第六章 噤みの錠が言うところ

「噤みの錠」に関わる者たちの、その後は──?

第038話 噤みの錠が言うところ

 ──あれから一週間。

 『ガルツァ渓谷落橋らっきょう事故奇跡の生還者が、爆弾魔から多くの命を救う!』

 ……なんて新聞で騒がれたりもしたけれど、ようやく落ち着いてきたかな。

 わたしが欲しいのは世間の賞賛じゃなくって、落ち着いた暮らし。

 波風のない毎日に、ほんのちょっとした幸せ──。

 おかあさんのホクロは、全部消えちゃったけれど……。

 あれっておかあさんが出てくるときの、合図なんだよね、きっと

 ……さーって、そろそろジェイさんがお店開けにくるころかなー。


 ──カランカラン……ガチャッ!


「……おはようございます、エルーゼさん」


「おはようございます、ジェイさん! 師匠の朝ごはん、下準備すんでますよっ!」


「アハッ、ありがとうございますっ! けれどこれは、本来僕の仕事ですから。あしたからは……」


「はいっ、わかってます! ジェイさんの毎朝の楽しみですもんね! 自分の分作るついででやってましたけど、お節介はきょうまでにしておきまーすっ!」


「えっ? ええっ?」


「……知ってました? 二階への階段、よこしまな気持ちで上がると『みしみし』って鳴るトラップ、仕掛けられてるんです」


「へええぇ……そうなんですか。ここを借りてもう二年半ですけど、それは知りませんでしたね」


「この前ジェイさんが、寝ちゃった師匠に肩を貸して、二階へ運んでたとき……。『みしみし』って音、鳴ってましたよ~?」


「そっ……そうなんですかっ!?」


「安心してください、だれにも言いませんから。陰ながら応援してまーすっ♪」


「ま……まいったなぁ。でもエルーゼさん的には、それでいいの? 僕のこと……邪魔者とか思ってない?」


「いいえ、全っ然っ! むしろ、ジェイさんがわたしに興味持ってくれそうにないなーって、がっかりしてますからっ! あはっ!」


「アハハ……そうなんだ。これは頼もしい援軍ができたなぁ。シアラさんに興味持ってる人、増えちゃったからね……」


 ──みしっ! みしっ! みしっ!


 あっと……!

 噂をすれば、さっそくその人が……。


 ──ガチャ……バタンッ!


「ハーッハッハッハッ! シアラ! きょうもピャロ・ロットット嬢が来てやったぞ! さあ、より複雑化したつぐみの箱だ! 開けてみるがいい!」


「……帰れ。あとおまえ、出禁」


「ハッ! 試す前に敵前逃亡か! 負けを認めたってことでいいんだな~?」


「あーうるさい。さっさと再犯して懲役食らえ。ってか、なんでこいつが不起訴処分なんだ……」


「腐っても、元上級国家公務員だぞ! 司法にも警察にもコネはあるし、弁護士の資格も剥奪されずにすんだからな! ああ、そうだ。このつぐみを開けられたら、おまえの顧問弁護士になってやろうか? ん~?」


「前歴持ちの顧問弁護士などいらん……。いいから早く消えてくれ……」


 心配して上がってみれば……。

 ほんと大変な人に好かれちゃいましたね、師匠。

 あははは……。


「あーっ! 出たな、エルーゼ・ファールス! ちょっとマスコミで騒がれたからって、いい気になるなよっ! ああちょうどいいっ! このつぐみ、おまえが開けてみろっ!」


「な、なんですか。いきなり……」


「解錠できなかったら出禁な! いや、シアラの弟子を破門だっ!」


「どうしてそうなるんですか……って、んん? 六文字の三段重ねつぐみ……ですか。独学の短期間で、よくここまで修得できるものですねぇ」


「なっ……!? なぜおまえごときが、すぐに見抜けるっ!」


 だってわたしには、解錠師のおかあさんの技術と知識が移ってるもん。

 こんな字数を増しただけのつぐみ……。

 総当たり発声技法ワイルドカードで、わけないですよ……っと。


 ──カチャッ!


 ほら開いたぁ!

 箱の中身は……っと。


「えっ、なにこのカード……。『ピャロ嬢と一日デート券』……?」


「ぎゃあああぁあああっ! 見るな見るな見るなーっ!」


「はぁ……。手の込んだ逆ナンですねぇ……。ではこの券、解錠したわたしが使わせていただきます」


「……あ゛あ゛ぁ?」


「師匠は寝るのもお仕事なんです! それじゃあ師匠、ピャロさん隔離する代わりに、きょうはお休みいただきまーす」


「……おう。間抜けな田舎娘も、少しは賢くなったじゃないか。門限はないから、好きなだけ遊んでこい」


「はいっ! ピャロさん、わたしの両親のお墓掃除、手伝ってくださいね!」


「はああぁ!? 『デート券』って、しっかり書いてあんだろーがっ! どこの世界に墓掃除デートなんて存在するんだっ!? ああっ!?」


「本の世界とか、別世界とか……ですかねぇ。あはっ! あ、そこのヴィマリやきの壷、六〇〇万はする年代物ですから、壊したら弁償大変ですよー」


「げっ……マジだ。うわぁ、こっちにはヴァリダやきの大皿……。なんでこんな銘品が、雑に山積みなんだっ!?」


「師匠の価値観、理解しようと思ったら負けですよー! 壊したくなかったら、さっさとお外へ出ましょう! あははははっ!」


 ……わたしが望んでいるのは、落ち着いた暮らし、波風のない毎日。

 けれど……。

 こういうにぎやかな時間も、悪くないよねっ!

 あははははっ♥

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