第8話 マンドレイクもどき
「…………はあぁぁぁ」
自室へ戻ったコルテは、ヨロヨロとベッドへ倒れ込んだ。
年季の入ったベッドが、抗議するように
拾い上げた薄っぺらいクッションへ顔を埋め、コルテはゆっくりと息を吸い、吐き出した。
急転直下の出来事に、頭が追いつかない。
けれど、確かに言えることが一つだけある。それは──、
「明日になったら、ジル様が迎えに来てくれる……」
明日からはもう、この部屋の寒さに震えなくていいのだ。
魔法薬で声が治れば自由に話すこともできるし、コルテの頑張り次第では魔法使いになれる可能性もでてきた。
明日から始まるであろう魔塔での日々を想像するだけで、コルテの頬は自然と緩む。
そう。嬉しいのだ、コルテは。
前世ではジロンドの手で生涯を終えたわけだが、不思議と嫌悪感などはなかった。
いや、“不思議と”と言うのはおかしな話だ。
引き抜くとギィギィと醜い声で叫ぶから誤解されがちだが、多くのマンドレイクにとって薬の材料になることは本望である。
薬材として連れて行かれた仲間たちを見送るたび、コルテは羨ましく思ったものだった。
もしもコルテの前世が人間で、ジロンドの手で生涯を終えていたら──。
コルテは、彼の手を借りなかっただろう。むしろ、ここであったが百年目とばかりに復讐したかもしれない。
「そう考えると、前世がマンドレイクでよかった……のかな?」
よくわからないが、とりあえずなんとかなりそうなので良しとしよう。
今はとにかく、この喜びを噛み締めたい。
「魔塔は、どんなところかしら……?」
聞けば、とても古い塔なのだとか。
石造りの壁には蔦が
外観はアンティークだが、内観はきちんと整備されているそうだ。
常時発動している空気調和魔法のおかげで、年中快適な温度を保っている──らしい。
最上階はワンフロアまるごと、魔塔の主たるジロンドが使用している。
しかし、コルテは魔塔で唯一の女性。男性しかいない魔塔で彼女が安全に暮らすためには、防犯対策が欠かせない。
というわけで、ジロンドの厚意で最上階にある空き部屋を一室、あてがってくれるのだそうだ。
「ジル様、今頃は部屋の準備をしてくれているのかな」
リナローズ男爵と話をつけてくる。
そう言って、ジロンドはコルテより先に応接室を出た。
話をするだけの時間は、とうに過ぎている。
何もないということは、いい加減父も諦めたのだろう。
「さすがのお父様も、偉大なる魔法使いの言葉を無視できなかったということね」
クッションから顔を上げ、うつぶせのまま肘をつく。
その時ふと、コルテの視界の端に何かが映り込んだ。
ベッドの上から覗き込むと、野菜のようなものがピョコピョコと飛び跳ねている。
「ギィ」
「ギッ」
ゴボウのような生き物の名前はバーダック、ハツカダイコンのような生き物の名前はラディッシュという。
コルテが二匹の名前を呼ぶと、ギィギィキィキィ言いながらベッドをよじ登り始めた。
どちらもパンツを穿くかのように植木鉢を穿いており、鉢底穴からは足のような根っこが二本飛び出している。
その姿はまるで、オムツを穿いた赤ちゃんのようだ。
植木鉢をフリフリしながら登る姿はポテポテ歩くアヒルのようにも見えて、なんとも言えず癒やされる。
二匹の他にも、
マンドレイクのようでいて、野菜のようでもある。
なんとも不思議な生き物だ。
マンドレイクもどきは、いつ、どこで、どうやって発生するのかわからない、未知の生き物だ。
気付いたときには空いている植木鉢に収まっていて、構ってほしいと言わんばかりにキィキィギィギィ鳴いていた。
本館にいる家族と違い、マンドレイクもどきたちはコルテによく懐いた。
遠くの家族よりも、近くのマンドレイクもどき。
コルテの言うガーデニングは、実際のところマンドレイクもどきのお世話なのだった。
「あら、あなたたち。今日は寒いでしょう? 他のみんなも部屋へ入れてあげないとね」
ベッドから降りようとしたコルテを、細く小さな手が引き止める。
二匹はつぶらな瞳でコルテを見上げながら、鳴いた。
「大丈夫!」
「みんなもすぐ来るよ!」
前世の影響なのか、コルテはマンドレイクもどきたちの言葉が理解できる。
そして、マンドレイクもどきたちも、コルテの言葉がわかるようだ。
屋敷の内外を
彼らがいなければ、コルテは父の失態について知らないままだっただろう。
運が悪ければ、今頃は声を封じられていたかもしれない。
コルテはブルリと、肩を震わせた。
(本当、マンドレイクもどきさまさまだわ)
感謝を込めて、マンドレイクもどきたちの頭を撫でる。
指の先に慣れない感触を覚えて見てみれば、二匹の首には布が巻かれていた。
どうやら何かを包んで首に巻いているらしい。布の一部がポッコリと膨らんでいる。
「バーダック、これはなに?」
「荷物だよ」
「荷物?」
首をかしげるコルテに答えたのは、あとから追いついてきたコールラビだった。
「ぼくたちみーんな、コルテについて行くつもりなんだ」
「そうだよー。コルテのことが大好きで、心配だから!」
とは、セロリアック。
「まさか、置いていくつもりだった?」
「うそうそ、ほんと?」
不安そうな声を漏らすのは、ビーツとラディッシュだ。小さな口を縦に開いて、体をくねらせながら絶望の表情を浮かべている。
コルテは二匹の赤い頭の上にある茎をつつきながら、苦笑いを浮かべた。
「そんなわけないわ。嫌だって言われても、ここへは置いていけないもの。屋敷の人たちから何をされるかわからないし、どうにか説得して連れていくつもりだった。でも、大丈夫? もしかしたらあなたたち、魔法薬の材料にされてしまうかもしれないわよ。だって、行き先は
マンドレイクもどき、なんて。
捕まえて調べてくださいと言わんばかりの存在だ。
魔法に関しては一等強い好奇心を持つ魔塔の魔法使いならば、「ほんのちょっとでいいから」とゲスな笑みを浮かべてマンドレイクもどきを追い詰めるに違いない。
コルテの脳裏に、まるで見てきたかのようにその場面がありありと浮かぶ。
顔をしかめるコルテの前で、五匹は互いに顔を見合わせる。そして息をぴったり合わせて、
「コルテと一緒に行くに決まっているでしょ!」
と、答えた。
他の選択肢なんて考えてもいないようだ。
潔い返答に、コルテの方が勇気づけられた気分になる。
「みんな、ありがとう」
感極まってグスンと鼻をならすコルテに、マンドレイクもどきたちは寄り添う。
ぬくもりはない。だけれどなぜか、くっついたところからポカポカとあたたかい気持ちが広がっていくのだった。
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