第五章 一一一分の一

合言葉を一度きりしか受けつけない噤みの錠に守られし時限爆弾!

第033話 一一一分の一(1)

「……おい、ちょっと待て! このつぐみ……一発勝負技法ワンショットじゃないかっ!」


 わわっ!?

 なになにっ、師匠っ!?

 つぐみが施されてる小箱見るなり、大声上げてっ!?

 その、振り子時計と一体化してる箱……なにかヤバいんですかっ!?


「……刑事さん。これを伏せて現場へ連れてくるとは、ずいぶんと人が悪いな。俺が刑事なら、あんたを牢へブチ込むぞ?」


「な、なんのことだっ? わしは所轄の後輩から、鍵のことならあんた……と聞いて、協力を要請したまでっ! この時限爆弾の起爆装置、そんなにヤバいのかっ!?」


「チッ……。マーサさん宅にいた警察官か……。おしゃべりな」


 ……爆弾っ!?

 刑事さんいま、時限爆弾って言いましたっ!?

 馬車で強引にわたしたちを駅まで連れてきた、老刑事さんっ!


「帰るぞ、エルーゼ。これはおまえの指輪百個が報酬でも、釣り合わん仕事だ」


「ままま……待ってくれシアラっ! 大勢の命が懸かってるんだ! この壁の向こうの駅舎に爆弾本体があって、中にいる職員数十人が……このままだと吹っ飛ぶ!」


「無理にこのつぐみをいじれば、その数十人に俺やあんたの数人がプラスされる。だったら被害者は少ないほうがいい。犯人の身柄ガラは押さえてるんだろう? そっちの口割らせて合言葉を聞き出すしかない」


「そんなにヤバい施錠なのか……。しかもこのなんとやらの錠はな、駅舎の出入り口や窓と連動していて、職員を脱出させられんのだ!」


「建物すべての出入り口に、アンチ・チルトを施し、揺れを検知したら起爆……か。これに比べたら、俺んちのうぐいす張りは玩具だな。相当な術者だ」


 え、えと、あの……。

 職員数十人の命とは、穏やかじゃないんですけど……。

 わたし、きょうが試用期間の最終日で、できるだけ穏便に過ごしたいんですけど……。

 ああでも、点数を稼ぎたい気持ちも正直……。

 せっかくおかあさんの知識と技術、備わってるし……。


「あ、あの……師匠! なにがどうヤバいんですか? それに爆弾って……」


「……探偵小説、読んだことあるか?」


「えっ? あ……はい。何冊かは」


「時計仕掛けの時限爆弾を起動させるワイヤーが二本。うち一本はダミー。ダミーを切ったらその瞬間ドカーン……ってネタ、あるあるだろ?」


「……定番ですね。あと、二本のワイヤーの色、赤と青がお約束です」


「このつぐみの錠を組み合わせた時限爆弾は、ダミーのワイヤーが一億本あると思え」


「いっ……いちおく……ほんんんっ!?」


一発勝負技法ワンショット……。合言葉を言えるのは、一度きり。物理の鍵を回す瞬間。合言葉を間違えれば、錠は永遠につぐまれる。修行時代に、師匠が余興で一度見せてくれたが……。このまじないに会うのは、それ以来だ。俺ごときじゃ手が出ない」


「わ……総当たり発声技法ワイルドカードでは、ダメですか? あの一件以来、わたし使えるっぽいんですけどっ!」


一発勝負技法ワンショットは技法として最高位。総当たり発声技法ワイルドカード弾きが、当然内包されているはず」


でも……解錠できませんか?」


「……ダメだろうな。ずっと高位の技だ。それにおまえの母親は、あれっきり出てこないじゃないか」


 そうなんですよね……。

 おかあさん、あれ以来出てくる気配なし……。

 負い目があるんだろうけど、気軽に出てきてくれていいんだよ……。

 解錠の技術や知識は、体や頭に宿ってるのに……。


「そういうわけだ。帰るぞ、エルーゼ。もしかするとこの刑事、俺たちに失敗させて、責任をなすりつける腹かもしれん」


「ふざけるなっ! 黙って聞いてりゃ好き放題言いやがって……! わしは鍵の仕組みなど、これっぽっちも知らんかった! それに合言葉は見当ついているっ!」


「……ほう?」


「拘束した犯人一味は、八年前のガルツァ渓谷落橋らっきょう事故の遺族たち……。八年前のきょう、老朽化した鉄道橋が列車ごと渓谷へ落ち、一一一人の死者を出した事故のな……。奴らはその犠牲者の一人の名前が、合言葉だと言っている!」


 ──ドクン!


 ガルツァ渓谷落橋らっきょう事故……。

 一一一人の死者……。


『……あなたっ! この子は……エルーゼだけは……!』

『ああっ! エルーゼは命に代えても……必ず……絶対助けるっ!』


 あ、あああ……!

 また頭の中に……この声……!

 わたしの中には……まだなにか……。

 つぐまれている過去があるの……!?

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