第6話 鑑定魔法
「僕のもとへ来い」
長年の願いを果たそうとしているような、胸が締め付けられる切々とした声に、コルテは不敬にもプロポーズと勘違いしそうになった。
(まさか。そんなわけ、ないじゃない)
会ったばかりのコルテに、プロポーズだなんて。そんなのあり得ない。
だって、相手は魔塔の魔法使いだ。
なによりも魔法を愛する、逆を言えば魔法以外興味がない人物。
(そうよ。そんなわけないわ。単純に、近くへ来いって意味に決まっている)
エスコートするように差し出された手と、ローブに隠された顔を交互に見る。
困惑の表情を浮かべるコルテに、魔塔の魔法使いは仕切り直すように咳払いをした。
「ソファへ座ってくれ。まずは体の状態を確認したい」
(ほら、やっぱり)
再びかけられた声は、ソワソワと上擦っていた。
おそらく、コルテの勘違いに気がついたのだろう。
蒸し返すのもかわいそうなくらい緊張している様子が伝わってきたので、コルテは素直に指定されたソファへ腰掛けた。
(魔塔の魔法使い様も照れたりするのね)
意外だ。
魔法以外に心動かされることなんてないと思っていたから、余計に。
なんだか微笑ましく思えてきて、コルテの口元がほころぶ。
それにどうやら、話がわかる魔法使いらしい。
少なくとも、早く帰りたいあまり適当に済ませるような人ではないとわかって、コルテは胸を撫で下ろした。
「これから鑑定魔法を使う。強い風が吹くが、絶対にソファから立ち上がらないように」
まさか魔法使いが彼女のスカートが捲り上がることを危惧していると思いもしないコルテは、素直に頷きソファへ深く座り直した。
膝の上に手を置いたのを合図に、魔法使いが詠唱を始める。
(どうしてかしら。知らない言葉なのに、不思議と落ち着くわ)
今日初めて会ったのに、魔法使いの声は奇妙なくらい耳になじんだ。
まるで子守唄を聞いているように、ふわふわとした心地になる。
やがて長い詠唱が終わると、コルテの足元に魔法陣が浮かび上がった。
陣をなぞるように光り輝いたかと思うと、春の嵐を思わせる強い風が、魔法陣から吹き上がる。
「……!」
叫び声を上げそうになって、コルテは慌てて唇を噛み締めた。
今ここで叫んでしまったら、集中している魔法使いの気を散らしてしまうかもしれない。
(せっかく診てくださっているのに、邪魔をしたくない)
力任せに唇を噛み締めていたコルテだったが、ふと視線を感じて顔を上げた。
その瞬間、伸ばされかけていた魔法使いの指先に口付けてしまう。
「⁉︎」
慌てふためくコルテ。
しかし魔法使いは、構わず指を伸ばしてコルテの唇へ触れた。
弾力を確かめるように、フニフニとつつかれる。
どうしてこんなことをされるのかわからないコルテは、戸惑いの表情でじっと魔法使いを見た。
「大丈夫、僕がなんとかしてあげるから」
包み込むような、甘やかすような声音でささやかれ、コルテは困惑する。
そんなわけ、ないのに。
どうしてそんな風に聞こえてしまうのか、不思議で仕方がない。
「だから、声を聞かせて」
なるほど、これは診察の一環だったらしい。
(それなのに、わたしったら)
恥ずかしさに頰を赤く染めながら、コルテはおずおずと口を開いた。
「
コルテの声は、たった一言でも人を不愉快にさせるのには十分な威力を発揮する。
(求められたこととはいえ、ちょっとしゃべりすぎたかもしれないわ)
いつもだったら、頭を掻きむしりながら逃げていかれるレベルだ。
それなのに魔法使いは至って冷静な声で、
「ふむ。どうやら声帯に問題があるようだ」
とつぶやき、コルテの喉元へ視線を向けた。
ローブの奥へ突っ込んだ手は、顎を撫でているようなしぐさをしている。
真っ暗闇と目しか見えないせいで断定はできないけれど、コルテは魔法使いが真剣に考えてくれているように思えた。
(ありがたいことだわ。みんな、早々に諦めてしまったのに)
役目を終えたのか、風が止むと同時に魔法陣が消滅する。
診察はこれで終わりだろうか。
コルテはホッと息を吐いたが、しかし魔法使いは彼女の喉を見つめたままだ。
どうしたのかしらと視線を上げると、はしばみ色の目がスッとそらされた。
「通常、魔力を生産する器官は胸の周辺にあるものだ」
魔法使いの長い指がコルテの胸を示す。
魔法使い曰く、心臓に近ければ近いほど魔力生産器官はより多くの魔力を作るらしい。
胸の上にあった指が、喉へと移動する。
ふと、魔法薬を落とす時に使う石けんのにおいが、コルテの鼻をくすぐった。
(魔法使いはみんな、このにおいがするのかしら)
難しい説明を聞いているせいか、つい気がそれる。
前世では石けんの匂いをくさいと感じていたが、今世は人に生まれたせいか不快な感じはしない。
さわやかなミントの香りは、むしろ心地よいくらいだ。
ひんやりと白い、魔法使いの肌によく合っているとも思う。
「けれど、どうやらきみのは声帯とつながっているようだ。しかも、形が歪で変にこんがらがっているせいで声帯がうまく使えず、その結果、マンドレイクの悲鳴のような声になってしまう」
魔法使いが導き出した答えを聞いたコルテは、ラズベリー色の目を大きく見開いた。
(魔力生産器官のせいって……)
前世の影響だとばかり思っていたので、コルテは心底驚いた。
魔力生産器官とは、その名の通り、魔力を生産する器官である。
魔力生産器官を持つ者は多かれ少なかれ魔力を持っており、国に保護されることが決まっている。
コルテは、自分の体に魔力生産器官があることを知らなかった。
物心ついた時にはもう別館に一人で、国に保護されていないのだから
(まさか、そこまでだったとは……)
つくづく心配になる。
この家は大丈夫なのだろうか、と。
(お父様……!)
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