第二章 ワインは万斛の蝋涙の如し

高価なワインが多数眠るセラーへの、固き扉を前にエルーゼは……?

第007話 ワインは万斛の蝋涙の如し(1)

 ──さあ、きょうからこの暗くて汚い解錠院が、わたしの職場!

 一週間の、試用期間……。

 つまりまだ解錠師見習いだけれど、わたしのおかあさんも解錠師!

 わたしに素養があるの、間違いないよねっ!


「……おい」


 まずはこの、きったない職場のお掃除!

 来客用のソファーはシアラさんのベッドと化してるから、ほかにお客さん座れるところ確保しなきゃだし……。

 いやいや、それより大事なのが、わたしの作業スペース……っと!


「おい、エルーゼ」


 んー……奥のこの辺りが、比較的床見えてるかな~。

 窓も近いし……よしっ、ここらをわたしの根城にしよっ!

 まずはこの、埃だらけの花瓶をどけて……っと。

 

「エルーゼっ! 俺の職場を、勝手にいじるなっ!」


「あっ、師匠! お目覚めですか? おはようございますっ!」


「し……師匠ぉ?」


「はい、師匠ですっ! わたし、シアラさんの一番弟子ですからっ! どうぞよろしくお願いしますっ!」


「迷わず一番を名乗るところに、おまえの性格が透けて見えるな……」


「だって師匠、生き物は飼わない……って、言ってたじゃないですか。それって、これまで弟子取ったことないって、ことですよね? だったら順序的にも能力的にも、一番弟子じゃないですかぁ。あはっ!」


「……『唯一とは、最後でもあり、最低でもある』。有名なワイン醸造家の金言だ。ところでエルーゼ、おまえがいま片手で掴んでる花瓶な」


「はいっ」


「ヴィマリやきの年代物。六〇〇万はするから、割ったら例のルビーで弁償だぞ」


「ろっ……ぴゃぴゃぴゃぴゃくま……ん!?」


 ……っとと、やばっ!

 驚いた拍子に、落っことしそうになったぁ!

 元の場所へ、そーっと……。


「……ふう。ど、どうしてそんな高価な物が、ゴミの山に紛れてるんですかっ!?」


「そこらに積んであるものはすべて、解錠の報酬で貰った銘品。つまり宝の山。宝の山に宝があって、なんの不思議が?」


 そ、そうは言われても……。

 いまの花瓶に、柱時計、不気味な厚着の人形、描きかけっぽい絵、などなどなど。

 古そうなのはわかるけど、値打ちがあるかは全然わからないよぉ……。


「あの~、師匠? これが本当に宝の山だとしたら、裸で放置は危ないんじゃないですか? 盗まれちゃいますよ?」


「俺は鍵のプロフェッショナルだぞ? ここの扉や窓には、目に見えない万全のセキュリティー……まじないが施してある。だから盗難の心配はない。けれど、間抜けな押し掛け弟子のやらかしまでは防げない。わかるか?」


「わかりました……。この部屋のもの、不用意にさわりません……。でしたら、わたしの居場所とか、どうしたらいいでしょう? あと、毎日宿に泊まる余裕もないんで、寝床も欲しいんですけど……」


「その解決策が、そろそろ上がってくるころだ」


「……はい? 上がってくる?」


 ──コンコン。


『……シアラさん、朝食をお持ちしました』


 あら、ノック……。

 ドアの向こうから、はつらつとした男の人の声……。

 朝食……?


 ──ガチャッ。


 まあ……!

 細身で爽やかっぽくてイケてる金髪おにいさんが、トレーを掲げて登場……!

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