第9話 魔法の代償

ファイザーが2週間ぶりに護衛任務を終えて家に帰ってきた。


帰ってくるなり第一に、俺達は自主的に炭鉱での出来事を説明して謝った。小さい頃に交したコーラル山に近づかないという約束を破ってしまったからだ。クラインが全ての責任は自分にあると言って責任を1人で被ろうとしたが、フレイルも俺もそんなことはさせなかった。


ファイザーは俺達の話を聞き終わると順番にげんこつをした。

そして、お前達が無事でよかったと両腕を拡げ、3人まとめて抱きしめられた。

とりあえずこれで隠し事がなくなってすっきりはした。


さぁ、気を取り直して、今日は2人の20年目の結婚記念日だ。


食卓を囲む部屋は、飾り付けによっていつもよりきらびやかになっている。料理もフレイルが中心となり2人の好物を用意した。


乾杯から始まり、今までに何度も聞いたことがある2人の出会いのなりそめを掘り起こしたり、ルイズもこんなに大きくなったのねと言われたので、だけど最近身長があんまり伸びてこないんだというお悩み相談をしてみると、ファイザーから、たくさん食べてたくさん寝ることだ、と当たり前の話で回答されたりをしては、そんな楽しいひとときが過ぎていった。


記念日とか誕生日とか家族イベントの中に存在している自分がまだ夢みたいに感じる。でもこれはこの世界での現実だ。頬をつねり痛みで夢じゃないことを知る。そして、料理を食べ終わった頃にアリシアが部屋を出て行った。そろそろかと思っていると、すぐにアリシアが手に木箱を持って戻ってきた。アリシアとクラインと目が合った。


「「「お父様、お母様、結婚20年目おめでとう!!」」」


「3人からのプレゼントです!」


フレイルが3人を代表して木箱を空けて、中から綺麗な赤い透きとおった剣と十字架の合わさったモチーフがついたネックレスを取り出すと2人の首にかけた。もちろん剣はファイザー、十字架はアリシアをイメージして作った物で、いつまでも2人一緒にという願いが込められている。このモチーフを考えたのはもちろんフレイル、ではなくまさかのクラインの発案らしい。


ファイザーもアリシアもお互い顔を見合わせて、首にかけられた赤いモチーフを指でつまみ上げると、お揃いのネックレスに少し照れているようで2人して顔が赤くなっていた。まだまだ初々しくも見える2人の結婚記念日の最高潮の瞬間を迎えていた。


じゃあ、プレゼントも渡したことだしそろそろ披露しますかと俺はその場で右手をあげた。


「はい!実は僕からもみんなに見せたい物があります!みんなでお庭に出てくれませんか?」


「なんだなんだ?」


「え!?まだ何かあるの?」


主役の2人が移動する。

クラインとフレイルにも内緒にしていたので2人も分からずに後をついてきた。


みんなが庭に出揃ったところで、俺は事前に用意していた木板4枚を取り出し、元の位置から10メートルほど離れたところに等間隔で横並びに設置すると、また元の位置に戻ってみんなの方を向いた。


「いい?これから起こることをよく見ててね!びっくりしないでね!」


右端の木板のある方に身体を向け右腕を前方に上げた。

目を閉じ、見せ終わった後のみんなの反応を想像する。魔法の話をすると不機嫌になるファイザーも自分の子供が魔法を扱えるなら話は別だろう。これから魔法を好きになってくれるといいな。


ぱっと目を開く。


よし、いきますか!


「・・・フレイムα!」


右腕が赤く光って消えると、手の平の前に火球が出現した。右腕を折り曲げて、もう一度押し出すように伸ばすと火球が音を立てて木板に向かって飛んでいきぶつかると木板が燃え盛った。


「次!・・・アイシクルα!」


さっきと同じ流れで右から2つ目の木板に氷塊をぶつけるとその木板が凍りついた。


次!、次!と同じ要領で土属性と風属性の魔法を発動させては、それぞれの木板にぶつけた。

3つ目の木板は岩石に破壊され、4つ目の木板は風に裂かれて細切れになった。


すっと右手を降ろす。左手は腰元で小さなガッツポーズをつくっている。


練習どおりばっちり出来た!!

さぁ!みんなの反応はいかに!?


みんなの方に身体を向けた。

誰も口を開かない。


えっ?あっ、そうか!人が本気で驚いたときは、まずは沈黙からって前世でどっかの偉い演奏家が言ってたな。もうちょい待っときゃ歓声が・・・


「・・・ルイズ。・・・・・・。今のは魔法・・・か?」


ファイザーがぎりぎり聞こえる位の音量でそう聞いてきた。


「えっ!?あっ、うん。そうだけど・・・?」


なんか思っていた反応と違う。

すごいわ!ブラボー!みたいなアメリカンな反応を俺は期待していたのだが。


他の3人の顔を見てみるが、3人共が驚きの後のような微妙な表情をしている。

しばしの沈黙の後、


「・・・父さんは少し母さんと話がしたいから、お前達は自分の部屋に戻っていてくれないか?」


ファイザーにそう言われると、はい、としか言えない雰囲気だったので、自分の部屋に向かった。クラインとフレイルが後ろに着いてきていたので、部屋の中に2人を入れると扉を閉めた。


「クライン兄さん、フレイル姉さん、せっかくの楽しい雰囲気に水を差しちゃってごめんなさい!僕が想像していたのと違う感じになっちゃって・・・事前に2人に相談すれば良かった・・・」


クラインがここでようやく口を開いた。


「・・・ルイズ!お前・・・なんで魔法を扱えるんだ!?」


「えっ?それはみんなをびっくりさせようとして・・・実は内緒にしてたんだけど、前の炭鉱の時に・・・」


「違うわ!ルイズ!!クライン兄様も私も、聞きたいのは、お父様もお母様も魔法を扱えないのにどうしてルイズが魔法を扱えるのかっていうことなのよ!」


「えっ!?・・・・・・。あっ!」


さっきからずっとなんでだろうと理由を考えていたのだが、今の2人の真剣な剣幕な様子に、ここにきて始めてもう一つの可能性に気づいてしまった。いや、むしろ、今考えるとそっちの方が極自然な考えである。


この世界は両親の力を引き継ぐ世界。であるので、やはり、俺のこの魔法が使える魔術師としての才能(タレント)は引き継がれた才能であると考えるべきである。だとすると、次は誰から引き継がれたのかという話になってくるのだが、今、ものすごく嫌な考えが頭の中をよぎっている。


もしかすると、俺はファイザーとアリシアの2人の本当の子供じゃないのではないか?いや、生まれた時の記憶はあるから厳密に言うと「ファイザーの子ではない」という可能性だ。


完全に浮かれていた。

冷静に考えれば、魔法が使えたその時点で、そこに気が付いてもおかしくないはずだったのに、憧れていた魔法を使えたことでテンションが上がって思考がハイになって。それにみんなをびっくりさせたいという幼稚な考えが先行しすぎて全然意識がいってなかった。

これじゃあ外見だけじゃなく中見も子供(ガキ)じゃないか。


俺がその場で思考を巡らし立ち尽くしていると、クラインは何も言わずに部屋を出て行ってしまった。フレイルもその後を追っていった。


その日、ファイザーとアリシアからは何の説明もなかった。俺達も聞かなかった。いや、聞けなかった。


次の日からファイザーとアリシアの様子がおかしくなった。

今までファイザーは護衛任務から帰ってくると、疲れているはずなのにその翌日から剣の稽古をつけてくれていた。だが、この日は俺達に声がかからなかった。それどころか、ファイザー自身の日課の稽古もせずにどこかへ行った。

アリシアは1日中、部屋に閉じこもっていた。

2人が一緒にいるところを見なかった。


この日、夜遅くにファイザーがどこかから帰ってくると、この世界独特のお酒の臭いがした。

決して今まではそんな臭いがするまで飲むことがなかったファイザーからだ。

次の日もどこかに行っては夜遅くに帰ってきた。


この様子から、俺はおそらく先の推測が的を得たのではなかろうかと妙な確信を持っていた。クラインとフレイルも子供じゃない。多分その事に気がついているんだと思う。それにもし、その事が話に出てくると、この家庭もどうなるかわからない。

みんながみんな触れないようにしているのだろう。


ファイザーの様子を見ていたクラインは落ち込んでいる。

小さな頃からファイザーを尊敬していたのだ。

変わってしまったファイザーの様子にどうすればよいのかわからないのだろう。


それから数日経ったが、変わった事といえば、ファイザーだけでなくクラインも剣の稽古をしなくなった事だ。


廊下で見つけたクラインを引き留める。フレイルも部屋に戻るところだったのだろう。偶然3人揃った。最近のクラインの様子を見ていられなかった俺は、今の自分の気持ちを押し殺して、道化を演じるようにわざと明るく努めてみせた。


「クライン兄さん・・・元気、出して・・・?そうだ!明日からまた剣の自主稽古を一緒にしようよ!僕もお父様やクライン兄様みたいに早く強くなりたい・・・」


ドン!!!


クラインが横の壁をグーで殴った音だった。


「・・・なんで、なんであの時、魔法なんて使ったんだ・・・?お前のせいで、お前のせいで!・・・家族がばらばらに・・・」


「クライン兄様!ダメ!それ以上はダメよ!!ルイズは悪くない!ルイズは・・・」


居合わせたフレイルがクラインに抱きついて諭した。

クラインは我を失っていたのか正気に戻り、


「あっ!・・・あぁ、すまない・・・」


「・・・ごめんなさい」


空回りからの地獄絵図だ。

互いに自分の部屋に戻った。


クラインは悪くない。

小さい頃からファイザーを尊敬しているのは俺も知っている

俺が一番近くにいたんだ。

クラインは全然悪くない。

分かってる。


でも心に杭を刺されて引き抜かれた後のようにぽっかりと穴が開いた気分だった。


草原で初めて魔法を扱った時、転生者の力なんかで片付けるべきじゃなかった。そこで考えていればこんなことにならなかったかもしれない。思考を放棄した俺のせいだ。

また、この世界でも後悔してしまっていることに気づいた。


「最期に後悔しないようにするには行動するしかない」


あのセリフも蘇ってくる。


それから俺は1人でマジェンダの町のシャルの家によく行くようになった。

1日中家にいたくない理由もあったし、別の目的もあった。


ある日、俺はファイザーとアリシア2人に無理を言って時間を作ってもらった。


「お父様、お母様。1つ僕からお願いがあります」


2人を見るとファイザーは憔悴しきっていてアリシアはずっと泣いている。


うん。多分これが1番いいはずだ。


「・・・・・・。」


「ルイズ、お前はそれでいいのか・・・?」


「ルイズ・・・うぅぅ・・・うぅぅ」


「はい!僕が、僕自身が決めた事なのです!」


この世界でも家族がばらばらになっていくのは嫌だ。

ラーモンド家は俺をここまで育ててくれた大切な家族だ。

だが、今は俺とみんなは少し時間と距離を置いた方が良い。


あれから誰もあの話には触れなかった。

アリシアとファイザーは家族を守るため話合って「言わない」選択をしたのだろう。

なら俺も家族を守るため「聞かない」選択をする。


その代わりに、


俺はラーモンド家を出たいと2人に告げていた。


次の俺の誕生日が来るまでに。

せめて今までの幸せに上書きがされないように。

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