第7話 日常の幸せ

「う、うぅん・・・」


声を漏らし、ぱっと目を開けると見慣れた天井が視界に入ってきた。

身体を動かさないまま、鼻でゆっくり空気を吸う。

いつもの匂いがする。


ここ俺の部屋か・・・?


天井を見つめながらの思考の後にようやく上半身を起こした。身体がだるい。

確かめるようにまわりを見たところ、やはり自分の部屋のベッドで寝ていたようだった。


しかし、その光景の中にもいつもと違う箇所がある。ベッドの横に並べて置かれた2つのチェアーに座ったまま寝ている2人がいるのだ。クラインとフレイル。2人で1枚の大きな毛布を肩までかけてお互いに寄りかかっている。


なんで2人が俺の部屋に?


2人を眺めながら、ぼーっとしていると気配を感じたのかクラインが急に目を開けた。


あっ、クラインと目が合った。


目が合って一瞬の沈黙の後、クラインが急にその場でがっと力強く立ち上がった。


「・・・ルイズ!!お前、お前・・・!!」


「んん・・・どうしたの・・・クライン兄様?」


フレイルも目を覚ました。

フレイルとも目が合った。


「えっ・・・ルイズ!?・・・よかったぁ!もう二度と起きないと思ったじゃない!」


フレイルは右手で口を覆い、まるで怒っているような感じでそう言うと、涙をこぼしながらぎゅっと抱きしめてくれた。


このあたりで俺もようやく状況を理解した。


そうだ。炭鉱に行ってモンスターを倒して。そこで気を失ったのか。


フレイルはゆっくり離れると立ち上がり、


「すぐにお母様を呼んでくるわ!」


とアリシアを呼びに行った。


「ルイズ、お前は5日間も寝たきりだったんだぞ。心配かけやがって。でも本当によかった」


この場に残ったクラインがそう言って頭をなでてくれた。


そうか、それで身体がだるかったのか。

あーっと体をほぐすように両腕を拡げる。


アリシアがフレイルに連れられて部屋の中に入ってきた。


「・・・・・・あぁ!ルイズ!!!」


部屋に入ってくるなりアリシアにも抱きしめられた。

一目顔を見ただけでわかった。目の下に大きな隈ができていた。

だいぶ心配をかけてしまったようだ。


アリシアに抱きしめられたまま2人の方を見ると2人も泣いていた。

初めてクラインの涙を見た。


そして、みんなが落ち着いてから話を聞くと、どうやら俺はあの日から全然目を覚まさなかったらしい。外傷があるわけでもなかったので、アリシアやフレイルが神術を試しても効果はなく、この世界の医療者に診てもらっても単なる疲労としか思えず、寝たきりの原因は不明だと言われたそうだ。


それから3人が交代でずっと俺の隣にいてくれたらしい。昨夜はクラインの番だったが、フレイルも心配だからと結局一緒についていてくれたみたいだ。また、一緒に炭鉱に行ったシャルも無事だということを聞けて安心した。



「でも僕達どうやって助かったの?」


最後に意識が残っていたのは俺だ。どうやって助かったのか疑問だった。


「それはね、マジェンダの町に向かおうとしていた商人団の人達が、たまたまコーラル山の近くの道を通っていたら、急にコーラル山の方からものすごい音が聞こえてきたらしくて、これはただごとじゃないってことで炭鉱の奥まで原因を調べに来てくれたのよ。すると、そこで倒れている私達を見つけて助けてくれたの。私は助けられている途中で意識を取り戻してその話を聞いたんだけどね」


とフレイルが教えてくれた。


「そっか。その商人さん達がいなかったら、僕達・・・」


「ガオーってみんな食べられていたかもね!」


無事に戻ってきたからこそ、こうやって笑い話に変えることもできる。さっきからこの部屋がいつもよりあったかく感じる。こういう何気ない日常が実は幸せってやつなのかもしれないな。


2人から一通りの話を聞くと、今日一日はまだ休んだ方がいいと言われてゆっくり休むことにした。みんなが部屋を出ていった後、俺は自分の右の手のひらを見つめた。


話を聞く限りでは、クラインとフレイルは気を失った後の事はまったく覚えていないようだった。それに助けてくれた人達が着いたときには、モンスターなんてものは見かけなかったと言っていたそうだ。


さっきは聞くばっかりで俺からはみんなに話さなかったが、かすかに記憶には残っている。

この手で魔法を発動したことを。


翌日。


だいぶ調子を取り戻した俺はフレイルと一緒にマジェンダの町に行くことにした。

本来の目的である炭鉱で採った鉱石を町に持っていって加工してもらうためだ。


昨日、ずっと俺に付き添っていたので、まだ何もできていないことを聞き、フレイルが明日、町に行くと言っていたので、自分もついて行きたいとお願いしたのだ。


ちなみにアリシアにはプレゼントのことはもうばれている。

こんなことになってしまったので、2人が正直に炭鉱にいった理由を説明したからだ。

まぁそれは仕方がない。


それにシャルもマジェンダの町に住んでいるらしいので、元気になった顔を見せに行くのだ。しかし、俺の目的はどちらかというとそちらの方が重要だったりする。シャルに魔法のことを聞きたいからだ。


クラインは、前の炭鉱での戦闘でまだまだ自分が未熟だと思い知ったということで、今日も自主稽古をするらしく、フレイルと2人で行くことになった。


マジェンダの町は、俺達の家から少し離れた場所にあるが、町に連れて行ってもらったことがあったので、知っている道をたどって町に到着した。


まずは、鍛冶屋に行く。日頃から鉱石を扱う鍛冶屋で加工をしてもらえるようだった。店主に魔鉱石を見せると「こんなの見たことがないよ!!」と驚いていたが、良い物を作ってあげるよと約束してくれた。


その時、鍛冶屋の入口が開いて男が中に入って来た。


「すまないが、これの買い取りをお願いしたい」


「あぁわかった。・・・って、あんたも魔鉱石を持って来たのかい!?」


男の方を見るとフレイルが声を出した。


「あっ!レイモンドさん!!まだこの町にいらっしゃったんですね」


フレイルの知り合いかなと思っていたが、


「ルイズ!この人が私達を助けてくれた商人団の団長のレイモンドさんよ。ほらお礼を言いなさい」


「ルイズ=ラーモンドです。この度は本当にありがとうございました」


深いお辞儀をした。


「あぁ、あの時の君達か。坊やもご丁寧に自己紹介ありがとう。私はレイモンド=ラクシュアというしがない商人さ。そんなかしこまってのお礼は不要だよ。ふっふっふ、ほら、このとおり、私達もあそこで魔鉱石を頂戴したからね。それで十分さ」


なるほど。店主に差し出した魔鉱石はあそこにあったものらしい。


レイモンドはなぜか急にしゃがみこむと俺の眼をじーっと見つめてきた。


黒髪の長髪だが清潔感がありマスクも甘い。こんなにじーっと見られると女性はいちころなのかもしれないが、でも俺は男だし眼が少し怖い。


そう思っているとレイモンドは立ち上がって、


「私達はまた次の町に向かうが、君達とはまたどこかで出会えるかもしれないね。以後お見知りおきを」


と言った。これが商人流の挨拶なのだろうか。


「本当にありがとうございました」


とフレイルもお辞儀をして鍛冶屋を後にした。


次はシャルの家に向かった。

扉をノックするとシャルが家から出てきた。

俺の顔を見て驚いたが、家の中に招き入れてくれた。


「ルイズ君・・・よかったわ!私が鉱石のことをフレイルに伝えたばっかりにこんなことになって・・・」


「シャルのせいじゃないわよ!ルイズに声をかけたのは私なんだから!」


「2人の責任じゃないよ!ついて行くって僕が決めたんだから僕のせいだ!」


3人共、自分が悪いってことを言ってることに気づき、おかしくてここでも笑いあった。


「でもあのモンスターは一体なんだったのかしら・・・気持ち悪かったぁ」


「そうね。思い出すだけで・・・私も両親に今回のことを説明して魔鉱石も見せたのよ。そうすると魔鉱石が何らかの影響を及ぼして、動物が突然変異したのかもしれないって言ってたわ。あそこの空洞が魔力のたまり場だったのかもしれないと。今はあの炭鉱も一般の立ち入りは封鎖されて魔術学校のお偉い様方で調査してるみたいよ」


「魔術学校?」


魔法のことを聞きたくてどうやって話をそっちの方向に持っていこうかと考えていたのだが自然と反応してしまった。


シャルに聞くと、この世界には魔術師のための魔術学校というものもあるらしい。年齢制限はなく希望者は大陸中から入ることができるんだとか。


なんかおもしろそうだけど、だが、今日は他にもいっぱい聞きたいことがある。


「シャルさん、魔法のランクって前に教えてくれたα、β、γの他にもあるんですか?」


「ううん。γが最高位の魔法でそれ以外はないわ」


シャルの両親は2人共、水魔法を扱う魔術師らしく、シャルはその才能を継いでるので、今の年でもγ魔法を扱えるようだった。シャルはどちらかといえばエリートの部類なんだそうだ。この町に来るまでにフレイルが教えてくれた。


「そっか。シャルさんのγ魔法すごかったもんね!僕初めて見て感動しちゃった!」


シャルも「えへへへ」と照れている。


だが、じゃあかすかな記憶の中のあれは一体なんだったのか?

α、β、γのどれでもなかった気がするんだけどそこだけ覚えていない。


「でもどうしたの、ルイズ君も魔法に興味もったの?」


「ちょびっとだけ」


親指と人差し指を合わせてそう答えた。


しかし、内心は違っていた。昨日から1人で考えていたのだが、ファイザーが帰ってくる記念日に、できることなら魔法を扱ってみせて家族をびっくりさせてやろうと密かに計画をしているのだ。

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