第008話 ワインは万斛の蝋涙の如し(2)

「……いつも悪いな、ジェイ」


「いえいえ。これが僕の日課ですから。あっ……来客中でしたか。失礼しました」


「客じゃない。安い置き物とでも思って無視してくれ」


「は、はあ……」


「じゃ、さっそくいただこう。ここまで頼む」


 サラッサラふわっふわな金髪がすてきなこの爽やかイケメンさんのお名前、ジェイさん……かぁ。

 トレーのお料理が湯気立ててるってことは、作り立て……。

 つまり一階のカフェの人よね。

 はーっ……背ぇ高ーい♥

 わたしより頭一個分とちょっと……あるかなぁ。

 上品な微笑……背筋を伸ばしたきれいな歩きかた……すてき……。

 えっ……脚、長っ!

 わたしの胸元辺りで、腰のベルト巻いてるんですけどっ!?


「……どうぞ。シアラさん、きょうのベーコンエッグ、例の黒ゴショウたっぷりかけてありますよ。きのう運良く手に入りまして。アハッ」


「俺が気に入ったの、覚えていてくれたか。ありがたい」


 あ、あ、あ、あ……。

 そんなイケてるジェイさんが、髪ぼっさぼさ寝起き男の膝の上へ、朝食が並んだトレーをていねいに置いてる……。

 ジェイさん、「僕の日課」って言ってたけれど……。

 このズボラ男は、毎朝こんないい思いしてるのぉ!?

 女のわたしに、その席譲ってぇ!


「……おいエルーゼ」


「は……はいっ!」


「置き物の分際で涎を垂らすな。食欲が失せる」


「あっ、す……すみませんっ!」


 あうっ、涎出てた……ごしごし……。

 いっ……いまの涎は、残念イケメンのお膝に爽やかイケメンがかいがいしくお食事を載せたシチュエーションに対してであって、断じておなかが空いてるわけじゃないんだからねっ、フンッ!


 ──ぐううううううぅ……♪


 ……嘘です、おなか空いてます~。

 食事なしの安宿に泊まったから、朝食抜きです~。

 空腹紛らすために、無駄な脳内ツンデレ芝居してしまいました~。

 ふえええぇ……。


「……ジェイ。例の仕事、受けよう」


「えっ、本当ですか?」


「ああ。気が変わった」


「ありがとうございますっ! いやー、卸業者に貸しが作れるの、助かりますっ! もしかして……いまの黒ゴショウ、効きました?」


「フフッ、それもあるが……。俺もジェイに、貸しを作りたくてな。そこの田舎娘、一週間ほど下で寝泊まりさせてやってくれないか?」


「こちらのお嬢さんを……ですか?」


「……一応、恩人の娘でな。とはいえ店が忙しいときは、店員としてこき使ってくれても構わん。あと、なにか朝メシも食わせてやってくれ」


 はいいいいぃ……!?

 この爽やかイケメンと……寝食をともにいいいぃ!?


「ええ、構いませんよ。お嬢さん、初めまして。ジェイ・ユラシュオンです。ここの一階で、カフェを営んでいます」


「あっ、あの……! わたし……エルーゼ・ファールスと言いますっ! きょうからシアラさんの弟子として働きますっ! よろしくお願いしますっ♥」


「へえぇー。シアラさんが、弟子ぃ!」


 あわわわ……。

 いくら師匠と真逆路線の爽やかイケメンとはいえ、いきなり同棲というのは、やっぱりちょっと……。

 むしろ陽キャのほうが、事が起こってしまう可能性高そうな……。

 あ……でも、おかあさんが結婚指輪遺してくれたの、「早く結婚して幸せになれ」ってメッセージかもしれないから、構わないと言えば、構わないんだけどぉ~♥


「……ジェイ、エルーゼ。二人とも勘違いしているようだから言っておく。エルーゼは一週間の試用の身。そしてジェイは一階の店舗を借りてるだけ。夜は自宅へ戻る」


「……えっ、師匠。そうなんですか?」


「店が閉まってから、居住スペースを使えって話。俺もカフェが閉まってから、毎晩風呂へ入りに下りている」


「あ……。そ、そうなんですか……。やだ、わたしったら……」


「思ったとおりの勘違いをしていたようだな……」

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