第7話 再会

 魔力生産器官は、突然できるものではない。

 成長過程で新たに形成されることはなく、生まれつきのものであり、遺伝もしない。

 子供向けの絵本には「神様が気まぐれに与えているギフト」なんて書かれているほどだ。


 グランベル王国において、魔力を持った子供を隠すことは罪である。

 生まれた子供の魔力測定をしないこともまた、同罪とされている。


「幼いうちに原因を特定していれば、こんなになることもなかっただろうに」


 痛ましい傷跡をいたわるかのように、魔法使いはコルテの首筋にそっと手を添わせた。

 コルテの脳裏に「手当て」という言葉が浮かぶ。

 くすぐったさに思わず肩をすくませると、魔法使いは慌てた様子で手を引っ込めた。


「すまない、つい……」


 声がしょんぼりしている。


(この人、いい人だなぁ)


 コルテの境遇を、心から案じている。

 もしも顔が見られるならきっと、憂色を濃くしていることだろう。


 全てではないにしろ、コルテの置かれている環境がまともでないことはわかったはずだ。

 グランベル王国で魔力測定をしていない者など、存在しない。ただ一人、コルテを除いて。


 初対面のコルテにどうして優しくしてくれるのかわからなかったけれど、同じ魔力持ちとして同情を禁じ得なかったのかもしれない。

 誰よりも魔法を愛する魔塔の魔法使いなら、なおのこと。


(さすがに、きつい……な)


 忘れられているといっても、まさかここまで無関心だとは思っていなかった。

 グランベル王国に生まれたすべての子供に与えられる権利すら、コルテには与えられていなかったのだ。その絶望は、計り知れない。


(いっそのこと、ルベール様の妻になるのも道かもしれないわ)


 少なくとも、ヴィラロン伯爵家はコルテを必要としている。

 それに、コルテがルベールとの婚約を承諾すれば、妹のキティラは不幸な結婚を回避できるし、父はヴィラロン伯爵にいじめられないで済む。


(一瞬でもいい。二人が感謝してくれるのなら、それで……)


 愛されなくてもいい。ただ在ることを許してもらえるのなら、それで。

 コルテはそうやって身の程をわきまえて生きてきたつもりだったけれど、心の奥底では家族として認めてもらいたいと願ってもいた。


 これはチャンスかもしれない。

 家族に認めてもらうための、最初で最後のチャンス。


(結婚すれば……わたしを、見てくれる……?)


 思考が楽な方へ楽な方へと流れている自覚はある。

 だけれどこれ以上、どうすればいいのだろう。


 自嘲的な笑みを浮かべるコルテに、魔法使いは憤慨したように鋭く息を吐いた。


「コルテ嬢。きみ、良くないことを考えているだろう」


 そうだろうか。

 コルテとしては、良い案のように思えるのだけれど。


 逃げようにも、ツテがない。お金もない。

 八方塞がりとは、まさにことのことを言うのではないだろうか。


「間違ってもルベール・ヴィラロンと婚約しようとは思わないことだ。やつは魔法嫌いで有名だからな。魔力持ちのきみなんて、どんなことをされるかわかったものではない」


 誤った道を行こうとしているコルテを引き留めるように、魔法使いは彼女の肩をつかんだ。

 たくましさはないが、それでも男性らしいしっかりとした力で引き戻されて、コルテはハッと息を飲む。


(そうよ。気をしっかり持たなくてはいけないわ。どんなことをしてでも逃げるのよ、コルテ!)


 もう、家族のことなんて気にしていられない。

 キティラを差し出したくないのなら、そもそもの発端である父が責任を負えば良いだけのこと。


(わたしが肩代わりしてあげる義理なんて、ないもの)


 そうと決まれば、逃亡先が必要だ。

 ショックを振り払うように立ち上がったコルテは、彼女の動向を静かに見守る魔法使いを見上げた。


(旅は道づれって言うものね)


 果たして今の状況がそれに当てはまるかはわからないけれど、語呂が良いのでそういうことにしておく。


(立っているものは親でも使えと言うわ。それなら、魔塔の魔法使い様を使っても問題ないでしょう)


 なにより、彼は親切ないい人だ。

 コルテに同情しているようだし、手を貸してくれる可能性は大いにある。


(なりふりなんて構っていられないわ。ツテがないなら、作るまでよ)


 コルテの不穏な視線に、巻き込まれようとしていることに気がついたのだろう。

 ふつうなら嫌な顔をするところだろうに、しかし魔法使いはむしろコルテの決意を後押しするかのように、彼女の肩へ触れた。


「そうだ。今のきみに必要なのは、婚約じゃない。声帯と魔力生産器官を正常に戻す魔法薬と、しかるべき機関での教育だ。きみの魔力量なら神殿……いや、魔塔うちがいいな。僕が責任を持って教えてあげよう」


 魔法使いはおもむろに、被っていたフードを後ろへ引き下ろした。

 真っ暗闇だったローブの奥から突然、人の顔が現れる。


 清潔感漂う、ナチュラルなショートヘア。不健康そうな白い肌をしているが、衰えを知らない若々しい顔立ち。


 齢は軽く百を超えているはずだが、二十代前半くらいに見える。ひょろりとした長身は相変わらず、長ネギリーキのようだった。


「人は、僕のことを偉大なる魔法使いと呼ぶよ。だから、安心して頼ってほしい」


 そう言ってはにかんだような笑みを見せた彼は、コルテにとって非常になじみのある顔をしていた。


(あ、ああああああ……!)


 口元を覆ってわなわなと震えるコルテ。

 驚愕して顔色を変える彼女とは裏腹に、魔法使いは楽しそうだ。


「ジロンド、ジル、ロン……好きなように呼んでいいよ」


 無邪気に笑いながら「僕個人としてはジルかロンがいいなぁ」なんてつぶいている彼の名は、ジロンド・フェラン。

 マンドレイクだったコルテを媚薬に変えた魔法使い、その人だった。

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