第14話 魔法使いの苦手なお仕事
幸せいっぱいの朝食を終えたコルテは、食器類をまとめてトレーへ載せた。
いつもならそれをジロンドへ渡して終わりになるのだが、今日は違う。
(よし。今日こそは……!)
今日こそは、仕事をもらうのだ。
まずは最初の第一歩──食器洗いをやらせてもらう!
「ジル様。片付けは、わたしが」
「いや、いつも通り僕がやるよ。コルテは部屋で休んでいて」
トレーを持って立ち上がったコルテを、ジロンドが引き止める。
「やらせてください」
コルテは伸びてきた手からトレーを遠ざけつつ、出口へ向かっていった。
「コルテ。いい子だから」
追いかけてきたジロンドが、トレーを取り返そうと手を伸ばしてくる。
それをヒョイと避けながら、コルテはいじけた子どものように唇を尖らせた。
「お休みするだけは、疲れるんです」
「では、読書でも……」
コルテが滞在している部屋は隠し部屋にでもなっているのか、扉の表は魔塔の壁と同じ素材、裏は本棚になっている。
ジロンドは「秘密基地みたいでおもしろいだろう?」と言うが、コルテはあまり好きではなかった。
目の前にある本棚には、たくさんの書物が収められている。
どれもこれも、小難しいタイトルばかり。
ラマノンの魔法学研究、ディジョンの魔法論理学、シャモニコルテ全集。
目に入った三冊だけでも、タイトルからして非魅力的だ。
偉大なる魔法使いの視点では軽い読み物なのだろう。
しかし、コルテにとってもそうとは限らない。
(どれもこれも、言い回しが難しくて回りくどいのよ)
コルテが読む気になれたのは、マンドレイクの育て方や薬草図鑑、初級魔法理論くらい。
しかも著者は、ジロンドだった。
そうと言われたわけではないけれど、それとなく、思っていた以上にコルテの能力が低いと言われているような気がしてしまう。
育ってきた環境を思えば仕方のないことなのだが、偉大なる魔法使いに見いだされたからには特別な素質があるのだろうと──難しい本も読めばたちまち理解してしまうようなすばらしい能力があるかもしれないと期待していただけに、落胆は大きい。
卑屈な気持ちで悲しそうに目を伏せながら、コルテはポツリと答えた。
「読めそうな本は、もう……」
「そうか。難しいなら僕が解説付きで読んであげよう」
さぁ戻ってと部屋へ戻そうとするジロンドから、距離を取る。
コルテの眉間に、ムムムと皺が寄った。
ジロンドはどうやっても、コルテを部屋から出したくないようだ。
穏やかな笑みを貼り付けているが、鈍いコルテにもわかるくらい声がわざとらしい。
うそをつけない人が一生懸命にうそを突き通そうとしているような、そんな感じがした。
「ジル様。わたしが言いたいこと、わかっているのでしょう? わたし、体を動かしたいんです。仕事を、させてください」
「それなら、部屋で体操をしたら良いのではないか?」
「それだけでは足りません。以前のわたしは介護をしながら屋敷のことを全部やっていたんです。毎食あんなに豪華な食事をしていたら、あっという間に太ってしまいます」
「いや、それはそれでかわいいと……思うが」
「どうして、だめなんですか? わたしは貴族令嬢ですが、家事はひととおりこなせます。掃除も洗濯もお料理も、ガーデニングも得意です」
「そ、そうか。いいお嫁さんになれそうでよかった……ではなくて、だな」
気まずそうに、ジロンドが咳払いする。
一体なにがそんなに彼を戸惑わせているのか。
実は、コルテは理由を知っている。
(偉大なる魔法使い様の、意外な一面……)
例によってマンドレイクもどきたちから、しっかりと聞いていた。
「魔塔内が心配なら、畑仕事はどうですか?」
「まさか! この寒空の下、外での作業なんて許すわけないだろう⁉︎」
「じゃあ、何なら良いのですか?」
「そ、れは……」
コルテの部屋は、魔塔の最上階──ジロンドの部屋の一角だ。
本棚と一体化した扉の向こうにあるのは、ジロンドの私室兼仕事部屋。
しかしその実態は、
(腐海……!)
何を隠そう、目の前にいる偉大なる魔法使い様は、片付けが大の苦手らしい。
彼自身は魔法で宙に浮けるので生活に支障はないようだが、マンドレイクもどきたちはそうはいかない。
マンドレイクもどきたちが朝早くに出かけるのは腐海を抜ける必要があるからで、そのせいでコルテとの時間が短くなっているというのだから、コルテとしてもなんとかしてあげたいところだった。
「わたし、知っているのですよ?」
ギクン! とジロンドの肩が震える。
胡散臭い笑みでうやむやにしようとしているが、逃がすつもりなんてなかった。
「な、なんのことかな?」
言い逃れできないように、わざと近くから見上げる。
ジロンドがコルテの上目遣いに弱いことは学習済みだ。ここぞとばかりに、見上げる。
「さぁ、開けてください」
いろいろと足りないところが多いコルテだけれど、家事だけは得意だと、胸を張って言える。
「どんな状態だろうと、完璧に綺麗にして差し上げますから!」
なにせ、あのボロボロの別館を、ほぼ一人で住める程度に整えていたコルテである。
鼻息も荒く「任せてください」と豪語すれば、しばらく渋っていたジロンドもようやく諦めがついたようだった。
ゆっくりと、分厚い扉が開かれる。
初めて全開になった扉の向こうには、マンドレイクもどきたちが言っていた通りの惨状が、広がっていた。
「……すまない。これでも、片付けようと努力はした……のだが」
見ての通り、腐海である。
とはいえ、努力の痕跡はそこかしこに見受けられる。
一人暮らしにしてはやたらと多い収納家具が、その証だろう。
「ジル様」
「なんだ?」
何を言われるのだろう。
身構えるジロンドへ、コルテは言った。
「努力は認めます。でも、努力の方向性を誤っているかと」
「つまり?」
ジロンドが首をかしげる。
キョトンとした顔は少年のように幼く、コルテはつい、年上ぶって語ってしまった。
「入ってくる不要なものを断つ。不要なものを捨てる。物への執着を捨てる」
「なるほど」
「収納を増やしたら一時的には綺麗になりますけれど、ずっとは続きません。まずは物を減らす努力をしましょう」
コルテの言葉を受けて、ジロンドは素直に辺りを見回す。
捨てられるものがないか、探しているのだろう。
けれど見つからなかったようで、ジロンドは助けを求めるようにコルテを見つめた。
「しかし、こうも多いとどこから手をつけていいものやら……」
「まずは身近なところから始めましょう。頻繁に見る場所が片付くと、気分がスッキリして勢いがつきます」
ジロンドなら本が最も身近だろうか。
けれど、本は誘惑が多い。気になって読み直しているうちに随分と時間が経っていた──なんてことは、本好きにはよくあることだと聞く。
その時ふと、コルテは思い出した。
片付けるところだった、食器。
(これを片付けるついでに始めれば良いのでは?)
そういうわけで、初日は食器とキッチンツールを見直すことになった。
キッチンツールに混じって魔法のつえが何本も出てきた時は心底呆れたが──なにせ魔法のつえはオーダーメイド。ジロンドのものとなれば、相応の値段になる──日が落ちる前にはなんとか、キッチンと腐海を切り離すことに成功したのだった。
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