第2章 エレメンタル

第10話 新しい場所

「・・・ルイズ君、ルイズ君!もう朝だよ!早く起きないと間に合わないよ!?」


身体を揺さぶられた。その一定間隔の軽い波に乗って少し心地がいいなんて思っていると、次は不規則な強い波がやってきた。


「ルイズ君!!ほらっ!」


「う・・・うぅん・・・」


まだまだ寝足りないなと思いながらも目をつぶったまま上半身を起こしあげ、右の手で寝ぼけ眼をこすっては声のした方を見る。少年が、はしごに両手をかけながら今日も朝から満面の笑みをこちらに向けている。


「おはよう!ルイズ君!」


「・・・おはよう・・・ウィル・・・」


頭がまだ動いていない。

とりあえずその場で両腕を上に伸ばすと大きな欠伸(あくび)が出てきた。

重たい身体を動かす。

はしごを使って2段ベッドの上から下に降りていった。


「また、あまり眠れなかったの?」


「昨夜はぐっすり眠れたよ」


あの日から夜の寝付きが悪くなっていたのだが、ウィルに心配をかけないようにそう言って小さな欠伸を噛み殺した。


「それなら良いんだけど。あっでも、早く着替えて食堂に行かないと!ほらっ、もうこんな時間だよ!」


ウィルの人差し指の先にある壁掛け時計の針を見ると、朝食の時間の15分前を指し示していた。それを見ると一気に目が覚めた。


「げっ!!ウィル!なんでもっと早く起こしてくれなかったんだ?」


「何度も起こしたよ!!でもルイズ君が全然起きなかったんだよ!」


「そっか・・・!ごめん悪かった!!」


俺は急いで寝間着から昨夜の内にそこに用意していた制服に着替えると、姿見の前に立って全身を映した。少し制服のサイズが大きい気はするが、まぁ最初はこんなものだろう。それよりも頭頂部の寝癖がひどいのが気になる。だが今はそれをゆっくりなおしている時間はなさそうだ。手に水をつけると3秒だけ抑えつけた。


「ウィル、お待たせ!!」


「うん!じゃあ食堂に行こう!」


俺達は部屋を出ると廊下を小走りしながら食堂に向かっていった。

廊下を走ってはいけないという決まりがあるからあくまで小走りだ。


食堂に着き、いつもの席に座り軽く息を整えていたところでチャイムが鳴り響いた。このチャイムより遅れると朝食を食べ終わった後に説教タイムが始まってしまう。ここはあくまで寮なので規則正しく時間は厳守しなければならないのだ。


「「いただきます!」」


目の前に用意されていた朝食を食べ始めると、ようやく頭が動き出してきた。

だが、ふとした時にまだ、あの日を思い出してしまう。


もうあれから1ヶ月も経ったのに。


アーリシア大陸の中心部にある魔術学校「エレメンタル」。

その敷地内にある寮で俺は新しい生活を始めていた。


ファイザーとアリシアに話をしたあの日、俺はラーモンド家を出て、この魔術学校エレメンタルの寮に入りたいということを2人に告げた。


そこに辿り着くまでに、俺はシャルとシャルのお父さんのラーメルに相談をしていた。魔法の事であり魔術学校の話を以前2人から聞いていたからだ。


初めての相談の時に俺が魔法を扱えることも2人に打ち明けた。2人もファイザーが剣士であり、アリシアが司祭であることを知っていたので、その子である俺が魔法を扱えるということが、どういう状況なのか説明しなくても察してくれた。その時も優しくいつでも家に遊びにおいでと言ってくれた。


シャルの家によく遊びに行くようになって、シャルの家はシャルとラーメルの2人暮らしだということを知った。シャルの母親はすでに亡くなっていて、シャルも1人でいることが多かったらしく弟ができたみたいだと言っては喜んで受け入れてくれた。


その間に2人から魔法だけでなく魔術学校についても詳しく話を聞いた。2人も最初は、俺の魔術学校に入りたいという話を本気だと思っていなかったと思うが、何度も足を運ぶ内に伝わったのか本気で考えてくれるようになった。


そこから俺が取り得る選択肢として、どんどんと現実感を帯びていった。ラーメルも親身に相談にのってくれた。そしてあの日、自身の中で最終決定を下した俺はファイザーとアリシアにそう告げたのである。


エレメンタルに入るには学費がかかり、寮に入る場合はもちろん寮費もかかる。その問題も前世でいう奨学金のような制度があることをラーメルから教えてもらっていたので、自分1人の力でやっていこうと思っていたのだが、話を聞いてくれたファイザーとアリシアがそこだけは甘えて欲しいと言ってくれたので結局そこは甘えることにした。悪いとも思ったが、そんな形でも何か繋がりを感じていたいと思ってしまったからだ。


クラインとフレイルには実際に家を出る日まで内緒にしてもらった。

家を出る当日、フレイルは涙を流しながらも黙って見送ってくれたが、クラインは見送りに来なかった。その日も草原へ剣の自主稽古に向かったようだった。


やっぱりあの日のことをまだ怒っているのだろう。

それは仕方がないことである。だが、俺は家を出るときに、クラインが剣の稽古を再開してくれているだけでも良かったと思っていた。


物思いにふけってしまい、箸が止まっていたのだろう。


「ルイズ君、どうしたの?ご飯がすすんでないみたいだけど・・・」


また、ウィルに心配されたので大丈夫と言って箸をすすめた。


今朝もそうだが、今も隣で心配そうな顔をしているのは、ここの寮の同室になったウィリアム=アスラだ。ウィリアムは長いので俺はウィルと呼ぶようにしている。年を聞くと同じ年だったのだが、俺のことは君付けで呼んでくる。外見は小動物のようで、俺の目から見ても愛くるしくみえる。もちろん、ウィルに興味があるとか変な意味で言っているわけではないのだが。


ウィルは俺より少し早くここの寮に入ってきたらしく、俺がやってくるまで今の2人部屋を1人で使っていたようだった。俺がやってきた初日に、どんな人が入ってくるかわからないから不安だったんだという話を聞いて、なんだか仲良くなれそうだなと初日に感じていた。


ここ魔術学校エレメンタルは3ヶ月毎の区切りによって入校の時期が決まっている。そのため、俺が手続きしたタイミングでは約1ヶ月の待ち時間が必要になった。入校日までラーモンド家にいるか、先に寮に入るかで、寮に入ることを選択したのだが、そのおかげでこうやって入校日より先にウィルと仲良くなれたわけである。


そういえば、さっきの3ヶ月の単位もそうなんだが、この世界でもなぜか元の世界と同じ周期・時間の概念が存在している。24時間で1日、7日で1週間、30日で1ヶ月、12ヶ月で1年、という俺には分かりやすくて大変ありがたいのだが、なぜここまで似通っているのかは分からない。まぁ前世でも小さい頃からそういうものだと受け入れてきたので、なぜかと考えたこと自体がないのだが。


そしてここの寮に入って1ヶ月が経過していた。

制服に袖を通した本日、俺達の正式な入校日を迎えたのである。


俺達は朝食を食べ終わると食堂を後にして事前に指定されていた教室へと向かった。

エレメンタルは魔術師でなくても魔法に興味があれば、何歳でも誰でも入れるところなので、どんなメンバーになるのかは想像がつかないが、いわゆる同級生とこれからご対面ってわけである。こんなことをこの年でもう一度経験するなんて夢に思ってもみなかった。


「えーっと。あ、あったあった!ここだな!ウィル心の準備はいいか?」


「うん!大丈夫だよ!ドキドキするけど楽しみだね!」


期待と不安が入り交じる中、俺達はその扉を開けた。

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