第003話 解錠師シアラは眠りたい(3)

「ンー……物理の鍵は……素直なピンシリンダー。タンブラーの数から見て、合言葉は四から六文字……か」


 ……なに言ってるんだろうこの人。

 タンブラーって、飲み物の容器の……じゃ、ないよね。


「エルーゼ? ジョゼットさん……叔母さんは、おまえにとってどんな人だった?」


「えっ? そ、そうですね……。普段は優しくて……。でも怒るときは、ガッツリ怒る人でした」


「ふーん。ほかには?」


「あと……すごく博識で、学校の先生より頭良かったかも……。学校で解けなかった問題も、家で叔母さんに教えてもらったら、スラスラ解けたことも多かったです」


「……ふんふん。それから?」


「ええっと……。お料理は、ちょっと下手……だったかな。味覚音痴っていうか。最終的には、わたしのほうが腕良かったと思います。いまだから言えますけど……」


「……そこは相変わらずか。じゃあ、おまえと暮らすようになったきっかけは?」


 うう……。

 この人、プライベートに毛布と土足で踏みこんでくるよぉ……。


「……わたし、孤児だったんです。小さくてよく覚えてないんですけど、鉄道の事故で両親と死別して……。親戚たらい回しのあと、孤児院に入れられて……」


 ああ……。

 どうして箱の鍵開けてもらうだけの人に、こんなこと話してるんだろ。

 でもシアラさんに開けてもらえっていうのが、叔母さんの遺言だしぃ……。


「……わたしの存在をあとで知った、離れて暮らしてたお父さんの妹……叔母さんが、わたしをほうぼう探し回って、引き取りにきてくれました」


「ジョゼットさんは十年ほど鍵の修行していたから、その間の出来事だったのかもな。俺は六年で独立したんだが」


「へえぇ……そうだったんですか。叔母さん、解錠師のことなんて、わたしに一言も話してくれなかったです」


「……人には人の、事情があるってことだ。よし、いまので合言葉の候補、いくつか浮かんだ。解錠に移る」


「えっ……? 叔母さんの晩年とか、最期の話は……。いいんですか?」


「合言葉の施術は、まじないの類なんだがな。まあ健康でないとできないから、そのころには施錠済ませてるはず。合言葉に影響はないだろう。それにおまえも、初対面相手に話すのは辛いだろう」


「はい……」


 あ……。

 一応気遣いとかできるんだ、この人……。


「解錠の前に、自分の手で一度鍵を差してみろ。つぐみの錠は、合言葉がないと鍵が進まない。でも、にわかには信じがたいだろうから、まずは自分で試せ。ほら」


「あ、どうも……」


 えっと、この白い鍵……。

 小箱とセットだったから、普通に考えれば、鍵穴に入るよね……。

 えいっ……。


 ──カッ……カッ……。


 あ、あれっ……?

 鍵が……先っぽ入ったところでつかえて、全然進まない。

 なんで……?


「……な? 入らないだろう? 絵本に出てくる魔法使いが、呪文を唱えなきゃいけないのと同じ。これがつぐみの錠」


「はあああぁ~。こういう不思議な仕掛け、あるんですねぇ……」


「お目にかかるのは年に数回……って、ところだがな。この物理の鍵は、俺が回す。合言葉はエルーゼが言え。これから合言葉の候補を、いくつか挙げる」


「わたしで……いいんですか?」


「……というかこの錠、声紋のロックが施されている。これはジョゼットさんの得意技。声紋は、指紋の声バージョンみたいなものでな。状況的に、おまえの声が鍵と考えるほかない」


「叔母さんが……わたしの声を鍵に……」


「じゃ、合言葉候補の一つ目。一音一音、はっきり発声しろよ」


「は、はい……。ごくっ……」


「お・か・あ・さ・ん」


「えっ……?」

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