、魔塔主であるジロンドだけは例外だ。

 彼は狩猟場の一部を焼け野原にした前科があり、以降自粛を求められていた。


 そんな彼を呼び出すほど、今年は魔獣が多いらしい。

 ウヨウヨと大群になって押し寄せる魔獣たちを想像して、コルテはブルリと震えた。


「通常、魔獣が出現するのは狩猟場の最奥だと聞きましたが……」


「通常は、な。どういうわけか、今年はそこかしこに出現しているらしい。ある程度は安全を確保する必要があるため、魔塔の魔法使いは数日前から来るように、とのことだ」


 今年も例年通り希望者だけを参加させるつもりだったジロンドにとって、嬉しくない事態だ。

 人気がなくなった魔塔でコルテと二人きり。距離を縮める良い機会だと思っていただけに、 出鼻をくじかれたようで面白くない。


「行きたくないな……」


 ボソリとつぶやきながら、ジロンドは招待状を爪弾いた。


 ヴィラロン家と顔を合わせたくないのは、ジロンドも同じだ。

 コルテの件を抜きにしても、ジロンドはヴィラロン家を好ましく思っていない。


 魔法使いでもないのに魔獣エリアに出張ってきて、高笑いしながら魔獣を必要以上に痛めつけつつほふる一族。

 見ていて気持ちがいいものではない。


 ジロンドは偉大なる魔法使いと呼ばれるだけあって、攻撃魔法もできる。

 しかし、気持ちとしてはできる限り殺したくないし、仕方がないことなら魔法薬で安らかに逝かせるか、苦しませずに一撃で仕留めたいと思っていた。


 ヴィラロン家とジロンドは、相反する存在なのだ。


「そんな暇があるなら、コルテと魔法の勉強をしていたい……」


 手紙を遠ざけようとするジロンドは、不貞腐れた顔をしている。

 彼は時々、こんな風に子どもっぽくなる。

 それは誰の前でも構わないというわけではなく、どうやらコルテの前でだけ見せる姿のようだった。


 男性ばかりの魔塔の中、唯一の女性であるコルテだから見せる姿なのか。

 それとも、彼からしてみれば子どもと大して変わらない年齢であるコルテに合わせた結果なのか。


 少し前、仕事ほしさに唇を尖らせて抗議したことを思い出し、コルテは(あれが原因なのかなぁ)と思った。


 それにしても、講義をする時の魔法使いらしい澄まし顔とは違って子どもみたいに素直な彼は、思わず構いたくなってしまいたくなる魅力がある。

 撫でくりまわしたいとか、大きなぬいぐるみのように抱きしめたいとか。そんな風に思うのは、大人な彼に失礼だろうか。


(ジル様は、わたしよりずっとずっと年上なのに)


 しかし、コルテとの時間を楽しみにしてくれていることは、とても嬉しい。

 だからこそ、こんなことで今の時間を無為に過ごすことになっては、もったいないと思うのだ。


「ありがとうございます、ジル様。でも、国王様からの招待状ですもの。お断りすることは不可能でしょう」


「いや、魔塔主の権利を行使すればできなくもない」


 少し憮然ぶぜんとして自分の顎を撫でながら、ジロンドは言った。


 魔塔主の権利がどの程度のものなのかコルテにはわからないが、それでも「講義をしたいから」という理由で行使するようなものではないはずだ。

 国の存亡がかかっているとか、人の命に関わることとか、とにかく狩猟祭どころではない理由でなければ納得されないだろう。というか、コルテが納得できない。


(それとも、わたしが世間知らずなだけなのかしら)


 視線を感じてそっと足元を見ると、マンドレイクもどきのバーダックが頭をブンブン振って否定していた。

 マンドレイクもどきのバーダックは、文字を読めるほどの知識を有する賢いマンドレイクもどきだ。魔塔では魔法使いについて回って、さらに見識を深めている──と、主に行動をともにしているハリオスから聞いていた。


 そんな彼が違うというのだ。

 自分の価値観が間違っていなかったとわかって、コルテはホッと安堵あんどした。

 そして、国と交わした契約を確認しようと立ち上がりかけていたジロンドを、引き留める。


「そこまでしていただくわけにはいきません。それに……ジル様も言っていたではありませんか。そろそろ実技を始める頃だ、と」


「言ったな」


「狩猟場であれば、ちょっと失敗しても迷惑をかけることもありません。それに、ジル様が一緒なら大丈夫でしょう?」


 好きな人から全幅の信頼を寄せられて、頑張れない男がいるだろうか。

 ましてやジロンドは、偉大なる魔法使いと呼ばれる男。

 魔法使い見習いのたわいない失敗も、魔獣の暴走だってなかったことにしてしまえる。

 それだけの実力も、権力も持っているのだ。


「ああ、もちろんだ」


 自信に満ちあふれたまなざしに、コルテは目を細めた。

 胸がトクトクと、早鐘を打っている。


(このむず痒いような感覚は、なんだろう?)


 降って湧いたような疑問は、しかし魔塔内に響き渡った爆発音にかき消されるように消えていった。

 文句を言いに席を立つジロンドを見送りながら、コルテは思う。


(正直に言って、狩猟祭へ行くのは危険だと思う。でも、狩猟祭の準備だけなら……)


 王家の許しもなく、狩猟祭以外で狩猟場へ入ることは禁じられている。

 だからコルテは、なんだかんだ理由をつけて狩猟祭の前に魔塔へ戻れば大丈夫だろうと、安易に同行を決めたのだった。

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